チームワーク尋問
「で、結局、お前らの目的は何なのニャ?」
係員はロープで椅子に縛り付けられた状態で、リナさんに尋問を受けていた。
しかし係員はなかなか口を割らないし、リナさんは何故かたくさんの拷問器具を生成しているし、俺達のいるギルドの控室は緊張感で満ちていた。
「そろそろダンジョン賊だけじゃ、ギルドの受付すんの厳しいだろ。さっさと口を割らせなきゃ、ギルドにいる敵も攻めてくるかもしれないぞ?」
「分かってるニャ! だから今急いでるんじゃないかニャ!」
レイさんがリナさんを急かし、リナさんが反発する。いつ敵がこっちを狙ってくるか分からないという緊張から、自然と皆も不機嫌になっている。
今思えば、話を聞く限り彼女らは俺を介して仲間になったところが大きい。
俺が記憶を失ってしまったことで、彼女らを繋ぎ止めるものもかなり希薄になってしまっているのだろう。
記憶を失ったのは俺のせいじゃないが、謂れのない罪悪感を覚えてしまう。
「うわぁ、あっしとしたことがぁ! ギルドに敵が潜んでるかもって、分かっていやしたのにぃ、分かっていやしたのにぃ!」
ロップさんはロップさんで、先程自分らしくない失敗をしてしまったことを恥じているようだ。
部屋の隅で顔を赤くしながら、頭を壁に打ち付けて何やら叫んでいた。
「コウタに良いとこ見せようとして失敗したとか! あっしは何を血迷って……というか、良いとこ見せようなんてあっしは何様のつもりなんじゃぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁ!」
ロップさんは相手の陰謀などには敏感だと聞いていたし、実際このギルドに敵がいると疑っていたのは彼女だ。
発言を聞く限り、彼女もまた俺の変調に動揺しているのだろう。
「どうにかしなきゃ……」
この緊張した空間で、俺の口を突いて出たのはそんな呟きだった。
このままではいけない。俺が記憶を失ってさえいなければ、もっとこの場はどうにかなっているはずだ。そんな責任感だけはあった。
でも、最初の一歩が踏み出せない。
自分のことをなんとも思っていない視線、逆に、遠くから気遣うような視線。
それらを見る度に、引きこもる前の記憶がフラッシュバックして、俺を押さえつけた。
記憶を失う前の俺は、どうやって……。
何度目か分からない自問自答と同時、頭の中に、リナさんの言葉がフラッシュバックした。
「ラノベ、主人公……!」
記憶を失う前の俺が、憧れていたという人物。そしておそらく、俺が変われた理由……。
頭の中で独り言をしているような怪人物を、俺は知らない。だけど……だけど!
「なぁ、みんな」
俺は統制をなくして思い思いのことをしている彼女らに、普段より大きな声で呼び掛けた。
殆ど無意識の発言だったが、何故いつもより大きな声が出せたのかは分かった。想像の中の《《彼》》は、こんな風に呼びかけていたからだ。
「……!?」
女の子達が一斉に振り返り、俺を見た。
俺の雰囲気が変わったのを、感じ取ってくれたのだろうか?
もしかすると記憶を取り戻したのだと、期待しているのかもしれない。その考えを、俺はあえて否定しなかった。
「≪不可侵全裸≫がいつ来るのか分からないんだ、さっさとケリをつけるぞ」
「ニャ、だからさっきからやってるって言ってるニャ!」
「一人でこんなに時間かかってるんだ。だったら、皆でやるしかねぇだろ」
女の子にタメ口で喋っているだけで、体中から冷や汗が流れてくる。
もし現実で俺がやったら、その場で総スカンだ。その光景を思い浮かべるだけで、膝さえ震えた。
だが、彼なら。彼ならこう言うはずだ。俺の言わないことを、言うはずだ。
記憶を失う前の俺……英雄のコウタなら……!
「俺達がバラバラだったら、こいつも逃げる隙が出来るかもって期待して口を割らねぇだろ」
俺の口調で記憶を取り戻したと確信したのか、リナさんが顔を輝かせ、俺の脳を扱ったレイさんも安心したような顔をしていた。
ぬか喜びさせていることに新たな罪悪感を抱くが、今はこうすべきだという予感があった。少なくとも、昔の俺ならこうしたはずだ。
「おいロップ、お前もいつまでも恥ずかしがってないで手伝え」
「な、誰のせいだと……っ!」
俺の言葉に反発しながらも、ロップさんはさっきより明るい顔で振り返った。
さっきまで赤かった顔が、俺の顔を見てより赤く染まる。俺の目に、彼の姿を見てくれたのだろうか。
俺は、彼のようにはなれない。未だに変われずにいるし、そもそもラノベ主人公なんて知らないのだから。
でも、その代わりに憧れた人物はいる。
英雄コウタ……。いつか変われるかもしれないという希望を、彼は俺に与えてくれた。彼のようになりたいと、俺に思わせてくれた。
だったら、立ち止まっていられない。現実でのトラウマに、足を引っ張られてばかりではいられない。
だって、彼は。
英雄コウタは、現実逃避のための異世界で。現実に……自分の無力さに、向き合ってきたのだから。
「俺だって、まずはそこからだろうがっ……!」
俺は吠えた。胸の底から迸る、体中を焦がすような熱に浮かされながら、喉が千切れんばかりに吠えた。
「おいゴラッ! さっさと吐けやオラ! お前が吐かんとなんか俺が悪いみたいになるだろうがアアッ!?」
「ひ、ひいいぃっ!?」
吠えて……脅した。
椅子にロープで繋がれ、身動きのとれない係員を、四人がかりで精一杯脅した。
俺さ、それなりの覚悟を持って一歩を踏み出したつもりなんだけどね。
実際にやってるのは尋問だから、なんかいけないことしてる気分だけが残った。残念すぎる。
「ひ、ひいいぃっ! 分かりました、言います、言いますからっ!」
しかしさっきまで黙ってた俺の突然の脅迫は効果覿面だったようで、リナさんの拷問器具が目の前に迫る中、係員はとうとう諦めた。
いや、やっぱ普通に拷問器具のおかげか。
名残惜しそうにしているリナさんを尻目に、俺達は係員が喋りだすのを待った。
「私達の目的は……」
しかし。とうとう魔王軍の目的が語られると思った矢先、係員が口から大量に血を吐き出した。
こらえきれなかったのかリナさん!? と皆で一斉にリナさんを振り返ったが、彼女の持っていた拷問器具に血はついていなかった。ならば……。
「ぐうぅっ!」
次に血を吐いたのは、レイさんだった。しかし彼女はすぐにその場から飛びすさり、平静に戻る。
「やっぱり、あなたが一番厄介ですね、レイさん。≪自然回復≫があるから早期決着とはいかない上、放置しておくと周りを回復してしまう……」
「お前は……!」
レイさんのすぐそばで、唐突に新たな人影が姿を現した。
肌色の主張が激しすぎる彼は……もしかしなくても≪不可侵全裸≫!!!
「気づかれる前にあなたを仕留めたかったが……。まぁ、口封じ出来ただけでも良しとしましょう」
そう言ってから、彼は再び姿を消した。
どんな物質でもすり抜けられる彼は、光を透過して透明化することも出来るようだ。
やはり、見た目の割に恐ろしすぎる相手だ。
あらゆる物質をすり抜けて、透明化も出来る男。しかもあいつは、口封じのために平然と係員を殺したというのか!
とうとう≪不可侵全裸≫に追い付かれた……。
恐れていた事態ではあったが、不思議と恐れはなかった。
「今更出てきても、もう遅い! 何故なら……」
俺は一呼吸置いて、担架を切る。
「俺は無敵の、英雄コウタ様だからな……!」
昔の自分への神聖視は、留まることを知らなかった……。




