傷
「よ、良かったニャ! 目を覚ましたニャ!」
目を開くと、顔いっぱいに女の子の顔が映った。しかし視界は薄暗く染まり、しかもぼんやりとおぼつかない。
目の前にある顔のパーツすら、はっきりとは見えなかった。
「一時はどうなることかと! ありがとうございやす、レイの姉貴……!」
「なんでお前が感謝すんだよ、てか姉貴はやめろ!」
俺が意識を取り戻してから、辺りがやたらと騒がしい。
状況が掴めぬまま、俺は上体を起こそうとした。
「おい、まだ安静にしとけって。分かってないんだろうけど、お前死にかけてたんだからな? どうやら≪不可侵全裸≫の手刀が、額を通り抜けてお前の脳を傷つけたらしい。もう少し処置が遅ければ、完全に手遅れだったぞ」
物騒な言葉を耳に入れながら、俺は段々と視力を取り戻していた。同時に、ぼんやりしていた意識が覚醒するのも実感する。
そして、完全に回復した視界に映ったのは、三人の見知らぬ女の子と、一人の見知らぬ青年だった。
「あ、あの……。なんとなく助けてくれたのは分かるんですけど……。あなた達は一体、誰……なんでしょうか?」
誰、と聞くしかなかった。
何故なら彼女らはずぶ濡れのビキニ姿で、食い入るように俺を見つめていたのだから。普通に怖い。
俺も水着を着ているところを見るに、海水浴していたのだろうということは分かるのだけど……。
何故引きこもりの俺が海水浴しているのかは、未だに謎のままであった。
「誰って……!」
一番小柄な女の子が大声で叫び、すぐに何かを悟ったように口をつぐんだ。
その反応で他の三人も何かに気がついたのか、青年以外は皆一様に慌て始める。
「まさかお前……記憶を失って……! 私の治療が、失敗したのか……!?」
特に、青髪の女の子の狼狽は激しかった。まるで大きな間違いを犯したかのように顔を青ざめさせて、全身から力が抜けているようだった。
でも赤髪とか青髪とか、これ完全にコスプレってやつだよな……? いまいち俺は緊迫感が湧かない。
「本当ニャ? 本当に、忘れちゃったのニャ? これまでのこと、全部!」
女の子達の中で、最後に口を開いたのは黒髪の少女だった。
髪の色は一番まともだが、なんか猫耳ついてるし口調もやべぇし、一番まともでない子だというのはすぐに分かった。
俺が記憶を失ってるのは確かなようだが、もしかしてこれ、単なる記憶喪失というよりは何かの犯罪に巻き込まれたのではあるまいか。この子達怪しすぎるよ……。
そんな風にさえ思っていた……が。
「ラノベ主人公は……! ラノベ主人公のことも、覚えていないのニャ!?」
「ラノベシュ・ジンコウ……?」
黒髪の女の子が謎の質問をし、俺がその意味を測りかねていると。突然にも、その女の子は泣き出してしまった。
海水に濡れていても分かるくらい、はっきりと。彼女の大きな瞳から、涙が頬を伝う。
「俺は、一体……」
彼女を見て、やっと事態を正確に把握した。
俺は忘れてしまったのだ。
きっと俺の人生を変えるくらい、大切な何かを。




