ヒロインへの説教が最近のトレンドです
教会を出た俺は流石に体力の限界を感じて、報酬をもらうのは明日に後回しし、宿屋へと向かっていた。
回復魔法といえど、疲れや魔力までは回復しない。疲れを感じさせなくする魔法みたいなのは有るらしいけど、どう考えてもドーピングの類なので遠慮した。
疲れや消費した魔力は、寝て回復するしかないのだ。
もちろん、この世界の宿に初心者冒険者は12ゴールドだけで泊まれるなんて都合の良いことがあるはずがなく、冒険者の足下を見た料金設定なのが辛いところだが。
ロップは俺に商品をぶんどられた埋め合わせとして仕入れに行っており、今はいなかった。
「・・・・・・ちょっと良いかニャ?」
宿屋の入り口をくぐりそれぞれの部屋に戻ろうとする段になって、俺はリナに呼び止められた。
俺は全く気にしていないのだが、人間じゃないと言われたことを気にしているのか、教会を出てからリナはうつむき加減で殆ど喋らなかった。
しかし逆に言えば、いきなり喋り出したのは沈黙を破ってでも言わなければいけないことがあるということだ。つまり、論理的に考えるとこれは告白シーンだ。
序盤でヒロインが告白してくるラノベは、最近少ない。
理由としてはハーレム化しづらいからというのが一番に挙げられるのだろうが、もっと言えばラノベ読者は相思相愛のまともな恋愛よりも、複数人から一方的に惚れられたりラッキースケベを積み重ねていく方を求めているということでもあるのだろう。
ここで告白されてしまえばその方針はとれないな、と深い悲しみを抱きつつ、まぁ早めにヒロインと相思相愛になるラノベには名作が多いからなと俺は自分を励ました。
「君は、さっきどうして私を庇ってくれたニャ?」
俺が他愛もないことを考えている内にリナは心の準備が整ったのか、話を切り出してきた。
これはあれだな、主人公が優しいから惚れられるパターンだ。あるあるだ。
ラノベ主人公が惚れられる理由は、パターンがけっこう限られている。
ゲームが上手いから惚れられるか、強いから惚れられるか、そして優しいから惚れられるか。この三つが主な理由になってしまうのではなかろうか。
まぁ現実でも惚れられそうな奴が主人公やってたら俺みたいな奴が感情移入し辛いので、仕方があるまい。
反射神経の良さで惚れられる主人公くらいが一番共感しやすいのだ。
ともかく優しいからという理由で惚れられるならば、俺の得意分野だ。ラノベ勘を活かすチャンス!
「この命に代えても必ず守る、と決めていたからさ」
「嘘ニャ」
理由を言うや否や、一秒の間も空けずにリナが俺の答えを否定してきた。
予想外の反応に、思わず目を見開いてしまう。
ちなみにここでの正しい答え方は「ニャア・・・・・・君は優しいのニャ・・・・・・」である。どうしてしまったんだリナ! 気を確かに持つんだ!
心の中の激励むなしく、リナは俺に模範解答とはほど遠い台詞を続ける。
「会ったときから、君は何かがおかしいとずっと思ってたニャ。でもどこがおかしいのかはっきり分からなかった。けど、さっきあの司教と話しているのを聞いて、やっと分かったニャ」
リナの言葉は淡々としていた。
そこには喜びも悲しみも怒りもいかなる感情も見えず、続く言葉が全く予想できない。俺は思わず緊張し、生唾を飲み込んでしまう。
異世界からやってきたのだからそりゃ俺にはおかしいところがたくさんあっただろうが、俺が異世界人だということは看破されたところで大した痛手にはならないはずだ。
・・・・・・ならないよな? 異世界人であることをカミングアウトしたラノベをぱっと思いつかないからちょっと自信ないけど。
それなら俺の何が間違っていると言われたところでさして問題はないはずだが・・・・・・俺は理性で考えている以上に、本能で続く言葉を警戒していた。
「リナ、何の話か分からないけど、今日はもう疲れてるだろうし寝た方が・・・・・・」
「君は、現実を見ようとしてないのニャ」
リナにその先を言わせまいと話を逸らしに掛かったが、抵抗むなしくリナは平然と言葉を続けた。
その言葉が、思っている以上に俺の胸を深く抉る。
「モンスターと戦うのも、身を挺して誰かを庇うのも、まるで自分の意思じゃないみたいニャ。魔法を覚えるのだけはやけに楽しそうだけど、逆に言えばそれだけ」
猫を想起させるにしては鋭すぎる眼光が、俺の目を射貫く。
そこからは一切の感情が読み取れず、ただただ俺の反応を伺うようであった。
「何が起こっても心から直視しようとしていない。ただただ目の前で起こったことを受け入れて、誰かを演じるかのように心ない反応をするだけ。コウタ、君は・・・・・・・・・・・・空っぽニャ」
言いたいことを全て言い切ると、リナは押し黙った。
彼女の目線はひどく冷たいが、同時に、これまでの一生で俺が見たどんな目よりも優しさに満ちているように思えた。
リナが何を言っているのか、リナが何を思っているのか、何一つ分からない俺は本能のままに反論した。
「そんなことはない、俺はずっとラノベ主人公になりたいと思っていたし、その願いが叶って嬉しいとも・・・・・・思っている」
「ラノベ主人公?」
「ああ、ラノベ主人公・・・・・・尊敬できる人達だ。弱気なときはとことん弱気だけど、女の子が困っていたら偉そうに説教する。良いことがあってもさほど喜ばず、だけど突っ込みの時だけはテンションが高い。そして自分の置かれている状況を頭の中でひたすらに描写するのが生きがい。そんな人格者達だ」
「それ、単なる情緒不安定なヤバいやつにしか聞こえニャいんだけど・・・・・・」
リナが引いていた。
こら、ラノベ主人公を侮辱するんじゃない!
俺が居心地の悪さを感じていると、リナが再び口を開いた。
「先に言っとくと、別に君を批判したいわけじゃないのニャ。ただ、君が私に似てるから・・・・・・忠告しておきたかっただけ、・・・・・・ニャ」
「忠告・・・・・・?」
「私もニャ、自分とは違う何かになりたくて、ずっとずっと努力してきたのニャ。それでも自分は自分で・・・・・・だから・・・・・・」
リナは自分の伝えたいことをそのまま伝えようとしているかのように、いつもより曖昧で、いつもより稚拙な表現で説明した。
そして、言いたいことがまとまらないのか、一瞬だけ口が止まる。
少しして、リナは表情を引き締めながら、言った。
「だから、君はラノベ主人公に・・・・・・・・・・・・なれない」




