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天使の涙  作者: 高橋さえ
訓練
14/14

お泊まり

 ニク先輩のいる地上門に到着した。

 泣いていたのがバレないように、涙を拭う。こんなみっともない所を見られたくない。

 ニク先輩は髪をいじりながら本を読んでいた。私が散歩に出かけてからもずっと読んでいたのだろう。立て掛けられた槍も移動していなかった。


『遅かったっすねぇ、一体どこまで行っていたんすか?』


「すみません。少し遠くの遊具のある公園まで」


 ニク先輩は本を閉じて私を見た。一瞬だけ、私を見たニク先輩の顔が固まった。

 やばい、泣いていたのがバレたのかな。


「あの、何か?」


『髪の毛に砂が付いてるっすよ』


 そういうとニク先輩は私に近寄り、頭に付いている砂を払い落としてくれた。

 ニク先輩のブルーベリーの匂いを嗅ぐと、何故か心が落ち着くような感じがする。

 例えるなら、母親に抱かれる赤ん坊のような感じだ。

 ニク先輩が私の頭を触ると、予想していたよりもかなりの量の砂が頭から落ちてきて、目に入る。


『はい、もう落ちたっすよ』


「ありがとうございます」


 私は目を掻きながらお礼を言った。


『そういえば、ちょっと頼みたいことがあるんすけど』


 先輩からの初めての頼まれ事で、ドキッとした。

 何だろう。私がドジすぎて担当の天使さんを変わるとか?

 翼で飛ぶことが出来ないから天使は解任とか?

 どうしよう。そんなこと言われたら私、生きがいを無くしてしまう。


「はい」


『確かイロナの家は、ここの近くにあるんすよね?』


「はい。それが何か」


『天使堂まで帰るの面倒臭いから今夜はイロナの家に泊まっていいっすか?』


「え」


 いきなり私の家に泊まりたいだなんて言われても……。

 最近は天使堂の部屋に泊めてもらうことが多いから食事も何も準備していない。

 寝床も1つのベットだけだ。まあ、私が床で寝ればいい話だから大丈夫だけれど。

 とりあえず、先輩に頼まれた以上断る事は勿論出来ないので承諾して、私の家に案内した。

 私の家の見た目は丸い。とにかく丸いのだ。

 その丸のなん中に窓が1つ、ポツンと設置されている。

 丸い家を支えるために、地面からはいくつもの太い管が伸びて家を固定している。その円形の家がいくつも密集している形だ。

 人間界ではマンションともいうらしい。

 実物は見たことがないけれど。


「ここです。汚い部屋ですがどう」


 ここから先は言えなかった。というより、重要な事を思い出して言葉が出なくなった。


 しまった! 部屋何も片付けていなかった!!


 ニク先輩に玄関で待つように言うと、一目散にリビングへ駆け込んだ。酷い有様であった。

 ずっと家にこもって勉強していた当時のままの姿だった。

 机は参考書が散乱し、床には脱ぎ捨てられたシャツや飲みかけの缶ジュースや紙を丸めたゴミで埋め尽くされて地面が見えなかった。

 ゴミ屋敷同然の部屋。こんなの先輩が見たらどう思うのだろうか……。

 急いで散らかっている物を拾い上げて片付け始めた。

 大量の服を持って洗濯機へ。

 あ、しまった。

 ここ洗濯機ないからいつも天界湖の綺麗な水を組み上げて洗っているんだった。

 とりあえず押し入れに服を一旦隠し、参考書などはまた使うかもしれないのでこれも押し入れ、かな?

 山ずみにされた参考書を持ち上げてみると、参考書で前が見えなくなった。

 横目を使い、押し入れに移動しようとしたら足元にあったダンボールにつまずき、前のめりになって目の前の机に頭を強打した。

 一瞬意識が飛び、大量の参考書が私の手から離れると、身体に降りかかった。


 ……何にも出来ないや私。情けない。


 とりあえず、ニク先輩が玄関でずっと待っているから。自分を責めるのは後にしよう。

 色々あったが、何とか人を呼べる程度には綺麗になった。ニク先輩を呼びに行こうと玄関へ向かう。途中で気付いた。

 私を尾行するかのように床に付いている赤い斑点。

 そして、顔に違和感を感じた。液体が顔なら流れ落ちている感触だ。

 顔を触ると、やはりそうだった。恐らく額を打った時に出来た傷だ。

 とりあえず救急箱に入っていた包帯を巻き付けると、ニク先輩を迎えに行った。

 ニク先輩は私を見るなりすぐに頭に巻き付けてある包帯に気付いてまたか、とばかりに苦笑いした。


『イロナっていつも怪我しているっすよね』


「すっすみません……」


 ニク先輩を家に上げると辺りを見回した。

 私はとりあえず濡らした雑巾で血を消す作業に入った。

 付いたばかりだったから落とすのに時間はかからなかった。

 廊下についていた血を消して、リビングの血も落とそうとしゃがみ込むと、ニク先輩も私と一緒にしゃがんで近くにあった切れ布を濡らして地面を擦っていた。


「いけませんニク先輩!」


『あたしが泊まらせて欲しいと言ったんすよ。それに、新米の手伝いも先輩の役目っすね。後でその包帯、巻き治してあげるっすから』


 そう言うとニク先輩は取れかかった頭の包帯を指さした。なんでこの人はこんなに優しいのだろうか。人の血を嫌な顔せずに拭くだなんて……。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも黙々と掃除を続けた。


 やっとのことで綺麗に全て拭き取れた私は、先輩にお茶を出して、晩ご飯を作ろうと冷蔵庫を覗き込んだ。

 が、その中は空っぽだ。そもそも料理すらまともにした事がないのだ。

 いつもはその辺で買ってきた物を食べてすませているのだが、今日はお客さんが来ているから、買ってきたものをそのまま出すなど、自分のプライドが許せなかった。


「すみません、食材をその辺で買ってきますね。切らしていたので」


『ついて行くっす』


「大丈夫です。ニク先輩は部屋でゆっくりと」


『部屋の片付けで頭から血を流す人なんすから不安っす。あたしも行くっす』


 ニク先輩が譲らないので、とりあえず一緒に市場をうろつく事にした。

 途中でレシピ本も買っていこう。

 料理だけでもニク先輩に認められたかった。これまでずっと情けない姿を見られてプライドがズタズタだった。


「ニク先輩はどんな料理が食べたいんですか?」


『何でもいい。と言うとイロナが困りそうだからサンドイッチっすかねえ』


「さ、サンドイッチ?」


 予想外の食べ物に口が塞がらない。てっきり魚料理とか、肉料理とか言うと思っていたのに。


「具材の指定はありますか?」


『出来ればお肉は入れてほしいっすね』


()()先輩だけに、ですね」


『……え?』


「何でもないですごめんなさい」


 辺りが薄暗い中でも人が絶えないこの市場。

 とりあえずお肉屋さんに行ってサンドイッチ用のお肉を選んでいると、後ろから妙に視線を感じる。

 ニク先輩? でも先輩は隣で一緒にお肉を選んでいた。

 振り返ると、フレディと2人の双子がこちらを見ていた。口をパクパクさせて私達に背を向けた。

 周り騒がしいので声は聞こえなかったが、フレディの言っていたことが口の動きで理解出来た。


 “来なかったら殺すぞ”


 そう確かに彼は言っていた。

 ニク先輩と一緒に料理が出来るという幸せな現実から一気に引き戻された。

 約束を忘れていたわけではなかった。

 でも、私の脳がその記憶を消しさろうとしていた。

 もう痛い目に合いたくない。もう顔も見たくなかったのに。本性が頭の中をグルグルと回る。

 行かなくちゃいけないのか……。


 モヤモヤしたまま買い物を済ませて帰ってきた。

 ニク先輩はサンドイッチを作る気満々らしい。腕まくりをしてまな板にお肉を並べ始めた。

 とりあえず私もニク先輩に加わりパンを並べていった。

 サンドイッチは具材を乗せるだけだったのですぐに完成した。

 綺麗に盛り付けて机に持っていき食べる。

 とても美味しかった。ニク先輩を見てみると、やはり満足気な顔をして食べていた。

 お肉を切ったり野菜をパンに並べたのもニク先輩で、私はパンを並べて綺麗に盛り付けをしただけだった。

 先輩にこんなことやらせるなんて。

 ダメだなあ私って。

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