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天使の涙  作者: 高橋さえ
訓練
12/14

飛べない翼

 ピピピピッピピピピッ


 うるさい目覚まし時計に、夢の世界から現実へと引き戻された。顔を洗い、食パンを頬張ると、身だしなみを整え、歩いて天使堂へ向かった。

 あれから何日も翼の練習をしていたが、やはり上手く飛べたというのはあの時だけだった。どう頑張ってもうまく飛べないのだ。

 だから、別の練習を始めたのだが、あれは流石に……思い出すだけでも嫌な思い出だった。


 ▽▲▽▲


 何度練習しても飛べない私を見たニク先輩は、もう飛べないと踏んだのか、私に練習を辞めさせると近くの商店街へ一緒に足を運んだ。勿論ここでぶらぶらと買い物をする。と言うわけではない。


『飛べない天使は結構致命的なんすけど、それを補うにはやっぱり、足の移動を素早くこなしていくしかないんすよ。天使なんて動きっぱなしっすから』


 そう先輩は言うとある一軒家の壁に手を付き、壁の微かな隙間やそこらじゅうに伸びている小さめの水道管を掴み、あっという間に登っていった。

 これを……私もやるの……?

 というかこれ、失敗したら落ちて大怪我どころじゃ済まされないと思うけれど。

 ニク先輩が軽やかに空から着地すると、まずは壁の隙間に足を引っ掛けるところから練習を始めた。

 見た目からして1cmほどの隙間が所々にあり、足をかける所が目立った。


 私は飛べないのだから、ここで補うしかない。

 早速、壁に手をかけ、近くの隙間に足をかけようとしたが、僅か1cmほどの穴だ。体重をかけた瞬間、足がその隙間から離れ、体勢を崩した。

 反射的に手が背中の後ろに伸び、地面への衝撃を和らげる事が出来たが、それでも一瞬意識は飛び、じんじんと背中が痛んだ。

 それでもやらなければいけないという使命感に()られ、何度も登る練習をした。

 が、やはり何度やっても上手くいかない。何度も落下をしたが、私が地面に叩きつけられることはもう無かった。

 何故なら、私が落ちてくる度にニク先輩が体を受け止めてくれるからだ。


 壁登りの練習を初めて、何時間立ったのだろうか。ニク先輩からはもうやめろと言われている。

 でも私はまだ……1回もこの壁を登りきれていないのだ。

 ようやく壁の半分ほどを登れるようになったのだが、高くなるにつれ、足をかける隙間が減り、精一杯手を伸ばして隙間を掴む、という感じになっていた。

 まだ壁登りをしとうとする私をニク先輩は力ずくで壁から私を引き離した。


『そろそろ限界なんすよイロナの体じゃ。自分を見てみるっすよ』


 そう言われ、自分の体をまじまじと見てみた。

 いつの間にか手はマメだらけ。服はコンクリートに付いていた砂で汚れ、全身は擦り傷まみれ。

 顔と背中が濡れているのに気づき、手を当てると、自分の血がべっとりと付いた。最初の落下の時なのかな。全てがニク先輩に言われ、「今」気づいた事だ。

 その瞬間全身に痛みが走り、立っていられなくなった私はしゃがみ込んだ。登ることに必死すぎて、痛みさえも感じていなかったのだ。

 私の体の悲鳴は、心の中の「登りきらなければならない」という感情にかき消されたのだ。


 痛みで立ち上がれない私を、じっと見下ろすニク先輩の姿が浮かんだ。私はやっぱり、天使に向いていないのかな。


『まあ、とりあえず天使堂で手当してあげるから頑張って歩くっすよ』


 そう言われ立ち上がると、先輩は私を支えるように肩に手を回させると歩き出した。

 傷の手当を受けた私は体中が包帯に包まれている。これじゃあまるでミイラのようじゃないか。


『明日は門の見張りについて説明するっすから今日はゆっくり休むといいっすよ。いつもいつも無理ばっかりしてるっす。』


 確かにそうだった。今は動きすぎたせいで疲れきっていた。それに眠い……今やろうと思えば立ち寝が出来ると思う。

 傍にあったベットに倒れ込むように寝転がった。

 その瞬間、不意打ちをつかれたかのように睡魔に襲われ、傷の痛みなどを忘れるほど疲労した身体に夢の世界へと導かれた。



 ふと目が覚めて起き上がると、カーテンの隙間からは木漏れ日が差しており、鳥の鳴き声が朝だよと、告げていた。

 あれからずっと寝てしまっていたのだ。昨日、ベットで寝たのは夕方くらいだったから、途中で起きるつもりだった。

 隣を見ると、机に顔を伏せてニク先輩が寝ていた。ニク先輩も途中で寝ちゃってたのか。せめてベッドに入って……あれ?


 私は頭の整理が追いついていない状況で思わず近くの壁に張り付いた。

 確かに今、先程まで眠っていたベットにブルーベリーの香りが染み付いていたのだ。


「も、もしかして私、先輩のベットで……」


 もう1度机の上で眠っているニク先輩とベットを見比べるようにして見た。それにこの部屋の作りは確か、最初に天使堂の中に案内してもらった時に見覚えがあった。

 先輩を起こさないよう、足音を立てずに玄関のドアを開けると、左右にずらりと同じ形の扉が並んでいた。ドアの中央にはそれぞれ番号が書かれている。

 案内されたと言っても、聞いていたのは『こんな部屋もあります』ぐらいだった。


 恐らくここは天使達が住まう寮のようなものではないのか。

 天使達が眠そうな目を擦りながら扉から次々と出てくる様子を見て思った。


 振り返ると、丁度先輩も机からむくりと起き上がり、半目で辺りを見回した。ベットに寝ていた私を探しているのかな。

 私は玄関を閉めると、先輩に一礼した。


「勝手にベットを使ってしまってすみませんでした。眠気が凄くて……」


『あー、気にすることはないっすよ。何より元気になったみたいっすし』


 先輩は私に半目でうっすらとした笑みを浮かべたあと、あくびをしながらポットに手を伸ばし、コーヒーを入れ始めた。

 先輩にいわれ、自分の身体を見てみると、何事も無かったかのように傷口は綺麗さっぱりなくなっていた。

 自然治癒力も早いのだろうか……天使になると。

 先輩に入れてもらったコーヒーをひと口飲むと、ミルクと砂糖の甘みが口一杯に広がった。コーヒーを飲むのに慣れていない私からしたら、まだ少し苦い味だったけれど。


『んじゃ、準備が出来たら門に行くっすよ』


「え、もう行くんですか?」


『見張りとっとと済ませて、その後は街をぶらぶらしようかなと思っているんっすよ。街の構造もあんまし理解していないっすよね?』


 先輩はなんでも私の思考を見透かしたように言う。それが図星過ぎて、先輩は人の考えている事が見えるのかと思ってしまうくらいだ。


「そうですね。あの、でも朝食はどうするんですか?」


『え? あーあたし毎日朝昼兼用だからっす。お腹空いたなら、歩いて街に行って何か買うっすか? この時間帯なら多分、市場賑わっていると思うっすよ』


「はい、そうします」


 正直、市場は行ったことがなかったのでワクワクした。試験会場に行く時に、何度か商店街らしきものを見かけたのだが、いつも行く時間が無くて行っていなかった。毎日のご飯も全て、天使堂やその周りの食堂で済ませていた。

 白いローブに身を包むと、髪を丁寧にとかし、小さな小物入れを肩から下げて玄関へ向かった。



 街に着くと、私とはぐれないように先輩はしっかりと私の腕を掴み歩いた。


『この世界は南に位置するアルビノゴン、北に位置するノルメファルクス、東に位置するトルシコニー、西に位置するザイルメルケといって大きく四つに分けられているんすよ。ちなみに、ここのはアルビノゴンの地域っすよ。あたしはいつも北の街、ノルメファルクスの担当っすから、この街にはあんまり来たことがないんすよ』


「担当……ですか?」


『そ。天界門と地上門はそれぞれ北と南に付いているんす。北が天界門だから、ここの地域が一番魂が密集するエリアなんすよ。つまり天使もここに集中しやすいんすよね。新人天使は逆に南に配属される事が多くて、見張りやたまに迷い込んだ魂を上の天使に報告する……くらいっす』


「でも、その地域の境の目印ってあるんですか? 何も置いて無さそうですが……」


『あー、それは屋根を見れば分かるようになっているんっすよ。地域によって屋根の色が統一されているんす。それで天使達も境目がはっきり見えて仕事もしやすいんすよ。ちなみに、ここ、アルビノゴンはオレンジ色、北は白色。東は青色。西は緑色で固定されているんす』


 周辺の建物を見上げてみると、確かに全ての屋根がオレンジ色だった。

 確かにこっちの方がすぐに自分がどこの地域にいるのか分かりやすい。

 食べる物は別になんでも良かったので、目に付いた食べ歩きの出来るパンを買い、また市場を舐め回す様に見た。

 カエルの皮で作られたバッグや、きめ細かに縫われたニット帽や耳飾り。

 ファッション物の品がずらりと並び、飲食店はほとんど無かった。

 そのせいか、市場で買い物をする人はほとんどが女性だ。

 そういえば、ニク先輩はアクセサリーを何も付けていない。何かオシャレをしてみたいとは思わないのだろうか……?

 尋ねてみると、ニク先輩は、邪魔だからつけない、と短い理由だった。

 それほど毎日が忙しいのだろうか。確かに私の訓練が終わる度に忙しそうに天使堂へ入っていくが……。

 ニク先輩はいつも堂々としていて、自分を意見をきちんと人に言うことが出来て、思いやりがあって、訓練の時はいつも私の事を心配してくれて、長所が数え切れないほどあり、とても頼りにしている先輩だ。

 男らしいところもあり、何度かこの人は本当に女性なのか……?

 と、思う所もあった。

 この人と半年しか一緒にいる事が出来ないのか。

 そう思うと、胸が痛んだ。








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