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天使の涙  作者: 高橋さえ
訓練
10/14

病院

 私はただ、下にある大きな世界を見ていた。空から見たらこの世界はとてつもなく広かった。複雑に入り組んだベージュ色の道。それが果てしなく続いていて、まるで迷路のようだった。私を抱く黒髪の天使さんの小さな呼吸が私の耳元に届く。

 気まずい。この空気。


「あの、黒髪の天使さん」


『その呼び名をいい加減にやめるっす。あたしは29番で良いっす』


「じゃあその……29番の先輩天使さん」


『そういうことじゃなくってっすねぇ……もう良いっすよ。要件は?』


 天使さんはじれったそうにこちらを睨むようにして見下ろした。


「私のこの足。治るんでしょうか? 歩けなくなるとか、ありませんか? もし私が歩けなくなったとしたら、天使は辞めざるを得ないのですか?」


 私はつい本当に思っている事を言ってしまった。歩けなくなったらどうなってしまうんだろう。天使を強制的に辞めさせられて羽をむしられるのかな。そんな厳しいところではないのは知っているけれど、どうしてもその思考を考えざるを得なかった。


 すると先輩は白かった頬を桃色に染め、クスリと笑った。


『そんなわけないじゃないっすかー。天使を辞めたら羽は自然に消えるっす。人間界では天使は「存在」扱いなんすが、ここでは普通にただの役職に過ぎないっす』


 そう言われ、少し頬が緩んだ。上の階級の先輩達は怖い人が多くいる予想だったけれど。そうでもないんだなあ。


『あれが病院っすよ』


 私が先輩の視線の先を辿るとそこに大きく(天界総合病院)書かれた建物が見えた。先輩はその入口付近にさっと降りると私を抱っこしたまま病院へ入った。

 病院の中はとても落ち着いた雰囲気で天井はガラスになっており、光が差し込んでいる。植物が左右あちこちに置かれており、私の部屋のインテリアの参考にしたいくらいだ。


「どうされましたか?」


 受付の看護師さんらしき人が私たちに駆け寄ると、先輩は間髪入れずに私の足を指さして応えた。


『この子の足を見てほしいっす。酷いことになってるっす』


「少し、この方をお預かりしますね」


 そう言うと看護師さんらしき人は先輩の腕にいる私に手を伸ばし、私を看護師さんらしき人の腕へ移しました。

 周りからの視線に気づき今の状況をやっと把握した私は一気に顔が火照り思わず手で顔を隠した。


『それじゃ、あたしはここで待ってるっす』


 扉が閉まる瞬間に見えたのは近くにあった椅子に座る先輩天使。大変なことになっちゃったなあ。

 部屋に運ばれ、足の状態をよく観察されて結果は「骨折」。よくよく考えてみると、骨が折れているのに天使堂までよく辿り着いたなと思った。


「それじゃあ、2、3週間は入院になります。安静にして下さいね。こちらが入院手続きの書類です」


 とう言われて渡された複数の紙。ペラペラと目を通してみたがそれほど厳しい指定もなく、むしろ緩いと思う内容。

 ここの病院での入院は大丈夫なのか。という事よりも全く入院の準備をしていないこととお金の問題が先に来た。一人暮らしだからあんまり高いと生活できないし……。


「いや……荷物とか何も準備できてないしお金もいくらか分からないのですが」


「その点に関しては天使様のみ半額で手続きをする事が出来ますよ。荷物に関してもこちらでご用意させていただきます。半額なので入院料金は約6万ほどです」


「え?」


 半額……。天使になるとなかなかお得になるんだなあ。そう思いながら、少し戸惑って固まっていた手を動かしとりあえずのサイン。


「では、こちらになります。私はこれから準備があるので。お一人でこちらの部屋まで移動出来ますか?」


 そう言って、私にこの病院の案内図を見せ、指定の部屋に渋々向かった。二階の部屋だったから少し顔が曇ったが、エレベーターの存在をすっかり忘れていた。


 クタクタになってしまい、指定されているベットへ飛び込んだ。ふかふかの布団が肌に当たる心地よさと、足の激痛を同時に感じ、顔を歪める。


 痛くてこの体制から動けなくなっていたところを、通りすがりの看護師さんが発見。すぐに私をベットに寝かせてくれた。その後はさっきの看護師さんたちが戻ってきて、怪我した足を丁寧に包帯で巻くと金属の棒を使って足を吊り上げられた。

 とりあえず、何週間かは安静にしないといけないのか……。

 私だけ遅れていくなあ。何もかも。

 不安な事ばかりが頭をよぎる中、また病室の扉が開いた音がした。先輩天使さんだった。


『ところでこの怪我どこで付けたんすか? 歩道を歩いてきたなら骨折なんてするわけないっすよね?』


 確かにそうだ。ここでは車が通っているとしても、歩道専用道路と車両用で分かれているのだから。歩いてきたらまずこんな事は有り得なかった。誰かに危害を加えられる以外は。


「それは、私が派手に転んでこうなりました。私が勝手に」


『嘘っすよね』


 私が言い終わる前に先輩に嘘を見抜かれ、思わず顔を逸らしてしまった。当たり前だ。この人は私とは違い、何年も住んでいるし、転んで骨折など聞いたことがない。もっとましな嘘をつけばよかったものの、いきなりの質問に頭が回らなかったのだ。


「……」


『黙っていたらまたこうなるかも知れないんすよ? それでもいいんすか?』


 ダメだ。完全に人から危害をくわれられたものだとバレている。あのパイナップル頭を庇っている訳では無い。単純に、この事を話したあとの「復習」が怖いんだ。今度は骨折だけじゃ済まされないかもしれない。最悪は……。


「大丈夫です。本当に」


 無理に笑って見せたが、きっと偽りであることはすぐに分かってしまうだろう。顔を作った自分でさえもそう思ってしまうほどだ。


『……そうっすか。まあいいっすけど。とういえば番号とか聞いていなかったっすね。あたし等も新人の世話をしろとしか言われてないっすし』


「167番です」


『……!? 200番以内ってそれは……上級天使の番号っすけど。凄いっすね。受験でそんな点数とれる人なんて見たことないんすよ』


 先輩は驚きを隠せないかのような素振りを見せたが、いまいち私にはどれほど凄い事なのかピンと来ない。そういえばロニ先輩も私のことが天使達の間で話題になっていると話していたけれど、私は運動試験では指定のものが出来なくて、格段に成績は低かったはずだった。

 私が運動音痴なせいで、100点分はドブに捨てているのだ。受かったのを知った時もまさかと、我が目を疑った。


『まあ、上級天使というのは肩書きだけになるっすよね。新人にいきなり上の仕事を任せるのはきついだろうっすし』


「そうですね」


『んー、167番だからー……イロナって呼ばせてもらうっすよ。そっちの方が名前らしくて呼びやすいっす』


「い、イロナですか」


 時分の顔が火照ったのを感じた。名前も勿論良いと思ったし、何より、初めて名前を付けてもらったという喜びは大きかった。

 人間も一人一人に名前を付けているそうだが、毎回人に名付けられる人間が羨ましいとも感じた。


『それじゃあそろそろあたしは天使堂に戻るっす。安静にしてるんすよ?』


その後ろ姿を見ていたら、ちょっとした発見をした。よくみたら先輩の艶のある黒髪の先っぽがゴムで縛られていた。あれで移動中に髪が邪魔にならないようにしてるのかな。先っぽで結んでいるのは多分、振り向いた時に髪が顔にかからないように……?

扉を半分開けたところで、先輩が思い出したかのようにこちらを振り返った。


『そういえばイロナ、着替えについてなんすけど、天界の洋服は繊維が特殊で、普通に羽貫通して着れるものだから、服をわざわざ切ったりして着るとか無駄っすよ。さっき着てた服、背中にデカい穴が空いてたっすから。まあ新米がやりがちなことっすね』


そう言って病室を去っていった先輩を見送ると、背中に生えているふさふさの羽を撫でるように触った。


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