平凡な日常2
遥輝を取り巻く状況は芳しくなかった。町の住人は遠巻きに隙の無いよう遥輝たちを囲み様子をうかがっている。遥輝は住人達を刺激しないように目配せしてあたりを見回した。よく見ると、住人たちは女性と子供と老人ばかりだった。彼女らは皆、手に何らかの武器を持っており、このまま襲われたらひとたまりもない事は想像にたやすかった。ウニモグの荷台から降りたドリス1はすかさず遥輝の脇に駆け寄る。ドリス6は幌の上で周辺を警戒する。
「お前何者だ? 何しに来た!」先ほどから遥輝にライフルの銃口を向け続けている女が遥輝を問い詰めた。女の持つライフルは古い型のAKで、旧世紀の地球上ではシェアを独占していた代物だと遥輝は聞いていた。褐色の肌と肩までの黒髪を持ち、薄汚れはいるが動きやすい服装とバイザーをかけているその女は、遥輝にAKを奪われないように用心深く距離を取っていた。取り囲む他の住人達もそれにならう。
「まぁまぁ、落ち着いてください。僕はただ単にこの町と取引に来ただけですよ」遥輝は彼女をたしなめるようにゆっくりと、しかしハッキリと答えた。
「取引ぃ?」遥輝のその言葉を女は訝しむ。
「そうです。僕が持ってきたそのトラックの積み荷を、この町にある生鮮食料品と交換できないかと思いまして」次に遥輝は同様に、しかし周りを取り巻く住人にも聞こえるくらいの大きさの声で答える。遥輝のこの言葉を聞いて周りの住人たちは何人かは銃の構えをといた。
「お前、ふざけてるのか?」問いかける女の声からは困惑が感じられた。
「いいえ、僕はいたって真面目ですよ」そう言うと遥輝は、住人の一人に声をかけた。「なんでしたら、積み荷を確認してください。そこのあなた」遥輝に言われた女は、用心深くウニモグの荷台に乗ると積み荷のダンボール箱をひとつ開けて中身を確認し驚嘆した。「すごいぞ! スティック(栄養調整糧食の俗称、穀物由来加工食品)だ! 山のようにあるぞ!」荷台から身を乗り出すと女は住人達に向かって大声で叫んだ。それを聞いて、住人達から自然と歓声が上がる。そしてあっという間に駆け寄ってきた住人達が、ウニモグに人だかりを作った。
遥輝は驚いた。こんな辺鄙な町の住人が栄養調整糧食の存在とその価値を知っているとは。もしかしたら先遣隊と接触した住人が居るのかもしれない。そんなことを考えつつ遥輝は女におそるおそるたずねる。「もう手を下してよろしいですかね?」
「あ…… ああ」すっかり毒気を抜かれて、女はただ頷くことしか出来なかった。そしてAKの銃口を下に向ける。
「これは失礼、申し遅れました。僕の名は妙光寺遥輝、ただの放浪者です」遥輝はすかさず、自由になった手でボーラーハット脱いで胸元に下げ挨拶する。それを見てドリス1もマントを脱ぐ。そこに現れた見慣れぬビクトリア調のメイド服姿に住人達は声も出なかった。「そしてこれが……」
「ドリス1と申します」そう言うとドリス1は小さ目のカーテシーをして見せた。
「シャロンだ」まだ一抹の不満が拭い去れない様子で、シャロンはバイザーを外して遥輝に名乗る。遥輝もそんなシャロンの心境を察して言葉を付け加える。「僕は本当に貴方たちに害をなす者ではないんですよ。ご理解いただけますか?」
確かにこんな奇妙なヤツを使うような回りくどい事を連中はしないだろう、シャロンはそう思った。「わかった。で、取引ってなんだ? 何が欲しいんだい?」問いかけるシャロンの声にはもうほとんど緊張感は無かった。
「新鮮な食品なら何でも構いませんよ。野菜があるとうれしいですがね」
「ふーん、野菜ねぇ……」野菜なんかがスティックよりも価値があるなんて到底思えない。シャロンはそう思ったが、口には出さなかった。「まぁ、あるけどさぁ。あるだけ全部って訳にはいかないよ」
「もちろんです、ご提供いただける分だけで結構」自ら提案しつつも遥輝は内心驚いた。シャロンが野菜との交換にさほど難色を示していない様に見えたからだ。ともすると、この町では十分な農作物が栽培されている可能性がある。そしてそれ補賄うに十分な量の汚染されていない水源も確保できているのだろう。「そうそう、今彼女らが確認した分はとりあえず試供品と言うことで、いいですよ?」遥輝はにこやかに言った。
「そうしてもらえると有難い」シャロンは遥輝のその言葉を理解し、交渉の主導権を取られたことを悟った。それでも久しく笑顔の無かった住人達が喜ぶのを見ると、意外と良い方向に事が運ぶのかもしれないとも思った。
「ここではなんですから、もう少し落ち着ける場所でお話ししたいのですが。出来ればこの町の代表者にも挨拶をしたい」遥輝は、もう少し踏み入った提案をする。もうこれ以上は悶着が起こらないだろうと期待を込めて……
「わかった、良いだろう。ついてきな」シャロンは腹をくくった。
シャロンに案内された代表者がいる屋敷は、町のほぼ中心に位置する場所にあった。しかしそれは、屋敷とは言っても権力者が住む豪華絢爛な、と言う物でもない少し大きめの民家だった。そこまで案内される道すがら遥輝は確認したのだが、明らかに町の規模に対して見かけた住人が少なかった気がした。そして先にも確認した通り男手はほとんど無い用に見えた。
「町長! 客人だ」シャロンは遥輝に待つように伝えると、屋敷に入り際に呼びかけそのまま中に消える。程なく戻ってきたシャロンの手招きに促され、遥輝とドリス1は屋敷に入った。屋敷の中で遥輝を出迎えた町長と呼ばれる人物は、物腰の柔らかそうな老男性だった。
「ようこそいらっしゃった。私はザカル、立場上町長と言うことになっております」
「妙光寺遥輝と申します」シャロンの仲介のもと、遥輝は町長と挨拶を交わす。
その後町長は屋敷の客間で遥輝との会談の席を設けた。会談は他愛もない雑談を交えながら交易についての交渉を中心に進められた。町長は遙輝の希望する交易条件について、なんらこちら側が損をする事も無いと判断し合意する事にした。交易条件は遙輝側が持ってきた物資の全てと、町側は生鮮食料品を一ケースといくらかの野菜や果物の種との交換である。遥輝の提示するいわゆる交易の条件は、町の住人にとって不利と思われる点もない事を町長は理解した。「しかし、この交易は我々のほうが一方的に得をするようにも思えるのだが……」町長は疑問を呈した。
「ふむ……、町長が疑問に思うのももっともですね」さすが町を束ねる長として警戒するのは当然か、と遥輝は思った。それも、今日この町に来る際に遭遇した野盗のような連中が近くをうろついているならなおさらの事か。町に入る時もそうだった。この町全体を囲う外壁と、据え付けられていた銃座も、今この町を取り巻く状況を物語ってる。いつ連中がこの町を襲うかもしれない状況で、町の住人達がナーバスになっているのも理解出来ないことではなかった。
「そうさ、最初に見た時は連中と組んで芝居を打ってるものかと思ったぞ」シャロンが口をはさむ。
連中と言うのは雅臣と追い回した野盗の事だろう。シャロンの言い草からすると野盗たちはこの町を脅かしているのだろうか。
「連中とはあの野盗の事ですか?」遥輝は一応確認する。
「ああ、三ヶ月ぐらい前からこの辺をうろついてるならず者の寄せ集めさ」シャロンが吐き捨てるように言った。
「おかげで外へ交易に出た男衆はそれっきり、皆帰らない」町長はそれ以上語らなかった。
なるほど、町に男手が無い理由が分かった。恐らく町の外に出た男たちは野盗に襲われて捕まったか、あるいは…… いや、結論を出すのは早計かもしれない。野盗が三ヶ月近くもこの町の襲撃を企てていてもそれが成功した様子が無い。そう考えると、意外と男たちは捕まって何やら強制的に生産的な労働を強いられている可能性もある。でなければ野盗は三ヶ月もの間無補給で行動を続けていることになるし、それはあり得ない。
「遙輝、どうかしたのかね?」考え込んでしまった遙輝を見て町長が尋ねる。
「いえ、少し思う所がありまして」自身の楽観的な推測についてまだ口にすべきではない。遙輝はそう思った。かと言って、その推測の裏を取るにしても今この場でこのことについて根掘り葉掘り聞きだしては、あらぬ疑いを招くだろう。
交易の交渉が無事に終了すると、町長とシャロンは遙輝に様々な質問をする。この町は野盗が頻繁にうろつき他の町との交流を阻害しているため、外来者がもたらす情報は貴重であった。遙輝はこの町の近隣について自身が理解している範囲で質問に答えた。
「遥輝達は一体どこから来たんだ?」シャロンが当然の疑問を投げかける。野盗がうろつくこの町の周辺を遥輝一人――厳密には一人であることをシャロンたちはまだ理解していない――で放浪して無事だと言うのは至極当然な疑問なのだ。「そうですね、話せば長くなるので掻い摘んで言いますと、僕はここよりもずっと東から何日もかけてここまでやってきました」
「東から? 遥輝は華人なのか?」
「いいえ、僕の先祖は日本人だと聞いています」
「日本人……聞いたことがある。日本と言えばここから遥か東の果ての、海の向うにある島国じゃないのか?」町長は目を丸くして驚いた。
「その通りです。よくご存じで」まだ国境がはっきりと分かれていた時代の事を知る人物は貴重な存在だ、遙輝は本心からそう感心た。
「信じられない。一体何のためにそんな大変な旅をしているんだ? いったいどこに行こうってんだ?」シャロンが思わず口を挟む。
遥輝はどこまで本当の事を話せばいいのか迷った。恐らくこの地に住む人たちには、遥輝の本当の目的を理解できるものはいないのではないか、そう思ったからだ。ならば、彼らが理解できる言葉に置き換えて、遥輝の目的を話したほうが良いのではないのかと。「争いも病も飢えも無い、安住の地です」
「そんな場所、この地球上にありゃしないよ」シャロンは思わず吹き出しそうになった。
「そうかも知れませんね、今は」ちょっと言い方が回りくどかったかもしれないと思った遙輝は、そのまま続けた。「でも、無ければ作ればいいんですよ」
「作る?」シャロンはまだ遙輝の行った事を完全に理解出来ていなかった様だ。対して町長は笑みを浮かべていた。だがそれは決して侮蔑から来るものではない様に遙輝には見えた。
「そうです、そのために僕は誰もがそう認める場所を探しているんです」
「途方もない話だね」遙輝の考えを聞いてシャロンは率直な感想を述べた。
「ええ、その通りです」その意見に遙輝も同意した。
そんな空気を打ち破り、突如入り口のドアが勢いよく開く。「シャロン! ガラドたちが来たよ!」ひどく慌てた様子で女がシャロンに伝える。シャロンは立ち上がり、立てかけてあったAKをひったくるように取るとすぐさま外に飛び出した。
「僕たちも」遥輝とドリス1も立ち上がりすぐさまその後を追う。
遥輝が外に出ると、シャロンはすでに外壁に向かって走り去った後だった。辺りはすっかり暗くなって居た。住人達は不安そうに町の外の様子をうかがっている。シャロンは軽快にガレキの外壁をのぼると、機関銃が据え付けてある物見台に入った。「様子は?」シャロンが物見台の見張りに声をかけると、見張りは無言で双眼鏡を差出し指をさす。シャロンは双眼鏡受け取り見張りがさす方角を覗き込む。遅れて遥輝とドリス1も物見台に上がった。「何があったんですか?」駆け付けた遥輝はそこにいる誰とは無しに問いかける。その問いに、シャロンは双眼鏡を覗き込んだまま、遥輝に指でさした方向を見るように促した。そこには、遠くにズラリと並ぶ車両のヘッドライトの灯りが見えた。その車両等は用心深く、据え付けられた機関銃の射程に入らない位置取りに並んでいた。
「シャロオ~ン、いねぇのか~ぁ?」拡声器越しの男の呼びかけが周辺に響く。それはいかにも荒くれ者たちを束ねる、ひと癖もふた癖もありそうな品のない男の声だと、遥輝は思った。「彼が?」
「ガラドだ!」そう答えるシャロンの声にはいら立ちが感じて取れた。「野盗の頭だ」
「お前の亭主、連れてきたぜ~ぇ!」ガラドが拡声器からワザとこちらをいら立たせる様に言い合図すると、後方から一台の車両が現れる。その車両の前部バンパー部に取り付けられた磔台に、磔にされてグッタリとしている男が見えた。「亭主の命が惜しかったら、門を開けろ!」お決まりの脅し文句だった。
悲痛な表情を浮かべ、叫びたいであろう声を押し殺すシャロン。そんなシャロンの様子を見てオロオロする見張り達。一人の命と町全体の安全を天秤にかけて結果がどう出るかは明らかであり、その事はシャロンも十分に理解しているのだ。
まるで以前に見た旧世紀の映画のワンシーンだ、それが遥輝の率直な感想だった。そして遙輝は思った。もっと人々が協力してこの荒廃した地球で協力して生きていけばいいのに、こんな野蛮な闘争に明け暮れることが出来るとは、なんて地球人は贅沢なんだろう、と。
「どうするんだい! シャロン!」慌てふためいた見張りの一人がシャロンに尋ねる。だが、シャロンは何も答えることが出来なかった。
ここで颯爽とこの問題を解決することが出来たなら、今後の取引もスムーズに運ぶことだろう、遙輝は考えた。だが、真の英雄とはその様な打算はせずに弱者のために最善の行動をするに違いないだろう事も理解していた。そう考えると僕は英雄にはなれないんだろうな。などと思考を巡らしているだけよりは……
「僕に良い考えがあります」遙輝はシャロンに告げた。そしてドリス1に命令する。「ドリス6をここに、無線機を一対持って来させて」ドリス1は頷く。
シャロンや他の見張り達は緊張した面持ちで見守っている。程なくして、ドリス6が物見台に駆け上がってきた。「装備はここに置いていきましょう」そう言うと遙輝はドリス6から銃、タクティカルベスト、マントを受け取りその場に置く。
その時シャロンは遙輝が名前を呼ぶドリスに番号が付いていることの違和感の正体を理解した。そのドリス達は顔がまったく同じ様に見えるのだ。ひょっとして六つ子なのだろうか?
遙輝は二つのハンディ無線機の周波数を合わせ、一つをドリス6に渡し、なにやら色々と話しかけている。「非殺傷防御モードスタート…… じゃあドリス6、お願いしますよ。」皆に見守られている中、遙輝はドリス6に命令する。命令を受けたドリス6はそのまま外壁の外に降りてガラド達の方へと歩き始めた。「シャロンさん、拡声器あります? 使いたいのですが」遙輝が尋ねる。
「あ、ああ……」力なく頷くと拡声器が置いてある棚を指すシャロン。遙輝はその拡声器を取り、ガラド達に呼びかける。「今、そちらに無線機を持たせた使者が行きます。撃たないでください」
「使者だとぉ~?」拡声器越しにいぶかし気な声でガラドが反応する。
遙輝は思った。この町に来る前にウニモグを襲撃してきた野盗たちの装備の事を。彼らの装備の大半は昔軍隊が使用していた物だった筈だ。ならばある程度、軍隊形式に乗っ取った交渉がひょっとしたら通用するのではないか。そうではなくとも野盗を束ねる長ならば、末端とは違ってそこを考えるくらいの脳みそはあるはずだ。そして、その推測はどうやら外れではなかった様だ。ドリス6は連中から銃撃される事も無く、ガラドのもとに到達した。
「彼女が持ってる無線機で交渉させてください!」遙輝はガラドに拡声器で再度呼びかける。
「良いだろう!」間をおいてガラドの返事が聞こえた。
遙輝は無線機のPTTスイッチを入れて話しかける「聞こえますか、どうぞ」
「聞こえるぞ! てめぇは誰だ!?」ガラドの返信だ。
「シャロンさんの代理で交渉する者です。貴方が連れて来た人質を見てシャロンさんは動揺しています」そして遙輝はなるべく簡潔に内容が伝わる様に説明する。「シャロンさんはもう貴方達に脅えるくらいなら町を明け渡す事に協力しても良いと言っています。ただ、シャロンさんの独断で開門する事は出来ません」
「なんだと!」この遙輝のとんでもない発言を聞いてシャロンは思わず叫んだが、遙輝は口の前に人差し指を立ててから片目をつぶって見せた。それを見てシャロンはまだ何が起こるのか理解出来ないが事の成り行きを見守る事にした。
「何だとぉ?」用心深そうなガラドの返信。
「なので町の住人を説得する時間をください。時間をくれるのなら明日の正午までには門を開けるよう住人を説得するとシャロンさんは言っています」
「……」この遙輝の提案を聞いてさすがにガラドも即答を避けている様だ。遙輝はそのままガラドの返信を待つ。
一方ガラドも、この代理交渉人の言う事は一応筋が通っていると思った。もちろんこの交渉を受けず力押しで町を攻め落とす事も可能だが、それは当然こちら側にもある程度の損害が発生する事を覚悟しなければならない。仲間の犠牲は士気の低下に関わる。不満を暴力で押さえつけているのだから、ひとたび不信感が募り始めたら暴発するのも時間の問題だろう。
「本当かぁ? そんな七面倒くさい事をしなくても俺達はいつでもやれるんだぜぇ?」
「もしそうするのならば、こちらは死ぬ覚悟で貴方達に抵抗するでしょうね」ガラドの脅し文句を聞いて交渉人も応戦する。
「……良いだろう、それまでここで待たせてもらうぞ」仕方がない、ガラドは渋々了承する。
「それはやめてください」
「ああっ!? おめぇ、ふざけてんのかぁ?」何を言ってるんだこいつは! そんな思いがガラドを激高させる。
「いえこちらは真面目です」交渉人は神妙に、明確に強い意志が伝わる様に続ける。「町の住人達にとっては今夜が町で過ごす最後の夜になるんですよ。そんな夜を不安のまま過ごせと言うのですか? 貴方には欠片の寛大さも、慈悲の心も無いのですか」
本当になんなんだこいつは、ガラドはそう思った。ガラドは今までにここまで明確な意思を持った、信念のある様な物言いをする人物に相対した事が無かった。そう言えばいつだかは忘れたが聞いた事がある。昔は信念や信仰の為に命を落とす事を厭わない奴らがいて、そいつらは自ら爆弾を抱えて敵の前で自爆する様な戦い方をしていた事を。「チッ!」ここは用心しておいたほうが良いかもしれない、ガラドはそう自分の心に言い聞かせた。「わかった! 明日の正午にもう一度ここに来る、それで文句ねぇな!?」
「ありがとうございます。そして最後にもう一つだけお願いがあります」
「あー、なんだもう! 何でも良いから行ってみろ!」
「待っていただく間に貴方が連れて来た人質が死んでしまっては、シャロンはもう貴方たちに協力する理由もなくなります。ですから人質を交換しましょう」
「なんだと?」
「今そちらに居るこちらからの使いの娘を代わりの人質としてください」
つくづくこの交渉人の言ってる事は頭がおかしい奴じゃないと考えつかない、ガラドはそう思った。俺達の様なならず者の所に丸腰の若い女を寄越し、それを人質にしろと言う。その結果がどうなる事かは火を見るよりも明らかな事だ。それに今ここにいる使いの女の態度もどうだ、脅える様子もなく微動だにしていない。「本当にいいんだな?」ガラドは念を押した。
「二言はありませんよ」
ガラドは人質が括り付けてある車両に近づき声を荒げる。「おい! 人質を返してこい」
「えっ? イイんですか?」予想外のガラドの命令に運転手は思わず聞き返す。
「ああ、良いんだ。代わりにあの娘が人質になるんだとよ」ガラドが親指で指し示す。運転手はそちらを見てさらに驚きガラドに尋ねる。「マジですか?」
「ああ、マジだ。まったくイカレてやがる。わかったらさっさと渡してこい。後、人質は殺すなよ」
「わ……わかりやした」運転手は車両を発進させた。
物見台から遙輝達が見守る中、車両はゆっくりと走り城壁の近くまでやって来た。それを見て遙輝はシャロンや物見台の見張りを促す。「さあ、早く人質を助けてあげてください」言うが早いかシャロンはガレキの外壁を駆け下りて人質だった夫のもとへと向かった。物見台に居た見張りの住人も数人降りて行き、人質の救出を手伝う。車両は人質が降ろされたのを確認するとUターンしガラドの元へと戻っていく。
「これでいいな! 俺達は引き上げる。明日の正午だぞ!」それがガラドとの最後の通信となった。整列した車列は各々がUターンして闇夜の中へヘッドライトと共に遠ざかって行く。
「誰か! 少しだけ門を開けて下さい!」遙輝は町の中に呼びかける。心配そうに様子をうかがっていた何人かの住人達が急いで駆け寄ってきて門を開ける。シャロン達が中に戻ると、それを見ていた住人達から自然と感嘆の声が上がる。遙輝とドリス1も外壁を降りると、遠巻きながらその様子を見守る。
するとそこへ、物見台に居た一人の女がシャロン達のもとから離れ近寄って来た。見るからにすごい剣幕だ。「おい! あんた!」
「はい、なんでしょうか?」やはりこうなりますよね、遙輝は心の中でつぶやく。
「あたし達はこの町をガラド達に明け渡す気なんかないよ!」彼女は遙輝に食って掛かる。その声を聴いて、集まって来た住人達に動揺が広がる。だが、遙輝は何の悪びれもせずに答えた。「当然です、明け渡す必要なんかありません」遙輝の答えを聞いて彼女はあっけにとられた。「って事は、あんたはガルド達をペテンにかけたって事かい?」
「えーっと、貴方、お名前は?」遙輝は彼女に尋ねる。
「リタ……リタだ」
「リタさん、うら若き女性がそんなペテンだなんて言葉を使うの僕はどうかと思いますよ。ですがまぁ、あなたの仰る通りなんですがね」遙輝のすんなりとした答えに、それを聞いていた住人達がざわつく。「遙輝!」そんな二人のやり取りにシャロンが割って入った。「お前は賢いが残酷な奴だな……。いくらあたしのためにジェイクを助けてくれようとも、若い娘を人質として送り出すなんて」
「ああ、その事ですか。それなら心配に及びませんよ」遙輝は思った、僕は情報を隠しすぎるあまりにシャロン達を心配させてしまったようだと。それは遙輝の本来の身分や目的が露見した時、彼らがそれを受け入れてくれるのかどうかと言う事を憂慮しての事だった。だが、これから遙輝が行おうとする事に住民の協力は不可欠なのは自明だ。秘密主義を貫き住民に不信感を与えるのはよくないだろう。遙輝は一部真相を打ち明ける事にした。「連れていかれた彼女は、人ではないんですよ」
「えっ?」シャロンもリタも遙輝の言った言葉が理解出来なかった。
「彼女は、便宜上彼女と呼んでいますが、人間ではないのです。ロボット、アンドロイド、ガイノイド、自動人形、疑似人間…… 色々呼び方はありますが、まぁそう言った物の類なのです」そう付け加えると遙輝はドリス1の左腕の袖を捲りながら言った。「ドリス1、ちょっと借りるよ」
「はい」ドリス1が短く返事をすると遙輝はドリス1の左腕を両手で掴み、そしてスルリと外した。
シャロンとリタは声を出す事も出来なかった。刺激が強すぎたかな、そう思いながらも遙輝はきちんと説明の義務を果たすべくドリス1の腕の断面を二人に見せる。驚きで動けなかったシャロンとリタはそれを見てやっと理解した。ドリス1の腕の断面からは出血も無く、中には詰まっている機械の類が見て取れたのだ。「ありがとう、ドリス1」遙輝はドリス1に左腕を返した。ドリス1は受け取った左腕を接続し、動かして見せる。
「びっくりしたぁ……」リタが言う。
「ああ……あたしもだ。昔話の類では聞いた事があったけどまさか本当にいるだなんて」シャロンも同様の感想を述べる。そんな二人の前にドリス1は一歩踏み出した。「シャロンさん」そしてドリス1は柔らかな表情で言った。「こんな私達の身を案じて下さってどうも有難うございます」
このドリスの反応に、表情に出しはしなかったが遙輝はとても驚いた。それが初めて見るドリス1の反応だったからだ。いくら対話能力の蓄積が他のドリス達よりも多いドリス1でも、まさか遙輝の許可や命令無しでシャロンに感謝の意を告げる反応をするとは思わなかったからだ。そして同時に勇気づけられた、僕がこれから行おうとしている事は、一番正しい事では無いかもしれないが間違った事でもないに違いないと。少なくともドリス1は“感謝”という概念の元、シャロン達を助ける事が正しいと判断しているのだから。
「シャロンさん」遙輝はかしこまって言った。「僕からも礼を言います、ドリス6の身を案じて下さりどうも有難うございます」そして深々と頭を下げる。シャロンとリタは今まで単にヘラヘラしていただけかと思った遙輝が、急に真剣な表情で謝意を示した事に対してオロオロした。そんななんとなく耐えられない空気に、リタが悪態をついた。「当たり前だろ! あたしらもう仲間なんだから!」乱暴な口調のリタのその言葉は恐らく照れ隠しなのだろう。遙輝は久しく感じなかった暖かい気分になっていた、”仲間”か、良い言葉だな……
そこへ一人の住人が青ざめた表情で近づいて来て遙輝達に告げる。「ジェイクが……ジェイクが言うには、町の男衆が、皆ガラドに捕らえられてるんだそうな……」その宣告に、シャロンとリタは絶望の表情を浮かべる。「ほう……」遙輝は小さく呟く。その時シャロンは一瞬遙輝の表情が厳しくなるのを見た。シャロンやリタや住人達は、遙輝が次に何を言いうのかを待った。
遙輝は、少し考えた後に無線機の周波数を変更してPTTスイッチを押す。「逸治、状況は把握していますね?」
「はい、問題ありません」何事も無いかの様な無線からの返信だった。
「では、最も適した二戦闘単位プラスオプションで」
「分かりました、すぐにお迎えに参ります」厳しい表情をして行った短い無線でのやり取りが終わり、遙輝は皆の方に向き直る。
「どうするんだい? 遙輝」シャロンが尋ねる。
「何も問題ありませんよ」遙輝はにこやかに答えると、静かに、だが明確な意思を持って言った。「反撃開始です」
やがて約三十分程経った頃、エンジン音を伴った空を切り裂くローター音が町へと近づいてきた。