平凡な日常1
荒野を疾走するウニモグのカーオーディオからルー・リードの“Walk On The Wild Side”が流れ、遥輝はそれに合わせて鼻歌を歌う。今は少なくともそれくらいの余裕は生まれていた――巡航速度を維持するドリス17の運転は、もう荒っぽさも無くなっていた。遥輝が石動で放浪するようになって、もう三か月がたとうとしている。別に、目的もなくただ荒野をさまよっている訳ではないのだが、それでも日常の大部分は何もすることが無くて退屈だった。だから、たまに立ち寄る町や村での交渉事や買い出し等は生活の中での良い刺激になる。遥輝はルーが歌う歌詞に思いをはせながら荒野を見やる――もう彼が歌うロサンジェルスやマイアミはこの星には無いのだろう。
「遥輝様、後方から追走してくる車両が数台確認されました」突如ドリス17が遥輝に告げた。遥輝はバックミラー越しに後方を確認する。すると、土煙を上げて猛追してくる車両が数台見えた。そのうちの何台かはオフロードタイプのバイクのようだ。四台のバイクは二台づつがそれぞれ後方からウニモグの左右に回り込むように速度を上げる。これは、ウニモグの逃走経路を制限するのが目的だろう。真後ろから追ってくる車両数台は、どうやら昔この辺で使われていた軍用バギーだろうと思われる。バイクとバギーは徐々にウニモグとの車間距離を詰めて来た。このままだといずれ追いつかれてしまうだろう。それに、どう見ても穏やかな交流を求めてきている現地民には見えない。
さて、どうしたものかと遥輝は思った――そして、この状況は僕がまだ若かったころに見た旧世紀の映画にあった状況に似ているとも。
「ドリス6に応戦するように伝えて。それからウニモグは速度を落とさないで」
「かしこまりました。シートベルトをお締めください」そう言うとドリス17はアクセルを踏み込んだ。遥輝は急いでシートベルトを締めて、シートに身を沈める。
内蔵通信機で指示を受けたドリス6は立ち上がると、ジャンプして幌のフレームに両手をかけ、そこから鉄棒の逆上がりの要領で幌の上へと体を投げ出す。そのまま幌の上に伏せ、安定性を確保した後、体をあお向けにしHK416を手に取る。次に、ドリス6は首を動かしウニモグの左右に視線を送る。左側には追いすがる先頭のバイクの後部に乗っている男が、ボウガンを構えているのが見えた。右側のほうのバイクは若干遅れ気味に追ってきている。ドリス6はまず、あお向けの状態で顔を車体の左側に向けたままの姿勢で目視しながら、一番接近してきているバイクに向けて三点射を二回行った。リズミカルな銃声の後に銃撃を受けたバイクは徐々に蛇行をはじめ、やがて転倒して大きな土煙を上げる。その後ろについていたバイクは、これを見てとっさに土煙をかわし少しスピードを落としてウニモグと距離をとった。
これと同時に、ドリス17はハンドルを右に切って右側面に接近してくるバイクに幅寄せし、けん制する。右側から追ってきたバイク二台はこれをかわすために減速して同様にウニモグと距離をとった。
ドリス6は再度、幌の上で体を回しプローンすると、すかさず距離を開けたバイク三台にそれぞれ一回づつ三点射する。この銃撃は命中はしなかったが、けん制としての効果は十分だった。
このままなら何とか逃げきれそうだ。遥輝はそう思ったが、それとは別にもう一つの不安が頭をもたげた。連中はいつまで追いかけてくるつもりなんだろうか。そして、この襲ってきた連中はひょっとしてこれから行く町の仲間なのではなかろうか? もしそうだとしたら、これからの町での交渉事はちょっと厄介なことになるかも知れない。あるいは、そもそもの交渉自体が成り立たなくなる……
一方、幌の上に寝そべっているドリス6は、後方につけてきているバギーの乗員がRPG―7を準備しているのを確認した。装填が終わりRPG-7を構える乗員の視線から、ドリス6は弾着地点を予測しHK416を構えタイミングを計る。次の瞬間、三点射されたHK416の銃弾が発射されたばかりのRPG-7のロケット弾をとらえてはじく。ロケット弾はそのまま縦に回転しながらバギーの左後方へと飛んでいき、やがて爆発した。
「これはかなり物騒だねぇ」爆発音を聞き遥輝はつぶやく。「ドリス17、状況を教えて」
「現在接触中の脅威に対して、ドリス6は効果的に応戦しています」
「目的地まではあとどれくらい?」
「現在の巡航速度ですと、間もなく視界に入ります」ドリス17がそう告げた数秒後、前方に建築物が見えた。その建造物は、適度な高さの壁のようなものが左右に広がっているようで、積み上げられた廃車や使い古されたコンテナ、廃材や瓦礫で作られた外壁であることが分かった。おそらく町を外敵から守るために築いたものだろう。
遥輝はダッシュボードから双眼鏡を取り出して覗き見る。すると、外壁にある門の上には外を監視する住人があわただしく動いている姿が見えた。そして銃架に据え付けられた機関銃が準備されつつあるのも……
「17、合図して」
「合図の定義は?」
聞き返すドリス17に、遥輝はまだ意思疎通のレベルが低いなといらだちつつも答える。「前方の壁門の上に居る人間に、ライトのパッシングで合図を送って」
「かしこまりました」そう言うと、ドリス17はウニモグのライトをパッシングして合図を送る。やがて外壁の壁門がゆっくりと開き出した。
その間、遥輝はバックミラー越しに盗賊たちが引き返していくのを確認する。どうやら盗賊の連中は町までは追って来る気はないらしい。
「このまま進んでもよさそうだな。もう速度は落としてもいいよ」遥輝がそう言うとドリス17はウニモグの速度を徐々に落としてゆく。
壁門の外にライフルを持った住人が数人出てきて、遥輝たちに手で合図を送る。その指示に従い、ドリス17はウニモグをゆっくりと進め、壁門をくぐり、入ってすぐの場所の広場に止める。それを見て町の住人は急いで壁門を閉めた。
遥輝は車内から町の様子をうかがうが、人気はほぼなかった。ウニモグの後方からライフルを持った住人が数名、警戒しながら近づいてきる。まぁ、最初のところはしょうがない、これは住人たちの警戒を解く必要があるな。そう判断した遥輝は、ウィンドウを開けて住人に呼びかけた。「貴方たちに害をあたえるものではありません! 今から車を降りるので撃たないで下さいよ」そして小声でドリス17に指示を出す。「彼らの指示に従って、他のドリスにも伝えて」
「かしこまりました」ドリス17は命令を実行する。
このわずかな間に、外にいると思われる住人からの反応は特になく、遥輝は意を決して助手席のドアを開け、ウニモグから降り立った。周りを見回すと、遥輝に向けてライフルを構えている住人が何人かいるのが目に入る。
「手を上げろ!」住人の中の一人が叫び、ライフルを構えながら遥輝のもとにゆっくりと近づいてきた。その様子を見てか、他の住人たちもぽつりぽつりと建物の中や物陰から出てきて集まってくる。
遥輝は、叫んできた住人の指示に従って申し訳程度に両手を上げる。
「こんなことになるなら、石動に畑でも作っておくべきだったかな……」遥輝は苦笑しながらぼやいたが、それは本心ではなかった。物資交換による地域住民との交流は、遥輝のこの旅には必要なことだったからだ。それに退屈な日々にこういう出会いはちょっとした刺激になってよい。それが手荒い歓迎であったとしてもだ。