貴方も私も、人間でして
「俺は常々思ってたわけよ。こいつらこそ、欲望のかたまりなのだと」
自分の声がやけに響く。場所が場所だからだろう。
「だってそうだろ? 正しくあってほしいだけだろ。神の教え、もとい自分自身が」
深夜の礼拝堂。
蝋燭の灯りだけの空間は、ほぼ闇だ。ゆらりとした火は消えてそうで消えない。
「なんかあるとすぐに神の思し召しだの試練だのあーだのこーだの言ってよ。今の自分が間違ってないって思って、安心してぇだけだろ」
口から出るのに任せて、くだらない理論を展開していく。自分の頭の悪さが、なるほどよくわかる。
「周りの、教えのわからない愚かな迷える凡人様を見下してんだろ。自分は神のお言葉に従い、正しき道を歩んでますってさ。そうやって安心して、なんだ、生きていてぇんだろ。……だろ?」
語り始めたばかりなのに、もう言うことが尽きた。口が上手いわけではなく、流れでこうなっただけだから、当然と言えば当然だ。元々、俺は脳筋だ。頭を使うことに慣れていない。腕っ節があればいいのだ。
とはいえ、さすがにこの沈黙は耐えられそうにない。自分のする息さえも響きそうなのだ。アイツがちゃんとそこにいるか、心配になる。真夜中の教会でわけのわからないことを一人でくっちゃべっていたなんて、恐ろしいことこの上ない。目だけ動かしてアイツを見る。蝋燭に照らされた横顔は、変わらずにそこにあった。馬鹿みたいだが安心した。
「ああ、んで、周りの凡人様たちに教えを説いて尊敬されてぇとかもあんだろ。教えを請われてる自分って、なんて素晴らしい! みたいなさ。周りに認めてもらいてぇって、思ってんだよ」
無い頭を使って言葉をしぼり出すが、相変わらずわけのわからないことばかり口から出る。めちゃくちゃな理論だということはわかる。結局のところ、俺は偏見を押しつけているだけだ。歪んだ見方をして、決めつけて、まさしく凡人様のやることだ。
次に何を言おうか頭をひねっていると、それまで身動き一つしなかったアイツがぎこちなく動いた。俺の方を向いたアイツは何とも言えない顔をしていた。
「思って、いると? 認めてもらいたいなどと、思っていると言いますか?」
アイツはなるほど噂通りである。冷血漢、血も涙もない信仰の鬼、という異名に恥ずかしくない冷たさを声から感じる。温度がない声というのは、コイツのことだ。
コイツの様子に、俺はもうヤケになった。
「ああ、そうだよ。結局は皆人間なんだよ。神官様も凡人様も等しく人間さ。だから、なんだ、お前が欲持っててもおかしかねぇよ」
実際のところ、俺は神官や教会のことは知らない。もしかしたら本当に欲の無い、頭が湧いているような気持ち悪い輩がいるかもしれない。だが、俺は会ったことは無いから、いないことにしておく。
というか、人間だから信仰するのだ。人生の苦しさから逃げる方法の一つが信仰だ。逃げるのところは、受け入れるとか考えるとか、色んな言い方ができる。つまり、なんだ。自分の考えがまとまらない。つまり、神官は人間と何も変わらない。人を超えた存在ではないのだ。信仰しているからこそ、人間なのだ。いや、こう言うと、信仰していない俺のような奴は人間ではないみたいだ。そんなわけがないから、駄目だ、もうわけがわからない。やっぱり俺は頭が悪い。
脳筋が珍しく頭を使っていると、目の前の奴が動いた。
「では、私も人間で、他の方々と同じように考えるのはおかしくないのですか?」
「あ? なんだお前、自分は特別だって思ってんか? はっ、なんだよ、それこそそうじゃねえか! 誇れよ、お前も普通の人間だ」
勢いだけで俺が鼻で笑うと、コイツは瞬きもせずに見つめ続けてきた。正直、すぐにでも逃げたくなるくらい怖かったが、我慢して視線を受け止めた。
なんでこんなことになったんだ。宿がどこも一杯で、教会で一夜過ごさせてもらおうとしたら、コイツが延々祈っててこっちに反応しないから、いい加減眠気も限界で話しかけたら、コイツがなんか悩みを語り出して、しょうがないから慰めて、ってなんでそうなった。
もう眠い。完全に眠い。さっきまでは頑張って頭を働かせてたから眠気が飛んでいたが、今はもう駄目だ。なのに、目だけらんらんとしている。これがハイって奴か。コイツ放っておいて寝てもいいか。いや、この目を逸らしたらやばい。呪われそうだ。神官が呪うかどうかは知らないが。
「そう、ですか。そう、ええ、ですよね! 私もそう思います! 私だって良く思われたい! 信仰は大事にしています。それが私の存在意義ですからね。でも、私も人間です! こそこそ陰口言われるのは堪えるんですよ!」
目の前の神官様がいきなりテンション高くなった。なんだ、深夜のテンションなのか。コイツもハイなのか。どうしよう。深夜の教会は怖い。いつもの冷血漢はどこにやった。眠い。あくびをかみ殺すのも疲れてきた。思いっきりあくびをしたが、コイツは何の反応もせずに延々と話していた。
「冷血漢だの血も涙もないだの、何見て言っているのでしょうね。私はただ無表情なだけですよ! 優しいですよ! いつも笑顔で優しそうと言われている司祭様は裏だと怖いんですよ! 寄付が少ないって愚痴をよく言ってますよ、本当です! あ、大丈夫です、主に貴族様に言っているだけですので、市民の方々にはあまり言っていません! ご安心下さい! 寄付の金額が少なかろうと多かろうと、神は等しく見守っておられます!」
怖っ。もしかして酒でも飲んでんのか。無表情でひたすら喋っていて怖い。え、無表情の自覚あんのかよ。周りの反応は無表情が原因だ。改善しろ。というか、司祭様にそんなこと言っていいのか。怖いんだけど。あの人の笑顔に妙な迫力があるってのは有名だから落ち着けよ。悪かったな、俺は寄付なんてしたことねぇよ。そもそも信仰もしてねぇ。ああ、教会に来るんじゃなかった。その辺で寝てればよかった……
「おや、失礼ですね。話の途中で寝るだなんて。起きたらまた聞いてもらいますよ。まだまだ足りないのですから。まあ、感謝してます。少し、楽になりましたから。だから、ふふ、ふふふふ」
夢の中に旅立つ前に、怖い笑い声を聞いたような気がした。
朝起きて、あれが気のせいではなかったことに、信じてもいない神をとりあえず呪っておいた。コイツはやっぱり血も涙もない奴だった。