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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「つ」 ‐つ・っ・ツ‐

作者: 牧田沙有狸

た行

ひらがなの中で「つ」が嫌いだった。

とくに「っ」の存在は、子供ながらに自尊心を傷つけていた。

いや、子供だったから無駄に傷ついて、自分の名前を正確に発音させることに必死になった。

わたしの名前は美知子なので「ミチ」だ。

だけど、ちゃん付けされるとほぼ100%「ミチちゃん」じゃなく「ミッちゃん」になる。

その勝手な省略変形が気に入らなかった。「ミッちゃんじゃない!」と何度反抗したか。

サチコが「サッちゃん」だと歌ってるから、こっちまで巻き添えを食うんだと童謡を恨んだりもした。

だいたい、「っ」は「つ」が変形してなるものだろう。

「マツ」が「マッちゃん」。「カツ」が「カッちゃん」

「ミチ」は「ミッちゃん」になれないんだよ。

なぜに「ちゃん」の方に吸収されてまとめられて「っ」に変換させられるのだ。

違うよ「ちゃん」が「ミチ」に吸収されたんだよ。ってんなわけないだろ。

「っ」以上に「ゃ」も正しい日本語としては独り立ちは不可能で先頭にくることはないのに。

「ミチ」と「ゃん」のわけないだろう。そうなると、わたしの名前は「ミ」だけなんだ。

だいたい美知ではなく「美知子」なのに「子」省略された上に「知」まで奪われるとは。

「アキコ」が「アッコ」なのは、あの芸能人のせいか。

テクマクマヤコンの「秘密のアッコちゃん」は確か「鏡アッコ」だ。

ってそれは関係ないか。とにかく「ミッちゃん」と呼ばれるのが嫌だった。


そんあわたしは大人になり、名前をちゃんと発音してくれる男性と結婚した。

彼は律儀にわたしを「ミチコ」と呼ぶ。

そして、あたしは女の子を産み、省略も「っ」変形もできない名前をつけた。

もちろん、自分の子供をちゃん付けなどしないが。


ある晩、歯磨きをしているわたしのところに、小学1年生の娘がプリントを持ってきた。

どうやら1年間のまとめで作文を書いたらしい。先生の添削がついている。

手にすると土がついていた。

「なに、フチがふいてるの?」

歯磨きをしながら「土がついている」と言ったら、思うように発音できなかった。

わたしは軽く口をゆすいで言い直した。

「土がついてるよ。プリント」

「転んでランドセルのもの1度出ちゃったから」

「あら、怪我しなかった?」

「ぜーんぜん」

そうおどける娘は、かつての「ミッちゃん」そっくりだった。

土だらけの作文は、「ツ」と「シ」の書き分けができていなかった。


「つ」ってやつは、前に空気を出すようにするから、口の中にものが入っていると言えないもんだ。

そしてカタカナは「シ」に間違えられやすい。わたしも小さい頃区別ができなかった。

なんだか「つ」が急に慎ましやかな存在に思えてきた。




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