3 一発触発?
愛梨の父と一緒に出てきた人物が、男でも惚れ惚れするような笑顔を湛え、新へ声をかけた。
「こんばんば、新。愛梨を送ってくれてありがとう。ここからは僕が連れて行くよ」
誰をも虜にするであろう、低音のハスキーボイス。
『完璧な男』
この男を表現するのに一番当てはまるの言葉。
「こんばんは、大翔さん。こんな時間にココにいるなんてどうしたんですか?」
新は平常を装い、大翔へ返事をした。
「とある事情でね、ちょっと訪ねて来ていたんだよ。」
そういいながら、大翔は愛梨を部屋に連れて行こうと、新に近づいた。
「愛梨はいつも通り私が連れて行きますので、お気遣いなく。」
新は笑顔でサラッと言い、靴を脱いで上がろうとした。
しかし、すっとそれを阻止された。
「新。僕が連れて行くから大丈夫だよ」
大翔は先程のキレイな笑顔のまま、けど目は笑っておらず、有無を言わさないような鋭い目を向けた。
一瞬ビクッと体を硬直させた新だが、譲らないという意思を少しだけ見せた。
「愛梨も、大翔さんより私の方が良いでしょうから、部屋まで連れて行きますよ。
大翔さんはリビングでゆっくり座っていて下さいね。」
大翔に負けない様に笑顔で対応する。
「新。今日からは僕が連れて行くよ。今までありがとうね。」
大翔の言葉はとても柔らかいが、反論させないような雰囲気を醸し出している。
何も言葉を発することが出来ず、少し沈黙していた。
この光景を見ながらくすくすと愛梨の母が笑っている。
愛梨も隅に置けないわね、なんてとても楽しそうにつぶやいた。
愛梨ももう少し年齢を重ねると、こんな風に笑うんだろうか…
新がそんなことを想っていると―――――
「新くん。」
やれやれといった表情で、愛梨の父が2人を見た。
「新くん、大丈夫だよ。いつも愛梨を運んでくれてありがとう。
我々も自分たちで運ばないといけないのに、君に甘えていたよ。すまないね。
だけど、今日からは大翔くんに愛梨を運んでもらうよ。ありがとう。」
そう言い終わると、おじさんは大翔さんへ声をかけ、愛梨を部屋へ連れて行くように促した。
大翔は、新に抱かれている愛梨をそっと受け取り、とても柔らかい表情をし、そっと愛梨の耳元で囁いた。
「おかえり、愛梨」
大翔は愛梨を大事そうに抱え、部屋の奥へと歩いて行った。
「おじさん、おばさん、今日はこれで帰ります。
愛梨に、起きたらすぐに私宛てまで電話を入れる様伝えて下さい。」
新は愛梨を部屋まで届けることなく、愛梨の両親に挨拶をし、朝霧家を後にした。
車に乗り込んでから、先程の出来事を思い出しながら、ぼんやり外を眺めていた。
新は大翔が登場した時に思ったことが、愛梨の父の「これからは大翔が愛梨を運んでもらう」が決定打となった。
愛梨の結婚相手は大翔さんだ
新は、高校の時からいつも愛梨と一緒に居て、これからもずっと傍にいるつもりだった―――。
それが、今までいた愛梨の隣は、自分ではなく大翔のモノとなる。
しかも、愛梨は承諾していない現段階から、大翔のモノとなっていた…。
膝の上に置いていたこぶしをグッと握り、顔をしかめた。
愛梨は「結婚しない」と言っている。
今はそうかもしれない。
だけど、この大翔さんを目の前にすると、その考えが変わるかもしれない。
人の思いなんて、自分でもコントロールできるものではない。
難しい顔をした新はそう考えながらも、結論を出した。
「大翔さんが現れたとしても、愛梨は譲らない。」
そうつぶやいた後、しっかりと前を見つめた。
*****
「うぅ~ん・・・新~・・・慧維のバカ・・・」
愛梨は、悪夢にうなされていた。
アルコールですっかり酔い、頭の中では父母と戦っていて、その戦が劣勢の夢を見ていた。
そこで、弟の慧維と親友の新に助けを求めていた。
なんと、夢の中の慧依は両親側に付き、新は愛梨側に付きいていた。
慧維は自分の味方だと、絶対の自信があった愛梨は胸が苦しく、じわじわと視界が滲んできた。
弟慧維の裏切りにより絶望に陥り、この戦いが一体なんなのかも分からなくなった時、ふと体の息苦しさが無くなり、ふわっふわっとした暖かいものにくるまれる様な感覚に、ホッとした。
なんだかすごく暖かくて、気持ち良い。
ふわふわの雲の上にいるように、自分の体が軽く浮いているような感覚。
さっきまでの絶望や息苦しさが一気に去っていった事に安心した瞬間。
心を安心させる様な匂いに鼻腔をくすぐられ、何だか懐かしい感じを覚え、それを抱きしめた。
抱きしめると、もっとその感覚に近付きたくなりもっともっと抱きしめた。
ものすごく安心するような温もりに自然と笑みがこぼれた。
*****
愛梨を抱え、部屋に連れて行きベッドへ寝かせた大翔は、ベッドの端に腰掛け愛梨の頭をそっと撫でた。
さらさらの愛梨の髪は、大翔の指の間をするりと通りぬけて行く。
額にかかった前髪をそっと横に流し、そのまま頬へと手を滑らす。
「新は君のどういう存在?」
じっと愛梨の顔を見つめながら問うが、ぐっすりと寝ている愛梨にはその言葉は届かない。
くぅくぅと寝息を立てている愛梨を見つめた大翔。
「お義父さんとお義母さんに色々話を聞いたけど、新は部屋にまで入れるの?」
やはり寝入っている愛梨に声をかけても起きる様子もない。
ふぅ…とため息をついて、ベッドから立った。
くんっ
何かに引っ張られた。
振り返ってみると、愛梨の手には大翔の服が握られていた。
「うぅ~ん・・・新~・・・慧依のバカ・・・」
瞬間的に大翔は顔を引きつらせた。
愛梨が寝言を言った。その寝言に新の名前が出てきた事に、体が固まった。
「・・・愛梨。僕は君の夫になるんだけど?」
嫌味を言ってみても、愛梨は無反応。まぁ、それはそうだ。と自傷気味にふっと笑う。
服をきつく握られているので、どうしたものかと考えていたら、あ、そうだ。と良い事も思いつき、大翔はニヤリと口の角をあげた。
大翔は着ていたシャツを脱いだ。
そして、愛梨のきっちり着ているブラウスを脱がせ、皺になるからと思いふわっとしたスカートを脱がせる。
きゃしゃな肩があらわれ、体が細いにも関わらず魅力的な胸、ほっそりとした腰、スラッとした白い足が伸び、肌は白いが、お酒のせいでほんのりピンク色の肌をしている。
そして、苦しさが取れたからか、愛梨はふぅと声を上げた。
そんな愛梨を見て、大翔はドキリとしたが、大翔も横になり、愛梨を抱きしめた。
すると突然、愛梨がぎゅうっと抱きついてきた。
そして大翔の胸にぐりぐりと頭をこすりつけて、ふにゃりと笑う。
「!!」
愛梨が起きたのかと思った大翔だが、それ以上動かない愛梨を見て、『おやすみ、愛梨』とつぶやき、自分も目を閉じて眠りについた。