15 父よ・・・
30階建てのビルの最上階、怒りにまかせて歩いているのに足音も消してくれる程の、フカフカで上質な絨毯が引いてある廊下を進む。
たどり着いた先には、重厚なドア。
THE社長室。
バンッ!!!
「お父さんッ!これはどういう事よッ!!」
ノックもせずに勢いよくドアを開け、部屋の中央でゆっくりと椅子に座っていた父に叫んだ。
目を通していた書類から顔を上げ、イライラMAXの愛梨を見て、のんきな父はサラリと言った。
「愛梨、愛されてるね~。お父さんは嬉しいぞ~」
それはそれはものすごくニヤけた、ものすごく嬉しそうな顔をしていた。
・・・愛娘が公共の電波で婚約者から“可愛い”と言われたからでしょう。
だけど―――
――――絶句ッ!
絶句よッ!嬉しいぞ~~~っとかのんきに言わないでよッ!
あまりにも父の予想外な言葉に、呆れてテンションもダウンした。
「あのね~、お父さん。今思わず絶句したわよ。のんきに言わないでよ。
というか、碓氷大翔。あの碓氷だったのね!
それに、あの人どうかしてるわ!あんな誰もが見てるTVであんなこと言わなくてもいいじゃないッ!私、結婚の承諾なんてしてないし!!!」
反論されないよう間髪入れず一気に怒りながら言うと、父がスッと顔を逸らした。
ん?
私はなんかおかしいと思った瞬間、あることが頭に浮かんだ。
「ま・・・まさか、お父さん・・・。今日の番組で碓氷さんがアレ言うの知ってた・・・?」
外れることを期待して、ふと頭に浮かんだことを聞いた。
しかし、父は満面の笑みを湛えた。
笑みは笑みでも、ニヤリと言うか“してやったり”というようなイヤーな笑顔。
マジかーーーーー!このバカ親父ーーーーー!
どうして昔からこういう変なことだけは秘密主義なのよーーーー!
足の力が抜け、ふらっとよろめき、接客用のソファになだれ込むように座った。
そして額に手を当て、盛大なため息をついた。
チラッと慧維を見てみると、シレッとしてる・・・と言う事は、こいつも知っていたんだわッ!!
なんてこったぁ~なんて思いながら、うぅぅーっと唸った。
そんな愛梨を見ているのにもかかわらず、この父親と言ったら・・・
「いいじゃないか。大翔くんはイケメンなんだから、みんなにうらやましがられるぞ」
はっはっはっと笑いながら言った。
こんなのんきな人が社長してるなんて信じられないでしょうね。
我が父ながらアホだわ・・・。娘をなんだって思っているのかしら。
私は天井を仰ぎ見て、再び大きなため息をついて言った。
「お父さん・・・逆に変な反感買って、羨ましいと思われる以前に嫌がらせされるわよ」
ソファーに座っている愛梨の横に慧維が座った。
「あの人と姉さんは会社が一緒ってわけじゃないし、ここでは嫌がらせはないと思うよ。あの人も表に名前や顔を今まで公表してなかったし、知ってる人もほぼ皆無だよ。だけど仕事はしっかりやってたみたいだから偽名でも使っていたのかもね。
だから、どっちかって言ったら、興味津々でいろいろ質問攻めに合うんじゃない?」
これまたシレッとにっこり笑いながら言う慧維。
質問攻め・・・。いやぁ・・・、聞かれても何も知らないから答えられないし。
私は、肩をグッタリと落とし、ソファーの慧維が座っていない側へコテッと倒れ目を瞑った。
その間、父と慧維は大翔の話をしていた。
「大翔くんは本当に啓人と似ているよ」
「啓人とは?」
「啓人は大翔くんの父親だよ。しかし、大翔くんのあんな顔見たことなかったぞ」
「全国放送だと言う事を忘れていたわけではないでしょうに。あの顔は反則ですよ」
「ASAGIRIにとって少し嫌な噂が立つかもしれませんが、それは大丈夫でしょう」
!!!
私はガバッと起きて、父親の座っている執務机の方へ体を向けた。
「お父さん、あの碓氷の息子が相手だって分かったけど、この結婚話は無しにしましょう。結婚でASAGIRIが碓氷と提携して会社が大きくなるメリットはあるけど、向こうのメリットは何もないし、碓氷側はトップだし、それに次ぐ企業のお嬢さんと結婚した方がメリットあるじゃない。ASAGIRIが業務拡大に娘の政略結婚をしたとか変な噂が立ったらダメだわッ!!」
私のせいでASAGIRIに迷惑をかけてはいけないわッ!
ここまで大きくなった会社を私で少しでも不安要素を作ってはいけない。
ASAGIRIは私のひいおじいちゃんの代で作られ、おじいちゃん、おとうさんがここまで大きくしたんだから。
そして、これからは慧維が引き継いでいく会社。
そこで私は邪魔をしたくない。
素敵な笑顔とか少年の様な表情が混じる自然な笑顔を見せてくれる大翔。
ちょっとはドキッとしてしまったけど・・・。
お友だちだと宣言はしてみたけど・・・、深入りする前につながりを断っておいた方がいいわ。
そう思って言ったのに。
「愛梨、この結婚話は、会社は関係ないんだよ」
「え?」
予想外な父親の言葉に、ポカンとしてしまった。
お父さんはそのままくすくす笑っているし、慧維はケッていう顔をしてる・・・。
え?会社の拡大の政略結婚じゃないの?
どういうこと?
うん、解説しましょう!
政略結婚とは、結婚当事者の家長または親権者が、自己や家の利益のために、当人どうしの意向を無視してさせる結婚。のこと。
ですよね?
政略結婚・・・ってそういうことじゃなかったっけ?
どういうこと~??
だって、私の意見とか無視じゃない。これを政略結婚と言わず何?
笑えてくるし。
ん?・・・会社は関係ないって言ってた。だから?
慧維が愛梨を見ると、愛梨は眉間にしわを寄せ、顎に手を置きグルグルと考えていた。
その表情は、本当によく分からないと書いてあった。
父さんを見てみると、グルグルと悩んでる姉さんを見て微笑んでいるだけだ。
父さんは姉さんが本当に可愛いんだろうな。俺にはあんな顔は見せない。
まぁ、男の俺にあんな顔を向けられてもウザいけど。
しかし、今現在、大翔は姉さんの事は好きなんだろうか?
本気で好きで結婚するのか、義務感で結婚するのか、面倒で適当に結婚するのか。
ここは俺が見極めないと。
といっても、父さんだってその辺は俺より厳しいと思うんだけどな。
ちょっと様子を見ておくか。
何かあれば姉さんは俺が守らないと。
さて、そろそろ時間も来たし、仕事だ、仕事。
「姉さん、お昼休み終わってるよ」
慧維にそう言われて時計を見るとお昼休みも終わって、午後の業務開始時間が過ぎていた。
「やばッ!仕事戻らなくちゃッ!シスコン慧維ッ!ASAGIRIのために婚約破棄に持って行ってよ!」
あれだけ自分で何とかしなくちゃッって思っていたのに、結局慧維にお願いするばかりだわ・・・
けどけど、ASAGIRIの為だし、破棄は絶対よッ!!
それなのに、慧維は――――
「イヤだね。俺は基本賛成だし。破棄したけりゃ自分でやってみな」
なっ!!慧維のくせに―――――ッ!!!
王子様みたいな顔をしてるくせに、何その言い方ッ!!
「慧維のバカーッ!!」
慧維に向かってとりあえずそれだけ叫び、後は帰ってからよ!!と言って勢いよく社長室のドアを閉めた。
重厚なドアは、愛梨が勢いよく閉めても大きな音を立てるわけでもなかった。
愛梨はとにかく休憩時間が終わっているので、第1営業部へ急いだ。
社長室に残った父と慧維。
慧維は疑問に思ったことを聞いてみた。
「父さん。なぜ姉さんにいろいろ教えてあげないんです?」
父さんはふっと笑い、答えた。
「愛梨に幸せになってほしいんだよ。愛梨にも大翔くん自身を知って結婚してほしいと思ってな。我々だけが結婚してほしくて、愛梨が大翔くんを知った上で本当に結婚したくないのであれば、悲しいけど破棄も考えないわけではないよ。」
いやはや、書きだめも底を尽きかけ・・・
執筆活動以外に忙しく、何も手に着かないという・・・
更新が遅れがちになりますが、よろしくお願いいたします。