12 河内さんの心の内
俺は、外回りから昼休み前に帰社した。
いつも第1営業部の部屋に入ると、テキパキと仕事をする愛梨を一番に確認する。
今日は月曜日なので秘書室に居るはずだった愛梨はすでに自分のデスクで仕事を始めていた。
ん?なんかいつものオーラより黒い?と思いつつ、いつものように一番に愛梨のところへ行った。
「愛梨ちゃん。ただいま~」
「あ、河内さん、おかえりなさい」
にっこり笑った顔を向けてくれるが、なんだか元気がない。気のせいか?
他人が見るとそう変化はないと思うだろうが、いつも見ている俺には分かる。
俺がかまうことで、女性の先輩たちに睨まれていたみたいだが、それを自分で撥ね退けてる。
可愛い顔して、精神的にめちゃくちゃ強いんだろうか。
そして“ちゃん付けをやめてほしい”と言っている愛梨だけど、諦めているのか特に嫌がることも少なくなった。
うん。いろいろひっくるめても、俺は愛梨ちゃんに構うことは止めない。
いつもは平気そうにしている愛梨だが、今日はいつもよりも怖い顔をしている。
何かを考えているのか、俺が目の前にいることを忘れているようだ。
だから話しやすいように、だけど確実な答えがもらえる様にストレートで聞いてみた。
「なんか、怖~い顔してるけど、嫌がらせ?大丈夫?」
俺は愛梨の目の前で手をヒラヒラさせた。
ハッと気づいたように顔を上げた愛梨は、にっこり笑って「問題なしですよ」という返事。
まぁ、大体の予想は、馬鹿グループの嫌がらせだろう。
今度はちょっと話題を変えてみるか。
愛梨には笑っていてほしいと思うし。
いかにも今思い出したという感じで、とポンと手を叩きながら訊ねた。
「そういえば、愛梨ちゃん。お願いしてた資料出来てる?」
すると愛梨の表情がぱぁっとなり、ルンルン気分を振りまいた。
こういう時すごくいい笑顔をする。可愛くてずっと見ていたい気持ちにさせる。
「頼まれていた資料、ちゃんと出来上がっていますよッ!チェックお願いしますねッ!」
得意気に書類を出してきた愛梨を見て、くすくすと笑いながら愛梨の頭をポンポンした。
「ありがとう。愛梨ちゃんが作ってくれる資料は正確だからすごく助かるよ。」
褒めてやるとすごく喜ぶ。この時の愛梨はものすごく可愛い。
聞く話によると、ほかの社員も愛梨の笑顔にはやられているそうだ。
だけど、嫌がらせ以外にも何かもっと重大なことがあったようだ。
「で?何かあった?怖い顔してるのはほんとだよ?」
椅子に座っている愛梨に心配そうな顔を近づけた。
くすくす。ぐるぐるぐるぐる何かを考えているぞ。
考えていることを声に出してなくても、顔の表情などで何を考えてるのかダダ漏れだ。
そういうところ、可愛くっていじりたくなる。まぁ、今回のお悩みは金曜日の事。
金曜日は相当怒っていたもんな。あの百面相は面白かった。
いろいろ考えてやっと出した愛梨の答えが、これ。
「何もないですよッ!怖い顔なんてしてませんしッ。河内さんの資料作るのに疲れただけです。河内さんに頼まれる資料作るのって、かなり難しいし大変なんですよっ」
ぶはっ!!なんてわかりやすいごまかし方!!
内心大笑いした。そして俺はにっこりしてカミングアウト。
「ふ~ん。でも、この資料、先週末には仕上がっていたよね?俺知ってるよ?」
「げッ!なぜッ!?」
愛梨は眉間に皺を寄せ、思いっきりイヤ~な顔をした。
なんでそんなことを知っているのかって顔してる。ホント思っていることが顔に出るなぁ~。
そして、ここで追い打ちをかけるっと。
俺はニヤッと笑った。
「今日の朝のエントランスでの出来事、面白いことが起きたね」
「ッ!!」
愛梨はキッと目を吊り上げ叫んだ。
「私がイライラしてる理由、・・・知ってるんじゃないですかッ!!」
ムキー!っとなってる愛梨を見てますます俺は笑った。
「朝からあんな所でド派手なことして、この俺が知らないと思う?そうじゃなくてもこの話は本社中広まってるから、直接見てなくても分かるよ。ただし、尾ひれはひれ付きで」
くつくつ笑いながら、愛梨をからかった。
愛梨は予想通りに「私だって好きで目立った訳じゃありませんッ!」とキーキー怒りまくった。
やっぱり愛梨をからかうのは面白い。
ふと机の上の大量なお菓子たちに目がいき、その山を指さして言った。
「それにしても愛梨ちゃん。この貢物の山はどうしたの?」
「あ、これですか?私、月曜日の午前中は秘書室勤務じゃないですか。で、朝のことを馬鹿グループにいろいろ言われたわけですよ~。で、それを見たのか、予想していたのかわかりませんが、差し入れをたくさんもらったのですッ!!新発売のデザートもあったりでラッキーです♡」
テンションが上がったのか嬉しそうに言っていた。
その中にある紙を見つけた。
俺は手を伸ばし、たくさんのお菓子にいくつか貼ってあるメモや付箋を手に取った。
【いつも可愛い笑顔が素敵です。一緒にご飯でも行きましょう】
【馬鹿に負けず頑張れ!何かあれば頼ってきてね】
【好きです。いつもいろいろお話をしたいと思っています】
・・・これは愛梨は見てない・・・よな?
愛梨が見てない内に破棄しておかなければ。愛梨に変な虫が付かない様に目を光らせとかないとな。
たくさんのお菓子やデザートに夢中で、幸せそうに笑っている愛梨を横目で見た。
う~ん、こいつには餌付けが一番かもな・・・。
「愛梨ちゃん、こんなに貢物貰ってモテモテだね~。こんなにたくさんもらっちゃってさ~。」
「河内さんと比べないでくださいよ。今現在の河内さんしか知らないですけど、超が付くほどモテてますよ~」
おーおー、怒ってるよ。まぁ、俺のファンとかいうやつに嫌がらせされたらだろうけど。
愛梨ならうまくかわせるだろうと思っていたし、俺の話はどうでもいいから知らん顔するけどな。
「学生の時とか今まででもさ、お菓子貰ったり、告白されたり、たくさんあったんじゃないの?愛梨ちゃんすっごく可愛いじゃん。」
「何いってるんですか。私可愛くないですよ。それにぜんっぜんモテないですよ。告白されたことなんてないですもん。」
愛梨はぷぅっと頬を膨らませ、拗ねた。
うん、可愛い。
年齢が2個しか違わないけど、頬を膨らませたりする姿はとても幼く見える。
でも、アホな子に見えるわけでもなく、ものすごく可愛くて、思わず抱きしめたくなるような可愛さだ。
しかし、告白されたことがないとか。
愛梨に限って有り得るか?そこは探る必要があるな。
瑠依ちゃんに聞いてみるかな?
これまた脳内で浮いたり沈んだりとパーティーをしている愛梨を見て、あははっと笑いながらまたからかった。
「愛梨ちゃんってさ、可愛い顔してるし、可愛い性格だし、ある意味魔性の女だと思っていたけど?」
「魔性の女!?ありえませんしッ!私そんなイメージですかッ!?」
愛梨にキィッと睨まれ、怒っている愛梨の頭をポンポンと叩き微笑んだ。
普段、仕事中は感情をあらわにせず、淡々としているが、こうしてからかったりして感情を出してくれるのはすごく嬉しい。
そして、俺が愛梨の横に居るために、下心のあるやつは愛梨には近づけない。
こんな表情を引き出せるのは俺だけだろう、と勝手に思っている。
バッと席を立って俺の後ろに立った。
なんだろう?と思っていたら、怒られた。
「もう河内さんなんて知りませんッ!さっさと席戻って仕事してくださいッ!」
背中を押され、席に戻るように促された。
愛梨はこの部内の生温かな視線に恥ずかしくなったのかな?
くすくすと笑いながら、午前中の残務整理をするために席に戻った。