表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次代女王  作者: クンスト
1章 黒い騎士と次代女王
4/30

1-3 誕生日まで、一ヶ月前の事

 親衛第二大隊の騎士たるクロトは、王都の騎士寮に住んでいる。

 しかし、クロトが寮の私室で過ごした日数は少ない。正式に騎士になって三年は経過しているが、寮で寝た日数を合計しても三ヶ月未満となる。

 クロトが騎士になってからは任務続きで、国内を転々としているのだ。例えば、一年ほど前までは辺境伯の下で魔獣を討伐していたし、小隊長に昇格した半年前からは部下の教育を兼ねて、山林で特殊騎馬の有効戦術を模索していた。

 そして一週間後には、クロトは後宮で護衛任務を行う事になっている。

 クロト小隊の護衛対象は、次代女王である。

 次代女王は年齢的にまだ成人前の少女であるが、王国にとっては一番の要人である。多くの国民にとって女王とは絶対的な象徴であり、無抵抗に崇拝すべき母であり、誰よりもいつくしむべき愛娘だ。元が貧乏農民のクロトですら、次代女王に対しては一定の尊敬意識が存在する。

 そのため、クロトは珍しく私室に戻り、珍しく机に向かって教材とにらめっこしていた。勉強など教育機関を卒業すれば生涯行う事はないだろうと思っていたが、人生とはままならない。

 教材は宮廷における礼儀作法全般。次代女王の護衛中、無礼を働かぬように最低限の作法を予習しているのである。あまり勉強ははかどっていない。


「クロトはいるっ! 入るわよ」


 眉間にシワを寄せていたクロトの反応は遅れた。

 ……というよりも、私室のドアをノックした女が短気だった。クロトの許可を待たず、室内に押し入ってくる。女の行動は自室に帰ってくるかのような気軽さであり、クロトも女をとがめない。

 ほとんど使っていない私室の埃を一掃してくれている犯人を、クロトは黙認していたのだ。

「久しぶりだな、エリザ」

「クロトの小隊が次代女王の護衛任務に付くって話、本当なの!?」

 赤毛の女、エリザはクロトと同じ騎士であって、同じではない。

 クロトとエリザは同期の騎士ではあるが、近年は階級を大きく突き放されてしまっている。

 三年働いて二十人の部下を任されるようになったクロトは、己を凡人ぼんじんではないと思っている。農民出身者でありながら騎士階級を得ている人間が平凡など、世の中ハードモードが過ぎるというものだ。

 ただ、クロトが小隊長であるのに対して、エリザは中隊長だ。クロトの四倍の人員を動かせる権限を持っている。また、エリザは両親揃って騎士であり、生まれながらの騎士サラブレットでもある。

 エリザの出世をお家の力と邪推する者は少なくない。

 しかし、クロトのように、エリザの実力を認めている者も少なくない。従士の頃、彼と彼女は太陽が沈んだ後も一緒に剣を降り、太陽が昇る前から剣を降った。だから、クロトはエリザの実力を認められる。

「どうなのよッ!」

「胸倉を掴み上げながら訊ねられてもな、エリザ」

 ……クロトがエリザを認められる程に知っているという事は、視点を変えれば、エリザもクロトを認められる程に付き合いが長いという事になってしまう。

「ええぃっ! 吐け、吐いてしまえ!」

 クロトが気付いているかは、定かではない。

「ああ、先日大隊長より命令を受領した」

 女騎士、エリザは酷く興奮した顔付きを見せる。

 エリザはクロトが読んでいた教材をひったくると、その赤い瞳を更に赤く染めてクロトをにらんだ。

「本当なのね……。どうして受けちゃったのよ?!」

「小隊長が大隊長の命に背けると思うか? それに元を辿たどれば、この任命は次代女王のものだぞ。断るのは忍びない」

「だからキナ臭いっての。女王の拝命はいめいなら、王族主義者の第一大隊がしゃしゃり出るはずでしょう。なのにどうして、第二大隊の小隊長成り立ての若手騎士に話が回ってくるのっ!」

 エリザの言葉はもっともだ。同じ親衛隊といっても、在り方も成り立ちも大隊ごとに大きく異なる。

 クロトやエリザが所属しているのは第二親衛大隊。

 先代女王が亡くなってから衰退気味の親衛隊の中では珍しく、第二大隊は勢力を拡大している。身分にとらわれぬ人材育成と、ある特殊な戦法の開発を主軸に戦力を増強している野心的な騎士団だ。黒い甲冑が見分けるポイントである。

「次代女王が若い騎士を所望したらしい。第一大隊は新人育成に失敗しているからな」

 一方、第一親衛大隊は伝統を愛し固執し、武力を行使してでもしきたりを保護しようとする古参の騎士で構成されている。女王不在の今、最も力を失っている大隊であるが、それでも所属騎士は親衛隊の中では最も多い。千人規模の戦闘集団というのは、存在するだけで権力を有し、野蛮なのだ。

 なお、主義が背反する第二親衛大隊と第一大隊は、武力衝突を起こしたい程に仲が悪い。互いに利権をめぐって、水面下の死闘を繰り広げている。同じ国に属する同じ親衛隊だからこそ、敵対できる。

「若い騎士って要望が通った事自体が怪しいって言うのよ。王族の護衛は大隊長クラスの人間が行うべきなのに……」

 エリザはクロトの無能を嘆息たんそくした。肺の中の空気を出し切ると同時に、クロトを視線で串刺しにする。

 どうやらエリザの瞳には、のほほんと物事を受け入れている、危機感ゼロ男の姿が映っているようだ。

 実際、一人の男が女に噛み付かれているのに、日常の一風景を眺めているかのようにクロトの心はのんびりしている。異性の髪の匂いや綺麗な瞳に動じないのだから、クロトは騎士として完成している代わりに男として終わっている。

「万一、若い騎士って要望が通ったとして、更に第二大隊が第一大隊を差し置いて命令を受諾じゅだくできたとして、そもそもなんでアンタなのっ! 大隊長が本気でクロトに期待を寄せていると思う??」

 酷い言われようであるが、エリザの指摘は正しかった。

 第二親衛大隊が本腰を入れて次代女王の敬愛を勝ち取りたいのなら、クロトを推薦するはずがない。若く、血筋も好ましく、実績もある、三拍子揃ったエリザこそが選出されるべきなのだ。

 しかし現実には、若いだけのクロトが選ばれてしまった。

 クロトには大隊長の考えが想像できていた。農民の地位を捨てたクロトとはいえ、空を見上げて明日の天気を占うように、第二大隊の戦略を思案ぐらいできる。

 次代女王の護衛任務という大任と、実績のない若いだけのクロト。

 ようするにクロトは、将棋の歩、チェスにおいてはポーンの役があてがわれたのだ。

「……クロトは捨て駒にされたのよ。気付きなさい!」

「いや、この状況、気付かない方が可笑しいだろ」

 エリザに今更な事を指摘されて、クロトは鼻で笑った。

 クロトも部下の命を預かる側の人間だ。ただ状況に流されたまま、のほほんと生きていられる程にクロトの神経は図太くない。戦場において、立ち位置を誤った部隊は簡単に潰されてしまうものだ。

「なら、どうしてッ」

 では、捨て駒を命じられたはずのクロトが、どうして暢気のんきにしていられるのか。

 ちなみに、エリザがわざわざクロトの私室を訪れたのは、捨て駒を見捨てられなかったからである。心優しい戦友をクロトは感謝すべきであるが、戦友として感謝したならエリザの瞳の色は激昂げっこうを燃料に燃えるだろう。


「護衛騎士は女王に近づく好機だ。私にだって向上心や野心はある」


 食う物に困って兵士校に入った農民が、運良く騎士に成っただけ。クロトは己を語る時、そう言う。

 しかし、本当にそれだけの男が騎士に成れるはずがない。生まれ持った階級から成り上がるには、稀有けうな野心が必須。燃える瞳を持っているエリザとは大きく異なるが、クロトの内側にも燃えていた。

 クロトにとって、今回の任務は大きなチャンスであるのは確かだ。

 ただの平騎士でしかないはずのクロトが大きく段階を無視して、王国の騎士の最終目標、女王の護衛騎士に手が届こうとしている。次代女王の護衛騎士がそのまま継続して、女王の護衛騎士となる可能性は高い。

 女王の騎士に昇格できる権利を放棄する小心者が、戦を生業なりわいとして生きていけるはずがない。

「悪いな、エリザ。出世してしまって」

「アンタねえ……、ハイリスクハイリターンにも限度がない?」

 そうだな、とクロトはエリザに相槌あいずちする。

「まあ、立ち回り次第でどうにでもなるだろう。少々自信過剰だが、私の騎士としての才能に問題はない。となると一番の懸念けねんは――」

 次代女王が女王に相応しい人物であるか否か。

 クロトはそれを最も危惧していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >三年働いて二十人の部下を任されるようになったクロトは、己を凡人ではない。 凡人ではないと思っている。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ