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次代女王  作者: クンスト
1章 黒い騎士と次代女王
3/30

1-2 次代女王誕生秘話

「何故姿を隠しているのか、ですって?」

 私はあきれた口調と顔で、玉座から新参者を見下していた。

 無論、カーテン越しで。

「さっそく面白い話を見繕ってきたかのかと思えば、私的な疑問とはねぇ」

 本日着任したばかりの若い騎士、えーと、名前はクロトだったか。

 そのクロトは好奇心を心の内に抑え切れなかったばかりか、なんと次代の女王である私に直接、たずねにきたのである。

 大胆と言えば聞こえは良いが、その行動は実に短絡的。

 はっきり言って、アナタ期待ハズレだわ。

「――呆れた。着任わずか一時間で、こらえ性のない男」

 私の落胆した声が石壁の倉庫……もとい、王位継承までの仮の玉座に響く。

 まったくぅ。

 資料上は有望な若騎士だったので色々手段を駆使したというのに、実にまらない。この新しい騎士も所詮は人間。前任者と同じって訳ね。

「騎士クロト。ただの引きもりの小娘に見えて、実は私、個人の興味に付き合うほど暇じゃないのだけど?」

「いえ、自分は任務を支障なく遂行するため、必要な情報を要求しています」

「あら、私が隠れていると何か不都合があるのかしら」

「護衛騎士は次代女王の美貌びぼうを存じません。ですから、庭で次代女王とすれ違ったとしても、自分も部下も気付けないでしょう」

 へぇー、とつぶやき、私は足を組み直す。

 この若騎士は前任者と同じで言葉は回りくどいが、王族に対するおべっかが薄い。顔の表皮だけでへつらう人間ばかりを見てきた私にとって、彼は新種の人間だ。私の興味が復活のきざしを見せ始めた。

 さてさて、そこのクロト君。

 どういう言い訳で私を楽しませてくれるのか。私は次代の女王なのだから、不用意な発言は身をほろぼすわよ。

「身元不明の可憐な少女を見逃すぐらい、騎士って職業はお気楽なんだ」

「いえ。そういう迷子には菓子を与えるか、託児所に連れ添うよう部下を指導しております」

「うぅっ……。騎士の癖に、主君の私にそういう事を言っちゃう訳。首をねられたい?」

「まさか、私は次代を狙う悪漢の首を刎ねるのが仕事です。自分の首が刎ねられるのは職務規定外となっております」

 私は若騎士の軽口に頬をふくらましながらも、一方で彼の度胸に好感を覚えていた。

 どうやら私は勘違いをしていたらしい。この男は私を挑発し、私の気を引こうとしているのだと思っていたが、それは酷い誤解だった。本当に私の関心をきたいのなら会話の題目はもう少し凝った物を選ぶべきである。

 ならば何故、口下手な彼が私を挑発するのか。

 答えはそう難しくない。誰が誰に興味を抱いているのか、私は対象と相手をあべこべに考えていただけだ。

「次代女王、私は貴女に嫌われましたか?」

 黙考していた私に、クロトは緊張した声で話し掛ける。


「……ふふふっ、とんでもない! 私の騎士になりたいなら、生後間もない子犬ほどに無邪気で無鉄砲じゃないと」


 ここ最近気に入らない事ばかりで忘れていたが、私は嬉しいと、ふふふっ、と笑うのだ。

「では、クロトの杞憂きゆうを解消してあげるために一つ命じておくわ。部隊全員に、明日から常にベッコウあめを携帯しておくよう指示しておきなさい。ちなみに、飴は手作り、と厳命しておくわね。既製品は飽きているの」

 紫色のカーテンの向こう側で、クロトは一呼吸間をおいてから承服する。やぶ蛇だったと反省したのだろう。

 そんな可愛い反応を見せてくれた彼には褒美を与えねばなるまい。

「最初の質問だけど、クロトが意外にユーモアにあふれた人間だったから、模範解答だけなら教えてあげる」

「模範解答だけですか」

つかえて半日の騎士の癖に、欲張りね」

 ペットに餌を与え過ぎる飼い主は愚かだ。忠犬になるかも知れない子犬を、肥満で殺しては勿体もったいない。

 クロトに対して、面白くない割に長めの話を語る。

「公爵会の一人ウェールズ卿、まぁ、私のおじ様なんだけど。彼が酷い過保護者で、他者との接触を制限しているのよ。接触を許された者でさえ、私と直接対面する事は多くの場合許されない」

 おじ様は私の後見人だ、血の繋がった伯父でもある。

 懐かしい。初めて出会った時のおじ様は、今以上にせていて、今以上に私を強く保護しようとしていたっけ。

 ……施錠された鉄扉越しに。

 空調の悪い地下の暗室に、ぬいぐるみ一匹と一緒にかくまわれていたなぁ。

「主な建前は、王族唯一の生き残りである、とても可哀想で可愛い少女の安全を護るため。で、主な本音は、公爵会が円滑な摂政政治を続けていくため。クロトも親衛隊の騎士なら私の立場を察せるでしょ」

 王族が私しか生き残っていない理由を簡潔に述べると、十年程前に王国を揺るがす大きな内乱が発生し、その戦いに巻き込まれて皆死んでしまったのだ。

 更に簡潔に述べるなら、嫉妬しっとに狂った男が愛した女とその血筋を根絶やしにした、という笑い話である。

 先代の女王にとって貴族の男は、王国の伝統に従って子種を宿させただけの道具に過ぎなかった。夢見る女王にとって貴族は凡庸ぼんよう過ぎたのだろう。女を君主とする王国にとっても、男の貴族の利用価値は血統以外になかったはず。

 だが、どんな階級層にも、分不相応な勘違いをする者は現れるものらしい。

 本夫という地位だけに満足しておけば良かったものを、その男は女王の個人的な愛をも欲してしまった。

「どうして私が皇女とか姫とか、そういった尊称で呼ばれていないのか。わざわざ次代女王と呼ばれているか。知らない訳じゃないわよねぇ」

 私のその男に対する評価は意外にも高い。愛憎に溺れていた割に、男のくわだては見事だったと賞賛している程である。

 何せ彼は、事を起こしたその日の内に全ての目的を達成してしまったのだ。貴族にしては珍しく、血筋に恥じぬ天賦の実行力もあったに違いない。反乱軍を陣頭で指揮していたとも言われている。

 反乱初日、男を愛さなかった女王は玉座に座したまま首から上を失って崩御。

 また、男と同じ立場だった貴族達は首だけ残して虐殺。

 当然のように成人前の皇女、皇子にも容赦なかったようで――男の狂気を証明するが如く、自身の愛娘さえも例外視されず――現在も亡骸の大部分が捜索中、という人物さえ多く存在する。


「ただし、嫉妬男も一人だけ見逃していた子供がいた。それが、私」


 己の母が殺され、自分の人生さえ狂わされた災難話だというのに、私は他人事のように語っている。特に泣ける場面もなかったので欠伸あくびをかきたいぐらいだ。

 この反応から、私が人外の冷徹で無感情な魔人と勘違いする人間が多い。

 否定はしない。けれども、私は他人が言うほど己の情緒じょうちょいびつに育っていると思わない。

 何せ私にとってのお母様とは、ただの愚かしい女王でしかない。反乱を見過ごし、真っ先に殺された暗君だ。

 そして私は私で、親なしでも今日までたくましく生存している。その生き様、牢獄で発芽した毒草の如くなり。

 ……愚女を憎んでいられるほど、暇な人生を送っていないし。

「父がやんごとなき家系とは正反対に位置するヒトだったから、流産と偽って私の誕生は抹消されていた。その裏工作のお陰で私は生きているけど、出生がそんなだから私は次代女王の資格はあっても皇女じゃないの」

 ちなみに、父は男が反乱を起こす数年前に野たれ死んでいる。死後もお母様に愛された彼はある意味、王国に内乱を生んだ張本人なのかもしれない。

「以上が姿を隠す理由とその背後関係。何か質問はあって?」

「次代……。秘匿情報をサラリと流されても。次代女王の父は王国最大の謎となっていますよ」

 あら、そうだっけ。意図的に忘れていたわ。

「クロトが憶測で悩めるようにと意図的に教えてあげたのに。私の心遣いが気に入らない?」

「次代の話は結局、ウェールズ公爵の命令によって姿を隠している、という言い訳を詳しく説明したものでしたから。公爵の意向を次代女王が律儀りちぎに遵守している理由が、不明確です」

「クロトは本当に私の事が知りたいのねぇ。でも残念。私はまだ貴方を信用していないの」

 私ともっと話をしたければ役立ってみせる事ね、と言葉を追加する。護衛騎士という肩書きがあるだけの男を、私は味方だとは思わない。

 話は終わり、クロトに倉……玉座からの退出を促したが、彼は最後まで食い下がった。

「どうすれば、次代女王は私を信用できますか?」

「私がクロトを所望したのは護衛騎士を必要としたからよ。それ以上は自分で考えなさい」

 カーテン越しで分かり辛いが、クロトの顔は納得しているように見えた。護衛騎士として働けるのは本望だ、とでも思っているのだろう。

 そんな彼の反応が初々しくて心地よかったからだろうか。

 それとも、久しぶりに長い会話を楽しんだ余韻よいんに浸っていたからだろうか。

 つい、私はクロトに私を信用させるヒントを与えてしまう。


「…………中庭と、空に注意しておきなさい」


 脈絡のなさそうな命令を行ったにも関わらず、クロトは、御意、と明瞭な声で答えた。


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