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次代女王  作者: クンスト
3章 隠れ里の次代女王
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3-12 黒幕は吹き出し笑う

 若公爵、ブラウンズはやわらかな玉座の感触を素手で確かめた後、鼻で笑う。

 王国の君主政治は終わった。

 血筋によらない有権者が政治を行う時代が到来したのだと、ブラウンズは確信した。苦労して占拠した王宮の玉座であるが、状況が落ち着き次第、首なし女が座っていた呪わしい椅子など廃棄してやろうと心にちかう。

 不敬な事この上ないが、ブラウンズが女王を見限ったのが先ではない。八大公爵と先代女王がブラウンズをどん底まで失望させたため、動かざるを得なかったのだ。

 ブラウンズが最初に失望したのは、亡き父の跡を継いで初めて公爵会に出席した時である。当初、ブラウンズは若者らしい意欲を持って会議に参加し、王国のために尽力しようと息巻いていた。

 しかし、ブラウンズの気概は古顔共の醜悪さに汚される。

 利権を貪り私腹をやす。公爵会とは豚とうじが湧いているだけの汚濁の場だったのである。当然、ブラウンズは他の公爵をいさめたが、数度の出席で是正の言葉はついえてしまう。

 ブラウンズはその当時、公爵共の所為で先代女王は死んだのだと勘違いしていた。次代女王を後宮に幽閉し、傀儡かいらい政治に愉悦ゆえつする公爵会を見れば、先代もそのようにして殺されたのだと錯覚しても可笑しくはない。

 とらわれの王女を救い出す騎士みたいな、夢物語に夢する男子の気持ちでいたからだろう。

 次代女王との面会が許された日、ブラウンズは更なる失望を味わう。



「失礼しちゃうわねぇ。人間じゃないものを目撃しちゃったかのような大口を開けちゃって」

 幼いながらも高貴な声質。

 身にまといし豊潤ほうまんな王威。

「私は人間じゃないのに。ホント、失礼」

 人間を見下した紫色の眼。

 毒々しい艶髪から生える角。

 王国の象徴となるべき少女には、王女としての素質と、素質以外の不純物が多分に含まれていた。



 王国の上層は腐っていた。腐敗は先代女王の時代から始まっており、公爵会はそれを知りつつ国民に対し隠蔽いんぺいを続けたのである。

 真実を知ったブラウンズは、王国救済のために旧勢力の追放を決断する。

 具体的にはけがれてしまった王族の尊厳を守るために次代女王の暗殺をくわだてたり、ブラウンズと同じ胸痛に苦しんでいた第一親衛大隊に手を差し伸べたり。できる事は何でも行った。

 こうした暗躍は他の公爵に気取られぬよう秘密裏に行われたが、ブラウンズの保身を嫌う性格が物事を大胆に推移させ、最終的に王都制圧を成功させるにいたる。

 ここまできたなら、もうブラウンズにうれいはない。

 最大の敵であった公爵会は昨日の内に全員の身柄を拘束。今は王宮の地下牢に放り込んである。恐らく議会政治が断罪する最初の政治犯となるだろう。

 王国軍や地方軍は軍事的な脅威だが、半魔討伐に仕向けたため、王都はほぼ無血で占領する事が可能だった。公爵会という頭を押さえた以上、今更軍隊の出番はない。

 よって、未だにしつこく残っている懸念けねんは、次代女王である。

 しかし、哀れな娘は王国の害獣たる半魔共と区別されず、差し向けた王国軍に処分されるだろう。念には念を入れて次代女王の顔を知るグッセル高位騎士を向かわせてもいる。

 ブラウンズの腐心ふしんは今、心底報われていた。

 足元が瓦礫がれきと化し、奈落の底に落ちていくような不安を感じてしまう程に上出来で、ブラウンズはどれだけ深く深呼吸しても、常の落ち着きを取り戻せずにいたが。


 ……ふと、玉座の外が騒々しい事に気付く。

 抵抗勢力がまだ残っていたのかとあきれつつ、ブラウンズは狼狽ろうばい顔で現れた家臣から状況を聞き出す。


「たっ、たっ、大変でございます。王都外縁部隊が奇襲を受け壊滅、市街地でも戦闘が勃発しております」


 ある程度予想していた報告内容にブラウンズは驚かない。

 現在はただのげ豚とはいえ、過去に英傑公爵と称えられた男が王都を管理していたのだ。むしろ、制圧時の抵抗のなさには白けたぐらいである。

 ウェールズ公爵の最後の足掻あがきだろう。こうブラウンズは状況を早合点して、この時のために温存しておいた第一親衛大隊を放つよう家臣に命じる。


「それが……真っ先に襲われたのが第一親衛大隊でしたので。混戦は続いているようですが」


 ブラウンズの心中に、多少の違和感が浮かび上がる。

 第一親衛大隊も所詮は主に仕える犬。彼等の心変わりを予想し、ブラウンズは第一親衛大隊を自身から最も離れた場所、王都の末端へと配置していた。

 ならば、王宮を直に目指す敵が、第一親衛大隊と正面からかち合うはずがない。そもそも、強敵は避けて通るのが定石だというのに、最初に襲われたのが第一親衛大隊だという不可思議を納得できない。

 磁石に引き寄せられる砂鉄のごとく、第一親衛大隊に敵が殺到している。どさくさ紛れの因縁を感じずにいられなかった。


「報告ッ! 遠方に敵軍と思しき砂煙を確認いたしました。ブラウンズ様、陣頭にて直接指揮を!」


 ブラウンズの地方軍をたばねる参謀が、息切れで喉を詰まらせつつ玉座に滑り込む。


「大変でございますっ! 第一親衛大隊を急襲した敵部隊は第二親衛大隊の旗を掲げており――」

「王宮内にて戦闘勃発! 第十親衛大隊の強襲部隊が地下牢を占拠、捕えていた公爵を既に数名取り逃が――」

「市街地の敵は第三、七の親衛大隊です。増援をッ!」


 ブラウンズの指示をあおぐため、続々と家臣が玉座に雪崩れ込む。その誰もが半魔討伐に出向いているはずの親衛隊の名を口走っているのが殊更奇妙だ。

 瞬間、ブラウンズは思い至った醜悪な皮肉に、唾を飛ばす程に笑いを吹き出す。

 以前、公爵会にて、初手に親衛隊を持ち出すのを発案したのはブラウンズ本人だった。

 これではまるで、半魔ではなくブラウンズが――。


「――私が、討伐されるというのかッ!」


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