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次代女王  作者: クンスト
3章 隠れ里の次代女王
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3-8 思い出したのはシェフの味

「え、えげつねぇ女……。クロトはこんな悪女のどこに忠誠心をくすぐられるんだ??」

「あら、私はクーの弱い心を矯正きょうせいしてあげただけよ。盗聴男」

「盗聴男はよしてくれ。部屋に入るタイミングなんてなかったじゃねぇか」

 長老宅から一歩踏み出すと、玄関の傍に農民姿の大男が寄り掛かっていた。

 大男はクーの説得を開始した頃には長老宅に到着していたが、中に入ろうと血迷わなかった。女王に説き伏せられる友人の救済を祈りつつも、下手に手を出して被害がおよぶのを恐れて外で待機していたのだろう。私に標的されたクーを助けないなんて、薄情なハーフデモンである。

「それで、随分スリムになっているけど、貴方多分モルドよね。長老ならまだ家の中よ」

「俺の用事の相手はお前さんだったんだが……。いや、これからは俺もガーネット様と呼ぼう」

 大男モルドは片方の膝を地面につける。

「ガーネット様、里の外では戦闘が行われています。おもむかれるのなら、どうか俺を盾としてお使いください」

 更には騎士風の辞儀をぎこちなくも行う。

 この瞬間だけ私とモルドの顔はほぼ等しい高さになったが、直に私はモルドを見上げなければならなくなった。

 モルドが礼を止めたのではない。モルドの体中から毛が生え、殻が突き出し、瞬く間に大土竜へと変化していったからである。身の丈は二倍近くになり、寄り添っていた長老宅の壁がくぼんだ。

「人間とデモンの姿を併用できるなんて、モルドは器用ね」

「本来ハーフデモンに備わっている能力ですが、まぁ、最近はぐうたらに混ざったままの姿でいる奴も多いですな」

 ああ、マチカのようなヒトの事ね。

「自ら進んで下僕と化すなんて、面白くないわよ。モルド」

なじられて改心する自虐趣味はありませんので。それに、きたい事はすべてクーが訊いてくれましたし、ガーネット様も二度手間は嫌でしょう」

「物分りが良すぎ。クロトと義兄弟の儀でも交わした訳?」

「俺は今の里が気に入らないだけです。そりゃあ、クロトは良い人間なんで、助けに行く事を禁止されて腹は立っていましたが」

 モルドの意思を確認しながら、私達は里の正門に向かう。道なりに進んで、森を目指す。

 少し遅れてクーも無事に長老宅から現れて合流した。

 遅れたのは頑固な長老を物理的に説得するためだとか言っていたが、確かに、長老は家から現れない。里の封印を諦めてくれたのだろうか。

「急ぎましょう、ガーネット様! 長老様が本気出したらあの程度の鎖じゃ止められません。ほらほら、後ろから大黒柱を折ったような怒号が聞こえてきません!?」

 残念だ。長老は私が里を出る事を許してくれなかったらしい。


「お前達ーーーッ! 待たんかーーーッ! 里を出てはならんぞ!!」


「本当に急いだ方がよさそうね。モルド、私をかつぎなさい」

 土竜の骨格では肩より上に手が届かない。仕方なく、モルドは一畳半の広いてのひらに私を乗せてひた走る。

 道中、里の守備に付いているハーフデモンの脇を通り過ぎたが、彼等は外敵に備えているだけである。内部からの逃走者には無関心だったので素通りしていく。

「待てと言っておろう、クー。ええい、モルドもか! 誰か二人を止めるんじゃ」

 だが長老の遠吠えを耳にしてか、一体のハーフデモンが空から急速降下してきた。

「――一体何をしているッ! 特にモルド、私にどう言い訳してくれる!!」

 降下してきた白翼の半魔は私達の頭上を跳び越え、里の出口の手前に降り立つ。

 道を塞ぐように両翼を広げたので、疑心に震えるマチカの顔がよく見える。

「いや、これはだな、マチカ……」

「掌の上の小娘に感化されるとは、それでもモルドか!」

 マチカの登場でモルドの動きが異様ににぶくなり、その所為でマチカ以外のハーフデモンにも追い付かれてしまった。クロトなら相手が恋人だろうと押し通っただろうが、モルドは騎士じゃないので小言は言うまい。

「何故じゃ、何故こうも度々危険を冒す。すべては外界と関わろうとしたゆえの災いと何故気付かぬのじゃ、クー!」

 追い付いた集団の中から、長老と思しきハーフデモンがよろよろと歩み出る。

 長老と断定できない理由は彼の顔が狼狽ろうばいによって老けていたからではない。肌の色彩がモノクロに変化し、背面からは服を破いて枝か腕かも分からぬ肢体が生え出しているからである。精神の均衡が崩れ、人からデモンへと体が変貌してしまっていた。

「次代女王、お前は疫病神だ。お前さえ、お前さえ里にこなければ――」

「疫病神? くっ、ふふふ。ぷっくふふっ」

「――何を笑うのじゃ!」

 長老は私を指差して、己のいたらなさを棚上げして、精一杯になじる。老いておいて小娘に本気になるなど大人気ない。

 大人気ないが……長老はこれまでで最も面白い事を口走った。笑わずにはいられない。


「くふふ、ふはははァっ! だって私、人間にだけでなく、ハーフデモンにもののしられちゃったんですもの。人間から化物と呼ばれ、その化物からは疫病神と呼ばれ、私は一体何者なのかしらねぇ?」


 哄笑こうしょうにまで発展した私の声に、今にも掴みかからんと息巻いていたはずの長老はデモンの体をすくませる。長老以外の有象無象もすっかり勢いを失った。

 王国に恐れられたハーフデモン共の可哀想な仕草に、腹筋が引きつる。私は次の言葉を吐くため、笑う腹を両手で押し込しかない。

「あはははっ! あるいは、ハーフデモンも実は人間並みの生物でしかないって事かしら? ……もちろん私を除いて」

 もう私は笑っていなかった。

 代わりに、私の小顔にはハーフデモン共に向けた微笑が浮かんでいる。仮面の暗殺者の死を見送ってやった時と同じ、口元を酷く歪ませた微笑だ。

「さぁ、今すぐ私に付いてきたら少しは見直してあげるわよ? 誰か私の奴隷ペットとなる勇気のあるハーフデモンはいないの?」

 その場全員の顔を吟味ぎんみしてやるが、どいつもこいつも私の視線を恐れて眼をらす。化物とは思えない態度で、酷く情けない。

「……はぁ。私、ただの臆病者は無視できる器量の持ち主だけど、一度でもいきがった抜けは踏み付けて圧死させたくなる程に憎悪を抱けるの」

 腑抜けた怪物に存在意義はない。国のゴミだ。いっその事、王国軍を差し向けて一掃するべきか。

「でもクーに約束もしちゃったし、残念。良かったわねぇー、クーに感謝しながら布団に包まってなさい。里を封印したければ、ご勝手に」

 己も見下されているのではないかと不安がっているモルドに、さっさと辛気臭い里を出るよう催促する。

 道を塞いでいたマチカは、苦い表情で翼を畳み路肩に下がる。一応、彼女も誘ってみたが返事はなかった。

 里への興味をすべて失った私に後ろ髪引かれる里心は皆無だ。

 だが、体の半分が里から出た瞬間、静電気が指先から体内を駆け巡るように思い出す。

 ……蛇足だと強く思う。とはいえ、日ごろの努力は無駄にすべきではないと意志を固めて、言葉を捨てるためだけに振り返った。


「この、チキンッ!!」


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