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次代女王  作者: クンスト
3章 隠れ里の次代女王
24/30

3-7 ガーネット的ペット教育講座

ガーネット節が炸裂します

「いつまで、私を拘束しておくのかしら、長老?」

「御身を保護しておると理解してくれまいか。ワシには、どうして次代女王が我々をにらむのか皆目かいもく分かりませぬ。いや、最早、次代女王ですらない」

「可笑しいわね。私の誕生日にはまだ早いわよ」

「まだ王族でいるつもりかっ。人間は貴女ごと里を滅ぼすつもりだというのに。もう王家というくさびとらわれる義理はないのですぞ」

 長老の顔は私のしつこさに辟易へきえきし、数百年分は老けていた。そんなに私の世話が辛いのなら、さっさと解放すれば良いのに。

 日は昇り、里の空気は一層慌しくなっている。警戒のために里内を奔走する足音と羽根音がうるさく、長老宅を訪れる者も多い。

「里を封印するとか言っていた割に、忙しないわね」

「人間はずる賢い。封印にはデモン由来の魔術を発動させるが、発動までは一瞬も気は抜けん。既に複数の人間が森に潜入して里を目指しておる」

「……へぇ。で、そいつ等はどうしてまだ里に到着しないのかしら?」

 不自然に顔を反らした長老を、私は執拗しつように見上げ続ける。

 このまま長老を糾弾しても良かったのだが、タイミングの良い事に、獣の尻尾を生やした少年が長老宅を訪ねてきた。

 クーである。

 クーは私を横目に捉えた瞬間、苦味にえる顔をして目を離した。

「長老様、正門の守備配置は順調です。里の境界線は結界で侵入は難しいと思われますが、一応、警戒に何人か――」

「ちょっと、いいかしら? クー」

「観測では人間の主力は森の外の平原に展開しているようです。正門を発見されない限り大丈夫とは思いますが、封印が完成するまで大人しくしてくれるかどうか。時間的にもギリギリ間に合うかどうかで、皆不安な顔を――」

「意識的に私を無視している、クー?」

「…………ガーネット様。今は里の一大事ですので、報告の邪魔をしないでいただきたいと」

「そう! 里にとっても、クーにとっても今は重要な分岐点。だから、いきがらずに私の美声を傾聴しなさい」

 これまでの軟弱な態度を捨てて強気に出たクーに対し、私はそんな火事場の付け焼刃を捨てろと助言する。

 今後の展開はクーの決意次第なので、甘く優しく接してやるのもやぶさかではない。

「さて、クー。私を里の外に連れて行きなさい」

 思った通りの厄介やっかい事にクーは気を悪くした様子だ。

「この非常時に、いい加減に立場をわきまえてください! 僕は貴女の家来でもペットでもない、いつもは大人しい僕にだって里のハーフデモンとしての尊厳と意地があるんですから!」

「尊厳? 意地? 何かの冗談??」

「ほら、そうやって笑って! 僕と貴女は同じハーフデモンだけど、価値観や基準や主義がまったく合致しないんです。僕にはそれがもうえきれない、同種の姿をした別種にしか思えない」

「あら、当然の事にいら立ってどうするのよ。それともクーは、醜いアヒルの子は他の兄弟との相違になげいて自殺しろっていう主義でも持っているの?」

「貴女はいつだって不真面目だッ」

 常の言葉数の多さを棚に上げて、どの口が言う。

 私は平時も緊急時も変わらぬスタンスで他人を揶揄やゆしている。つまり、私の水準では特別不真面目を気取ってはいない。むしろ今に限って言えば、常よりも真剣にクーと接しているつもりだ。

 まぁ、こういう思考が嫌われる一因なのでしょうけど。

「王国軍を説得してあげようと動く事の、どこがふざけているのか教えて欲しいわね」

「一度動いたからには戦果を得るまで戦い続けるのが人間の慣習なんでしょう。今更軍隊が止まるはずありません。仮に軍が貴女の尊大な停戦命令を聞いたとして、人間がハーフデモンである貴女に従うものですか」

「私、忠実な人間を数人飼っているわ。クーいわく、私はハーフデモンとは別種らしいから、やってみたら案外簡単だったわよ」


「だからどうしたんですッ! 数人単位の成功例が数十万単位の成功に繋がるはずがないでしょう。現に貴女は僕達以前に一度、差出人不明の暗殺者に襲われている。それでも仮に、とても有り得ないですけど特殊な仮定でッ、貴女に王国軍を調伏できるだけの女王としての資質があったとして、僕が貴女を信じて従う理由なんてないじゃないですかッ!!」


 クーは本当に腹立たしかったのだろう。次代女王である私と近距離で向かい合っている。

 この立ち位置は、実にこそばゆい。内容は青臭くても、正しく罵倒してくれた者は人間とハーフデモン両方を含めても、クーが最初のヒトである。ある種の感動を覚えてあげても良いぐらいだ。

 私の正体を知った途端、狼狽ろうばいし、精一杯のかすれ声で呪いの言葉を朗読してくれた人間の数なら、両手の指で数えても余る。が、クーのように人格そのものを疑ってくれた者はいない。

 クロトは駄目だ。彼は私の性格を諦観し受け入れている。口では何も言ってくれない。

 勇気を持っての発言ならばなお良かったが、勢いでも発言できるのなら及第点を付けられるだろう。

 だから、私は目前のハーフデモンの少年の愚行に敬意を表し――。


「……だったら、狭小な里の中で一生人間に怯えて暮らしてなさい。このクズッ!!」


 ――権威も善意も意思もなくひたすら愚かしいだけの民草を愛する女王のように振舞おう。精一杯の愛でクーを説きせて、二度と口答えできなくなるよう服従させる事に決定した。

「私を信じられないのは、クズであるクーが私の威光が見えない程の視力の悪さを口外しているだけでしょうに。何、クズなだけでなくMでもあったの? 自虐趣味に私を使うとは良い度胸じゃない。次代女王様が存分にいじってあげる」

「い、言われる筋合いは――」

「Mであるクーは私に対し緊急時にフザけてると豪語していたけど、軍隊が一日や二日で編成できる訳がないじゃない! つまりはっ、里は私を誘拐した時点で既に窮地きゅうちおちいっていたのよ。それを何? 今更のように慌てちゃって、クーはMなだけでなく愚図ぐずでもあったの?」

「そっ、そんな言い方――」

「愚図であるクーは、私を里に招いた時点で人間の次の動きを予測し、しかるべき行動を取るべきだった。何もできなかったなんて言わせないわよ、里は私っていう最強の交渉カードを所持していたんだから。私を出汁に自治権獲得でも不干渉条約でも吹っ掛けていれば、少なくとも王国軍の出軍は抑制できたはず。でも、クーは愚図なだけでなくヘタレでもあったのよね! やっていたのは議題もまとまらない結論を先延ばしにする話し合いばかり!」

 ヒトは自分に非があったとしても、他者に間違いを指摘される事を嫌い、バネのように反発する。自尊心に傷が付く事を恐れて、自分が間違っていても相手を憎悪する。

 私に見下されて、オドオドした印象の強いクーでさえ拳を握り締めてしまっている。

 ……実に気に入らない態度だ。私の言葉に集中していないなんて、ペットとしての自覚が足りない。

「ヘタレであるクーは、ヒトの話を真面目に聴けないの?」

 クーの固く握られた手へとそっと片手を沿える。一瞬、不思議がった表情を見せたクーへと微笑んだ後、大きく振り被っていたもう片方の手で少年のほほを叩く。

「手を上げるとはッ、わきまえよガーネット! 所詮、お前は同種の義理で里にいられるのじゃ。偏見に満ちた外で育ったとはいえ、それ以上の暴言は里の長として目にも耳にも余る!」

「長老無勢がうっさいッ! 外野の癖して口を挟むか!」

 年寄は冷水でも飲んで腹を下していろ。私は今、ノミの額よりも狭いクーの自尊心を廃棄するのに忙しい。

「自分の非を私の所為にして逃げる真性のヘタレであるクーは、何も考えていなかった。里を救う方法さえ考えていなかった。私の暗殺に出向いたのだって状況に流されただけ。あら、まだ何か言いたげな顔ね? 暗殺は当時の最善だったと反論したいの? クーは真性のヘタレであったばかりか、自分を偽る卑怯者でもあったの」

 一歩後退したクーを追い壁際に誘導する。逃げる事は許さない。

「卑怯者であるクーがもし里の安全を思慮しりょしていたなら、暗殺成功後に王国が報復に出る可能性をもちろん考えていたわよね? 私はむしろそれを楽しみに里にやってきたのに、何よ、この長閑のどかさはッ。貴方達、私が死ねばそれで万事解決と勘違いしていたの?! 暢気のんきな馬鹿??」

 小さな顎を捕え強制的に私の眼を見させる。顔をらす事も許さない。

「暢気な愚か者であるクーは、状況に流される事で事態を悪化させている。悪化の行き着いた先が里の封印。ハッ、これだけ醜態さらしといて引き篭もり?? なら最初から閉じ篭ってなさいよ!」

 目尻に溜まる涙の粒を拭ってやる。涙を流す事すら許さない。

「引き篭もりであるクーが本当に里の封印を望んでいたなら、どうして暗殺に加担できたのっ! どうして里の外に出られたのっ?! もっと違う未来を望んでいたんじゃない訳?」

「――ご……ッ、ご」

「赤子のように泣いているクーは自分の本心さえ告白できぬ意気地なしッ!? はっきり言えッ!」


「――ッ、ごっ! ごめん、なさい! うぅっ、ご、ごめんなさい……。ひっく、ごめんなさい。僕が、僕の本心……うぅ……本心は、ひっく、里の封印じゃ、ないです。でも、戦争も嫌なん、ですぅっ」


 クズのMで、愚図で真性のヘタレで、卑怯者の愚か者の、引き篭もりの赤ん坊クーは、窒息しそうな洟垂はなたれ顔で私を見詰めた。一度始まったしゃくり上げはクー本人の意思では決して止まらず、不規則に肩を震わしている。

 嗜虐しぎゃく心をそそられ唾を飲む程に可哀想だが、私はまだ許さない。

 女王という職業は振る舞い一つ軽率にはできない。一度決定した事は徹底的に行わねばならず案外気苦労が多い。女王に向いてないかも、私。

「もっと具体的にしゃべったら、クー?」

「僕は里が好き、だけど……うぅっ…殺気立っている皆を見ているのは、大ッ嫌いで、ひっく。里にいると、息が詰まった。だから暗殺が嫌でも……ひっく、外に出たかった」

 クーの本心は私が想像していたよりも後ろ向きだった。

 近年、里の雰囲気は人間に対する疑心と恐怖でよどんでいた。クーは日増しする圧迫感に嫌気がさし、里の外を望むようになったらしい。模範的な逃避的自己防衛である。

「好きなのに、嫌いになっていく里を、うぅっ、もう見たくない。でも、でもっ、消えてしまうぐらいなら、封印、しなきゃって……ひっく」

「腐り掛けの好物に蓋をしたら、空気循環が絶えて一層腐敗が進むのに。愚かしい」

「うぅ……。でも、今となっては、もう……」

「いいえ、まだ間に合う。ただしクーが真に里を救いたいならだけど」

 クーの瞳は涙をにじませるのを一旦止めて、私に向けてすがる視線を放つ。

「時間に余裕がないのに長話が過ぎたわ。次の言葉で受付は終了よ」

 情けない男の瞳など、それを閉じて縫い付けるための糸が勿体もったいないぐらいの価値しかない。つまりは救ってやる価値がない。

 だが、悲しいかな。私は次代の女王だ。王国の民であるのならそれだけで、誰でも私に救われる権利を有していた。

「最後の言葉は何?」


「ガーネット、様ぁっ! 貴女様が女王になった暁にはっ、里を、里のハーフデモンに王国の領民としての権利と! もう人間を怖れ恨む事のない平凡な日々をお与えください!!」


 私はふふふっと、口元をゆがませながら約束した。


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