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次代女王  作者: クンスト
3章 隠れ里の次代女王
18/30

3-1 誕生日まで、一週間と二日

「到着に三日も掛かるなんて聞いていなかったわ。やっぱり外出って億劫おっくう。ねぇ、クロト」

「通常ならば馬で四日の距離です」

「馬にずっと乗っているとお尻が痛い」

「ほとんどは有翼女……マチカ嬢に抱えられていませんでしたか?」

 濃密な霧は日光を遮り、真昼であっても周囲は暗く冷たい。また、視界の悪さは原生の植生に阻まれた悪路と共謀し、旅人の感覚を惑わす。こけの地面をがしてしまえば、迷い人のむくろが層を成していても不気味ではない魔境。

 ただし、旅人が寄り付かぬ理由は、迷った挙句あげくの衰弱死を恐れているからではない。

 森の深部に住まう半魔の化け物を恐れて、人はこの地を避けるのだ。

「嬢なんて言葉を私に付けるな、人間!」

「ん、既婚か。土竜男……モルド殿とはそういう仲であったな。失礼した」

「どうしてそこでモルドの名前が出るっ?!」

 青い奇声が深い森で木霊こだます。声を発しているのは大翼を持った半魔の女だ。

 広げた両翼の全長は四メートル強。樹海で遭遇するモンスターとしては十二分に恐ろしいが、半魔の女、マチカは綺麗な容姿を持っているのでまだ親しみ易い分類だ。

「お前等人間がゾロゾロと二桁も付いて来なければ、オレの翼でもっと早く到着できた。そもそも里に人間を招くなどオレは反対だ」

「あらー? 私の騎士と勝負して、負けたら従うって約束してなかったかしら」

「あああああがぁ、何でモルドは負けを認めたんだッ」

 マチカ達が住む半魔の里の中では、動物や魔獣のキメラ、空想上にしか在り得ぬ異形、空想にも存在しない未知種。そんな得体の知れぬ多種多様の怪物が百体も住み着いている。

 そんな魔窟まくつへと、ガーネットは半魔の三人に案内させていた。

「まぁまぁ、マチカさん。僕達の里にお客を招待するなんて二十年振りなんですから。しかも相手は王国の次代女王なんていうビップ。いやー、里の皆もまさか暗殺対象に脅されながら戻って来るなんて想像もしていないでしょうから、最高のサプライズに成りますねー。あ、ガーネット様、ご心配なさらず。きっとご馳走は用意されてい――」

「この良く喋る子、クーとか言ったかしら」

「なんとおそれ多い。ガーネット様が僕の名前をご存知だったとは。感激のし過ぎで立ちくらみと偏頭痛が発症してしまいましたよ。って事で、少し歩いた場所に休憩に便利な小川がありまして、そちらで静養を兼ねた時間稼ぎというか執行猶予というか――」

「ここが里の入り口なんでしょう? いつまで来賓を戯言たわごとで待たせるつもり。それとも私って歓迎されていないのかしらねぇ」

「滅相もない事でッ!? ささ、こちらに」

 陰湿な自然ばかりが広がっていた森の奥地に、マイルストーン代わりの二本の棒が建っている。

 森で唯一の人工物は、赤色の中の青色と同じく目立つ。しかし風雨に晒されて程好くち、周囲と同化した棒を里への門と認識するのは難しい。

「次代女王ご一行様。ようこそ、ハーフデモンの隠れ里へ!」

 魔界へと通じる門とは、実際、それぐらいの不親切で建っているものだ。




 次代女王の誘拐が発覚して、無為に三日が過ぎた。

 女王不在の国を支える会こと、王国八地方の領主で構成された公爵会の面々は、思惑通りに運ばない人生にいきどうっていた。密室でも明るい室内に反して、公爵等が座する円卓は、八卦すべてが鬼門と化した魔方陣のごとく暗澹あんたんとしている。

「あの小娘はッ、残り九日を待てなかったのかッ」

 南西地方を治める髭老人が喚いている。

「後宮警備はウェールズ卿が一任していたはず。誘拐事件の前にも暗殺未遂がありましたな。この責任は大きいですぞ」

 北地方を治める長細い男が内心笑っている。

「今はガーネットの捜索が最優先であろうッ。何故まとまらんのだ!」 

 ガーネットの伯父、ウェールズ公爵がなげいている。

 残り五名の公爵の発言もバラバラ。

 冷静、動揺、陰謀、躊躇、罵倒、悲観、楽観。まれに的確な意見を述べる者も存在したが、場の空気を一新するには至らない。一応の善後策は協議されてはいるものの、どれも事態打開の決め手とは言い難い。

「暗殺ではなく誘拐、これが厄介な所ですかな。そして後宮を襲撃したやからに翼が生えた人間がいた事も」

「王国に楯突たてつく輩の所在は判明しているのだろう。迷わず攻めるのだ」

「相手は隠れ里の半魔だと言っているのです。過去の戦績から推算するに、完全攻略には十万人規模の出兵が必要かと。それも被害甚大。次代女王を生きたまま回収できる可能性も極めて低い」

「出兵の事実こそが重要でしょう! 貴族共が事実を知った時の事を考えねば」

「では、率先して貴方が出兵してみてはいかがですかな。私兵を揃えれば一万程度にはなるでしょうに」

「わ、私の領地は他国と隣接しておるのだ。領地を無防備にはできん。もっと適任者がおるではないか」

「いい加減にしたまえッ!」

 過去の功績から公爵会の長を勤めているウェールズ公爵であったが、彼の小太りな体から発する一喝では場を収めきれない。

 ウェールズは英傑公爵と皆々に恐れられていた十年前をしむ。が、今更戻るつもりも、戻れるだけの冷血さも取り戻せぬと自嘲じちょうする。

 あの真性の怪魔よりも愛らしい姪を三年も鉄扉の地下室に幽閉した結果、ウェールズは、己は怪魔の殺害を三年も躊躇ためらえる優しい人間だった、という結論を得ていた。ウェールズがガーネットに甘くなり、甘い食事を好むようになったのも丁度その頃からだ。


「――発言、許していただけないでしょうか。僭越せんえつながら、この若輩じゃくはいに妙案がございます」


 積極的に消極的な論議が続く中、おもむろに一人の若者が口を開いた。

 若者といっても他の公爵と比較して年齢が低い、という意味だ。その男は鬼籍に入った父親に代わり、去年爵位を継いだばかりの若輩である。

 公爵会に所属して間もない頃は意欲的に容喙ようかいしていたが。公爵会の面々は、ここ半年で男の声を忘れてしまっている。

 ウェールズは瞬間的に記憶を探り、男の名前を思い出してから、いぶかしげにたずねる。

「ブラウンズ卿、か。この状況での妙案とは期待して良いのだな?」

 もちろんです、と相槌あいづちするブラウンズの顔を見て、ウェールズは思案顔のまま発言を許可した。

「半魔討伐のため、親衛隊を出軍させる事を提案致します」

 しばし、公爵会のメンバーは言葉を失う。

 場の空気が張り詰めた理由は、ブラウンズの提案があまりにも馬鹿馬鹿しいものであったからだ。白けた空気が、密室に充満する。

「何を言い出すかと思えば……。我々に女王の兵たる親衛隊を動かす権限などないわ」

「左様。身の程を知らぬ越権行為。そも、親衛隊が耳を貸すまい」

 公爵会の面々はこぞってなじるが、ブラウンズは動じる事なく言葉を続ける。

「その女王となるはずの娘が捕らえられたのです。女王の直属兵力である親衛隊が戦うのに、これ以上の理由が必要ですか?」

 王国には常駐軍たる王国陸軍および王国海軍が存在する。また、各地方領主は私兵を持つ権利が与えられており、独自の地方軍がいくつか存在する。

 親衛隊は二軍どちらにも所属しない。女王にのみ忠誠を誓った騎士の部隊だからである。

 軍では上官の指示が絶対であるが、親衛隊では女王の勅命が唯一の絶対則。将軍や大公爵であっても親衛隊に命じる事はできない。

 王国が危機に瀕しても女王が命じなければ行動しないなまけ者と揶揄やゆする貴族も多分にいるが、親衛隊の特化した兵力は並の地方軍を圧倒する。特に近年は女王不在の時代を乗り越えるため、精鋭化、特殊部隊化が進んでいた。

 名実ともに、親衛隊は王国最強兵団と言えるだろう。

「女王を守れぬ騎士など犬にも劣りましょう。親衛隊は己の存在意義を疑われたくなければ、自発的に半魔共の討伐に赴くはずです」

「ブラウンズ卿の提案通り、親衛隊は確かな戦力には成りましょう。が、全十大隊を総員しても一万弱。推奨兵数の十万には程遠い」

「半魔共が次代女王に危害を加える前に、お救いする必要があるのです。むしろ、不用意に半魔共を劣勢に追いやれば、錯乱と混乱に次代女王が巻き込まれる危険性は高まるはず。ならば精鋭を初手から打ち込む事こそが最善、こう具申ぐしんしているのです」

 隠れ里付近は樹海に覆われており、大群で攻め込むには不向きな地形だ。軍隊を差し向けても、ほとんどが遊兵となる。一度に戦闘を行える兵数は一万を下回るだろう。

 では何故十万も兵員が必要となるのか。

 それは焼け石を水で冷やすように、半魔の化物には消耗戦を仕掛けて体力を消費させる以外に有効な戦術がないためである。三日三晩続く長い生命の浪費を行い、初めて半魔の魔力とスタミナは枯渇こかつする。

 しかし、それはつまり、後先や被害を度外視すれば親衛隊だけでも数時間は戦える事を意味する。

「もちろん、親衛隊が次代女王を救出してからの後詰め、または最悪救出できなかった場合を考え、隠れ里がある中央領のノヴァ公爵、そしてウェールズ公爵には全軍を出してもらいますが」

 ブラウンズの補足とそれが意味する答えに、ウェールズは眉を顰める。

「王都を空にせよ、と言うのか……」

「王国軍を無闇に動かせば隣国も刺激してしまいましょう。国境沿いの領からは兵力をけません。主要都市にも分散させる必要がございます」

 それに、とブラウンズは声量を下げて言葉をつなぐ。

「――他人に任せていてばかりで、次代女王がご心配ではありませんか? 自らの息が掛かった軍を戦地に向かわせた方がまだ安心というものです」

 ウェールズの太い眉の両端が深く沈降する。ブラウンズの心遣こころづかいが、どことなくあざとく感じられたのだ。

 とはいえ、半魔の里にさらわれたのは半魔の姪。血縁者ならばともかく、赤の他人に見分けろというのは酷な話である。自軍の将校ならば九日早くガーネットの特異な特徴を明かせるが、独立戦闘集団の親衛隊に王国最高機密を漏洩ろうえいできない。

 ウェールズ本人が前線に出向くのが一番確かなのだろう。しかし、王都の政務は多忙を極める。領民を放っておいて私情に走るのは公爵の立場が許さない。

「差し出がましかったのであれば、陳謝ちんしゃを」

「…………いや、私には責任がある。全軍に命じておこう」

 ウェールズは不承不承、脳裏で将軍の選出を開始した。

「王都の守りはお任せを。微力ながら、この若輩が代行致します」



 ブラウンズの案を主軸に細かな段取りが組まれ、その日の公爵会は終了した。王位継承の儀を期限としたため、本日中に招集される軍もいるだろう。

 他の公爵にはまた別の思惑があるだろうが、姪の安全を第一に考えているウェールズにとって公爵会は満足のいく決定を下した。

 しかしながら、ウェールズの顔はどこか釈然しゃくぜんとせず、眉を曲げてしまっている。

 一方、ブラウンズは無表情のまま、心の中だけで微笑を浮かべていた。


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