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次代女王  作者: クンスト
2章 半人半魔の次代女王
13/30

2-5 少年はもふもふ

 危機感を覚えたクロトは、ガーネットに謁見えっけんしようと倉庫のような玉座へと訪問する。

 だが生憎あいにくと、ガーネットは留守だった。本日も後宮内を闊歩かっぽしているらしい。

 勝手気侭かってきままに出歩かれては、護衛の意味がない。やれやれ、と頭をかぶるクロトは、玉座の守衛にガーネットの捜索を命じた。クロト自身は、ガーネットと入れ違いにならぬよう玉座の中で待機する。

「部下で遊ぶのは一向に構わないが、一人歩きは止めさせねば。直衛をそろそろ付けるべきだろう」

 クロトは玉座の真ん中で突っ立ち、腕を組み、今後の護衛方針を思案する。

「やはり、技量よりも仲を優先すべきか。もしもの時にガーネットの盾となる、その決断が少しでも早い人物こそが直衛として望ましい」

 様々な事態を想像しなければならぬ隊長という位に嘆息たんそくした後、クロトは部下の顔を思い浮かべる。悩めるほど人員は多くないので候補者を絞るのは簡単だ。最新の評価では、ベッコウ飴分隊のリーズ辺りが適任かとうなずく。


「……す、すみませんッ!」


 ――しかし、最終選考の途中で邪魔が入る。

 声変わり前の少年の声が、迷惑にもクロトの思考に割り込んできたのだ。後宮内で聞いた覚えのない声である。そもそも、王宮の最奥に建つ後宮において、声変わり前の少年は非現実的な存在だった。

「何――ッ?!」

「動かないでもらえると、非情ですが、非常に僕が助かったりするんです」

 声を何度聞いても、クロトは少年の実存を認められなかった。

 決定的にも鎧の隙間から首筋へと刃が突き付けられたが、だからこそ事実を受け入れられない。

 クロトだけならともかく、警戒心の強いディをあざむいて接近するなど、人間業ではない。宿主の影にひそんでいる影の魔獣の縄張りに入り込めるはずがないのだ。

 しかも、この玉座は後宮の最奥に位置する最も潜入が困難な場所だ。ここ数日は気合の入っている部下達が警戒していたので、厳重さは最高潮に達している。

「……どうやら、先日の三流アサシンは本命の実力を隠す布石だったらしいな」

「ご、誤解です! こんな恐喝きょうかつを行っている不審者の言葉なんて、とても信じてもらえないとは思うのですが、あの方達と僕達は別物です。接点なんて、空気感染もできないぐらいに皆無です。僕ってもっと、平和と怠惰たいだと昼寝を愛する博愛主義者のはずなんですから!」

 その忙しい釈明しゃくめいは、背後を取られた事実以上にクロトを困惑させた。自身が言うように、少年は先日の暗殺者とは異なり過ぎる。

饒舌じょうぜつな暗殺者など、泳げない回遊魚ほどに有り得ぬ生物だと思うのだが……。お前は本当に暗殺者か?」

「僕としては止めたいんですけど、ある怖い女性に脅されていまして。と心の表面で思ってはいても、なんだかんだと僕自身、確かに次代女王の存在は今後の里にどう影響をおよぼぼすか不安で――」

「余計な事を喋るな」

「いや、そんなトーンの低い声で言われましても。位置関係的に脅迫しているのは僕の方ですよね。首にえているのはナイフですよ、ナイフ」

「黙れ、さもなくば殺す」

「ひぃ……ごごご、ごめんなさいっ!」

 ほとんど冗談で言ったおどし文句に、背後の少年はビクリと体を震わせてしまう。

 首を裂かれてもいいから頭を抱えたい気分におちいりつつ、クロトは小心者な襲撃者から要点を聞き出す。

「……端的に答えろ。お前は、暗殺者である事に間違いはないか?」

「はいっ! 間違いございません」

「暗殺対象は次代女王か?」

「もちろんであります!」

 少年暗殺者の答えにより、クロトの次の行動は決定してしまった。ガーネットにあだなすやからは子供であっても容赦ようしゃできない。

 溜息一つで気合を入れ直し、クロトは足元の影に潜伏している愛馬に命じる。

「はぁ……。蹴り上げろ、ディ。……殺さない程度に」

「えっ、ぬわぉッ?!」

 気配を絶つ技術は脱帽だつぼうものだが、めが甘かった。少年は不注意にもクロトの影を踏んでいたのである。

 足を置かれて機嫌をすこぶるそこねていたディは、愚か者を一蹴する。

 死角から鳩尾みぞおちへの直撃コース。本来であれば少年はうずくまり、気を失っていただろう。


「ひぃーーっ! 脚が、馬の脚っぽいのがぁ」


 しかし、存外に少年の反応は素晴らしい。小動物の素早さで部屋の隅まで逃げてしまう。

「ディの一蹴を避けるか。やはり、ただの暗殺者ではない」

 ひづめの強襲に恐怖した少年は、テーブルの影に隠れてビクビクと震えている。

 技能的には優秀な奴だが、精神がまったくともなっていない。少年はどこから派遣された暗殺者なのか、そもそも暗殺者かさえ怪しい。

「や、やっぱり僕に暗殺なんて無理だったんですよぅ、マチカさーん! ほら、僕ってもっと内向的な事務仕事担当の頭脳派なんです。魔法は使えないけどINT重視なんです。そんな僕が次代女王の暗殺なんて鉄砲玉、つとまるはずがぁ――」

 クロトは真剣になりたいのに少年の甲高かんだかなげき声に邪魔されてしまう。急性の偏頭痛を発症して額をゆがめた。

「泣いている暇があったら、両手を上げてゆっくりと出て来い。抵抗すれば斬る。それ以上嘆いてもランスで心臓を貫く」

 クロトが剣を正眼に構えた事で、少年はようやく口を閉じる。クロトの立ち位置からではテーブルに隠れて見え辛いが、少年は静かに半泣きしているようだった。

「ひぃっ、う、あああ、どうしたら!?」

「投降しろと言っている」

「でも、そ、そのぅ……。出てきた途端、斬らない代わりに妙な馬の蹄で撲殺するって無情な不意打ちは?」

「しないから安心しろ。騎士としてちかってやる」

「剣で斬るんじゃなくて、実は突き刺すつもりとかは?」

「言葉遊びで殺生を行う趣味はない。保身を望むなら今すぐに現れろ」

 安心したのか、少年はテーブルの下から片方のつま先を見せる。

「あ、あのぅ――」

「まだ何かあるのか?」

「――最後のお願いなんですけど、良いですか?」

 せっかく踏み出した足をテーブルの影へと戻して、少年は懇願する。

 前回で暗殺者の不審な行動に慣れていたクロトは、少年に許可を与えてながらも、同時にディをテーブルに忍び込ませる。クロト自身も油断なく剣先を少年に合わせ直した。


「その、僕の姿を見ても、驚いて斬り掛からないでくださいね……」


 少年は妙な前置きをしてから姿を現した。

 姿を確認した瞬間、クロトは不覚にも体を硬直させてしまう。

 その暗殺者は、声変わり前の少年的な姿をしていた。そこまでなら想像通りであったが、予想外な部位も多々ある。ここ数日、少年のように人間らしくない特徴を持った少女に見慣れていなければ、クロトは剣を床に落としていたかもしれない。

「……もう少し、手を体から離せ。二歩前進してから床にうつ伏せろ」

 クロトの冷たさを努めた口調に反応したのだろう、少年の背骨を延長して生える、ふさふさした尻尾・・の毛が逆立つ。

 少年の頭の側面についている狐の耳も、一度ビクリと波立ってから凍り付く。

「デモンとの混種には、個人差があるのだな」

「――ッ! 僕がハーフデモンって分かるんですかっ!?」

 少年はなかなか整った顔を持っており、部下の女騎士達の間で人気になりそうな可愛らしさがある。ただし、この少年は一般市民とはかなり毛色が異なる。そもそも尻尾に毛が生えている。

 わらの色をした狐の耳。

 腰の後ろで、釣り針のように折れ曲がりささくれ立っている尻尾。

 そして見知らぬ民族衣。……服装は、身体的な特徴と比べれば優しいものだ。

「やはり、お前は半人半魔。デモンとの混種なのだな」

 少年は一番知られてはマズい秘密を知られた子供の顔で、閉口する。

 特別、かまをかけたつもりはなかった。が、無駄にお喋りな少年が沈黙してしまうと、触れてはならない秘密に触れてしまった気がして、クロトとしては不本意だ。

「しかし混種の者がどうして、ガーネット様を暗殺しようと??」

 混種の少年が同種たるガーネットの命を狙うのは、酷く不自然に感じられた。

 少年への尋問は拘束を終えた後でじっくりと行えば良いはずなのに、あまりにも不可解な行動に対してクロトは疑問を投げかけていた。

「ガーネットが女王になるまで、ただ待っていれば良かっただろうに何故だ?」

 少年は黙秘を続ける。

 返事がない事に落胆し、クロトは少年捕縛の準備に取り掛かる。

 壁際には不要となったカーテンをしばっているロープがある。手首を結ぶのに利用するため、ディにそのロープを持ってこさせようと指示を送る。

 だが――。


「――次代女王は必ず殺す、里を守るためにッ」


 ――ディから返ってきた反応は『了解』ではなく『危険』を暗示するたてがみのザワつきだった。


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