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次代女王  作者: クンスト
2章 半人半魔の次代女王
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2-4 違和感の小隊

 ここ数日、クロトは違和感を覚えていた。

 誰かに見張られている視線や殺気、そんな物騒な気配を感じ取った訳ではない。むしろ、好ましい雰囲気が後宮内に満ちている。ただ、水質の悪い池から清潔な水槽へと移しかえられたか直後の魚と同じく、素直に気持ちが良いとは思えない。

 違和感の中心にいるのは、クロトの部下達だ。

 部下を変と評価してしまうのは隊長として心苦しい。が、クロトがいぶかしがる程に部下の任務態度が予期せぬ方向に変化している。

 例えば、現在クロトが訪問している高楼こうろうの分隊。

 高楼の監視任務は評判が悪い。不満が溜まり易い。ただ長々と空を見続けるだけの任務なのだが、長時間座り続けるのもそれはそれで辛いからだ。騎士ならば剣を振るっている方が心休まる。


「あっ、クロト隊長! お疲れ様です」


 よって、クロトは激励および不審行動確認のために高楼を訪問しているのだが、不満ある部署なのに返事がすこぶる良い。

「……ヘイルストーン。何か、あったのか?」

「異常ありません。本日も清々しい一日で」

「す、清々しい??」

 副長たるヘイルストーンの声には何故か余りある覇気が含まれている。普段から真面目な男であったが、とても夜勤明けの騎士とは思えないテンションだ。

 ここ数日間、眼鏡を曇らせた副長しか見ていなかったクロトの脳内は、疑問符で一杯になる。

「もう部隊交代を済ませたのか?」

「いいえ、逆に遅れていますね」

 交代部隊の到着が遅れているというのに、高楼の狭い通路で部下達は微笑んでいる。

 活き活きしたヘイルストーンと異なり、クロトは顔を引きつらせてしまう。出所不明の士気の高さは、果てしなく不自然で、素直に喜べない。

「監視をおこたっていないだろうな」

「はっ、抜かりありません。使い魔による監視も考慮して、空を飛行していた鳥の数も計測しております」

 任務をおろそかにしているのではという不信感を払拭ふっしょくするため、クロトは監視記録を提示させてみる。

『午前四時、使い魔と思われるコウモリ一匹発見。とりあえず撃墜』

『午前六時、遠方に大型の白鳥のようなものを一羽発見。視力の良い隊員いわく、女神にも見えたとの事。詳細不明』

『午前八時、ローストチキンが一皿。チェスで善戦したのでベッコウ飴も獲得』

 ヘイルストーンの言う通り、紙上には細かい記録が残っていた。任務に忠実なのは確かだったが、遊んでいない訳でもなさそうだ。



「隊長! 本日のベッコウ飴補給です」

 ガーネットの命令に答えるべく新設された部隊、『ベッコウ飴分隊』に所属する女騎士、リーズが私の部屋を訪れていた。

「すまないな、私がガーネット様と余計な約束をしたばかりに」

「いえ、部隊はやる気に満ちています。現在は伝説のデモン、ヨルムンガルドの作成中ですっ!」

 ベッコウ飴分隊は、小隊の料理好きを結集して誕生した部隊である。

 分隊長に任命したリーズは、まだまだあか抜けていない乙女だ。王都のどこかにあるパン屋の長女だった、とクロトは記憶している。子供の頃から両親の手伝いで食品を扱う機会はあったそうだ。

 リーズ達は勅命ちょくめいで料理の腕を磨く事を許されている。

 とはいえ、護衛任務とは全く関係しない側面での活躍、および通常任務との両立を期待される彼女達の意識は高いはずもなく。作成される飴は砂糖水を熱しただけの即席物であった。

 しかし、クロトが今手渡された飴には、細かな細工が成されている。飴細工とは異なり、平面的に動物に似せて飴を固めただけのものであるが、細かい飴の線で描かれた羊が微笑み掛けている。

 適当に砂糖と水を混ぜて焼いただけの菓子では、動物飴は作れないだろう。

「ヨルムンガルドの作成? 何の話だ」

「伝説のデモンですよぅー。世界を締め上げるぐらい大きかったそうです」

 小柄でまだまだ半人前の癖に、リーズはさらりと大物デモンの名前を口にする。その表情に恐怖の色はない。

「ガーネット様への挑戦です。分隊は現在も厨房にて、水と飴の黄金率を探究しているんですよ」

 ……一瞬、クロトの視界がかすんだ。日数は経過しているが、仮面の暗殺者に受けた魔術の後遺症かもしれない。

 とりあえず、何も考えずに糖分摂取だ。クロトは手渡された飴の一つを口に含む。飴な羊は捕食者クロトに対しても最後まで微笑ほほんでいた。

「ん、うまいな」

「もちろんです。つい先程も、作り置きを全部食されたんですから」

 飴細工の修練を重ねるリーズは、意味深な言葉と数個のベッコウ飴を残して厨房へと戻っていった。



 遅蒔おそまきながらクロトは理解した。

 どうして部下達の様子が奇妙に感じていたのか、その正体がやっと解かった。

 きっと、今のクロトは裏切られた気分なのだろう。ガーネットにしたがわぬ者を容赦なく切り捨てるつもりだったクロトの決意に反し、部下達は己の役割を最大限に務めている。しかもその態度は実にひたむきで、何より、部下達自身が次代女王に仕える事を喜んでいる。

 酷い当てつけだった。

 いや、クロトがみじめだけなのか。

 最初に部下達をあなどったのはクロトだというのに、予想外に良い働きをされたぐらいで、今度は部下達に裏切られたとショックを受けてしまっている。

 ガーネットを一番認めているのは己だと、クロトは心の片隅かたすみで無礼にも考えていたのだ。

 しかし実際は、若騎士達はガーネットを受け入れてしまった。クロトはまだ細かい部分を思い悩んでいるというのに、部下達にわだかまりは皆無である。

 クロトは、己を破廉恥な男だと強く感じる。

 そして小隊長として、未熟どころか失格だ。クロトは部下達に嫉妬しっとしてしまっている――。

 ただ、クロトが戸惑とまどうぐらいに、部下達の心情変化はあまりにも急激だった。つい二、三日前までは、何かしらの要素が働かなければクロト小隊は内部分裂してもおかしくはなかった状態であった。ガーネットの素顔は、それだけショッキングな出来事であったのだ。

 では、いったい誰が部下達を取りまとめたのか。

 ……決まっている。ガーネット以外に考えられない。

 近頃、ガーネットは玉座から離れている事が多かった。恥ずかしくも、クロトは主がどこに出向いているのか把握できていなかったのだが、どうやら、ガーネットは部下達にちょっかいを出していたらしい。これまでの幽閉生活の鬱憤うっぷんを晴らすがごとく、若い騎士達との交流を重ねていたのだろう。

 ある騎士は、ガーネットに無理やりチェスを挑まれた。今では進んで勝負を申し込んでいる。

 ある騎士はガーネットに本心を見抜かれ、主従関係を忘れて言い争いをしたそうだ。

 また、ある女騎士はガーネットに職場恋愛を相談しているらしい。次代女王は我々よりも年下のはずなのだが。

 ガーネットは本気で私兵を必要としたらしい。そうでなければ、あの他人を見下ろすのが好きな半人半魔な少女が、人間とコミュニケーションを取ろうとは思うまい。

 また何かが起こる前兆なのだろうか。こう考えるのが最善か。

 これまで能動的な行動を控えていたガーネットが後宮内を動き回っている時点で、現状の危うさを露呈ろていしてしまっている。


 胸のザワつきに急かされたクロトは、後宮の奥へと急いだ。


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