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次代女王  作者: クンスト
2章 半人半魔の次代女王
11/30

2-3 誕生日まで、一週間と五日

「クー、偵察は上々?」

 山の稜線りょうせんから朝日が昇る直前。冬場であればみやびなる時間帯。

「はいっ! マチカさん。後宮の潜入調査は順調に進んでいたんですけど、実は、とっても重大そうな話を聞いてしまったような。あ、でも、冷静に考えると早とちりな気がしないでもないんです。でも、ファーストインスピレーションって人生において重要ですよね。直感ってキラリって擬音が響きそうじゃないですか」

 夜の動物は眠り始め、昼の動物はまだ寝ているこの時刻、森は最も静かである。きりで草木はしっとりと湿気ており、朝の早い動物達であっても気温的にまだ動き出さない。

「……はっきりしないな。何をどこで聞いた?」

「天井の裏ってほこり臭くって苦労しましたよ。でも警戒が厳しくて、天井をうぐらいしか手がなくて。最初は厨房ちゅうぼうに潜んでいたんですよ。食事も得られて一石二鳥かなって。良く考えれば、仕込みやら何やらで夜から朝まで人が行き交うから、考え足らずでした。で、最初に話は戻りますが、天井です。天井! 掃除なんて一度も行われていないからもう最悪で。暗い、窮屈きゅうくつ、毛が汚れるの3Kでした。ほらほら、見てください。蜘蛛の巣が頭に張り付いて気持ち悪――」

「私をッ! 無視するなッ!!」

 …………実にやかましい。少年の終わらない中身のない話もそうだが、少年を怒鳴りつける女の怒鳴り声もうるさかった。

 早朝の深い森。時間と場所を考慮すれば人間がいるはずはない。しかし、これだけうるさいと幻聴と聞き流す事もできない。

「端的にッ、的確にッ!」


「はっ、はい! 次代女王である女の子とその騎士が、戦争の準備をしていました!」


 激しい誤解がり交ぜられた少年の言葉に、女は目を見開いたまま硬直してしまう。伝言ゲームのように、真実が大きく誇張されて女に伝わってしまったらしい。

 憤怒で握り固められた右手を左の掌に打ち込み、女は深刻な顔でつぶやく。

「……クソが。王国め。王位継承した途端、戦争を仕掛けるつもりだ」

「そうでしょうか?? 自分で言っておいてなんですけど、軽いノリで、何だか楽しいそうな雰囲気でしたよ?」

「楽しそうに、だと? めてくれる」

 ますます怒気を増大させる女と、少々抜けた所のある少年とでは会話が成り立たない。

 言葉をつなげていくたび、互いの思い描く状況が噛み合わなくなっているのだ。意思疎通を行う気がないのなら、少年と女の人間離れした姿のように、言語を放棄してしまった方がまだ相互理解ある結果を導き出せたかもしれない。

 そもそも、この二人だけで情報交換を行わせていたのが大きな間違いだった。

 短気と暢気のんきの間を埋めてくれる、そんな冷静な人物が必要不可欠だったのだ。


「――クー。後宮内の部隊配置に変化はあったのか?」


 いや、冷静な人物なら初めから存在する。この場には最初から三人の男女がいる。

 三人目たる男は、冷静であるがゆえ、会話を更に混乱させぬように無言にてっしていたのだ。

「あ、はい、モルドさん。一週間ぐらい前に新しく着任した部隊があります。いやー、前の部隊と違って、妙に感が鋭くて隠れるのに苦労していますよ。とても人間の五感とは思えない鋭敏さで――」

「……話をまとめろ」

「ここ数日ピリピリしていましたが、だんだんと警備の仕方が丁寧になってきています。お陰で一度発見されそうになって、命からがら大鍋の中に隠れたり、そのままゆででられそうになったり。ああ、その時ですね、何だか糖分を焦がした、甘くこうばしい匂いが――」

 男は少年の冒険活劇を無視して、今度は女に話を振る。

「マチカは、クーの調査結果をどう考える?」

「戦争の計画に決まっている! 今まで女王がいなかったから戦争は起きなかった。けれど、新しい女王が誕生し体制が整った以上、邪魔な里とオレ達を野放しにしてはおく必要はない。これがプライドにこだわる人間の思考だろ!」

 女の考えは数十年前から一貫していた。王国に新しい女王が即位する事に対して、女は同種の中でも極端な危機感を抱いている。被害妄想と言い捨てるには、三人が住む里は過去に受けた傷痕は深い。

 冷静なる男は、女の暴走を抑えるために同行したはずだった。

 しかし今となっては、男の気持ちも女と等しい。男は表面上冷静に見えても冷めた心を持っている訳ではない。

「マチカ、やはり、次代女王を暗殺するつもりなんだな?」

「邪魔するつもりか、モルド!」

「いや、俺もマチカに協力する。決行はできるだけ早い方が良いだろう」

「モルドっ。お前なら、最後には力になってくれると信じていたぞ!」

「そ、そんなッ、モルドさんまで! 突発的な衝動で動くなんて危ないですよ」

 少年だけはまだ覚悟を固めきれていないのか、他二人の間で狼狽ろうばいしている。

 とはいえ、根は優しくとも長いものにかれ易い男の子。女に一睨ひとにらみされただけで王宮の潜入調査を行ったのは、まぎれもなくこの少年なのだ。

「まだ十日は余裕があると油断していたから、事態は切迫してしまったんだ」

「ですけど、女王を殺したって、それを口実に軍隊を派遣されたらどうするんですか?!」

「クーがその目で見ただろ。次代女王は既に一度、暗殺者を送り込まれている。なら問題にもならない。今日中に次代女王が殺されたとしても、それはオレ達以外の誰かの仕業だ」

「他人の所為にして、しらばくれるつもりですか! って、しかも今日っ!? 今日中って、僕はついさっき戻ってきたんですけど……。発見・大変・即拷問スパイラルの恐怖におびえながらも健気に潜入偵察を達成した僕の生存権を無視し、更なる超過労働をさせようだなんて。ふ、はは……まさか、そんな無慈悲な決定を、暴力的だけど心は乙女なマチカさんが本気で願っているはずがないん、ん、んーーッ?!」

 少年のせわしなく動き続ける口が、伸びて来た巨大な手によってふさがれる。

 少年が小柄という理由もあるが、手の面積があまりにも大きい。大き過ぎる。少年は口どころか上半身全てを掴まれた状態になってしまい、あばれる事さえできなかった。

 窒息の恐怖に怯えて少年はもがくが、日頃の行いが悪く聞き入れられない。

「クー、お前は偵察で疲れているんだろ。だったら少しは黙っていろ」

「ん、ん、んーーーッ」

 少年が黙ったので、男と女は打ち合わせに入る。

 その内容は、たった三人で王族を暗殺するというかなり大雑把なものだった。抜け道を知っていた仮面の暗殺者とは異なり、彼等は幾重いくえにも警備網が張られた王宮の奥地に乗り込まねばならない。

 どう作戦を練った所で失敗を目に見ていたが――。


「モルドは地中で待機だ。お前は重過ぎて私じゃ運べない。クーはまた私が後宮まで空輸してやる」


 ――彼等の会話には、特殊な行動が多分に含まれていた。

「日中に決行するのか。急ぐのは分かるが、大胆過ぎやしないか?」

「オレは鳥目なんだって。人間に発見される心配は高まるが、確実に飛行する事の方が重要だ。……もしオレ達が追われていたら、モルドが敵を迎撃してくれるだろう?」

 男は女の身をあんじ、己の寸胴さに歯軋はぎしりしたが、私情の多くを嚥下えんかする。

 無茶だけはするな、とだけ男は言葉を残す。待機地点に向かう。

 男が去っていくのと同時に、大きく盛り上がって地面が陥没かんぼつする。熊よりも巨大な生物が、地下を移動しているみたいだ。

「ん、ん、んーッ、はぅっ! ……や、やっと、首を押さえていた爪が消えて、気管が楽に」

「ほら、息切れしていないでオレ達も行くぞ。狙うは次代女王の首だ!」

 巨大な手が地中に消えて、少年は言論の自由を再びに手に入れたようだ。酸素欠乏の瀬戸際で天空を貫く勢いで立っていた少年の尻尾も、今は嬉しそうに弾んでいる。

「では、マチカさんはがんばってくださいね。僕はこれから腹痛になる予定でし……て、てぇぇーーーッ」

「空輸されている状態で暴れるな。意図的なミスで雲と同じ高さから落下させ、地上スレスレで助けるのはそれなりに難しいんだぞ」

 大きな羽根音に混じって、少年の悲鳴が夜明けの森に木霊こだます。両肩を鳥の鉤爪かぎづめに掴まれた格好で運ばれているから仕方がない。

 女は少年を足で掴み両腕を組んだ直立不動で、雲の上へと上昇していく。女の肩甲骨近くから生える広面積の白翼が、力強く大気をき分けていた。

 白い翼を有している時点で、女が人間であるはずがない……。

 だがそれでも、半分ぐらいは人間に似ていた。


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