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次代女王  作者: クンスト
モノローグ
1/30

0-0 誕生日まで、一ヶ月と多少

中編ファンタジーとなります。

「……女王に大切なモノって、何かしら」


 ふと、他愛ない独り言を口走る。

 無意識の私がふと表面に現れる瞬間、そういう時が稀にある。

 そして多くの場合において彼女の言い分は実に的確で、端的で、正鵠せいこくを射ってしまっている。遠地の果樹園で栽培されるリンゴの実を矢で射抜き、その射抜いた矢に二本目の矢を貫通させる程に的確過ぎて、耳を傾けるには幼稚なのが玉にきずであるが。

「でも、悪くない発想だわ。抽象的な設問の割に回答が切実」

 とはいえ、今の私には答えられない疑問だ。

 何せ私は女王ではないからである。

 うなぎ蒲焼かばやきに必要な要素は何ぞ? こう蒲焼職人から尋問と拷問を併用されたとしても、まだ腹も背中も裂かれていない鰻が即答できないように、私には答える事ができない。ヒトはそれほど己を理解できていないと痛感する。

「けど、無関係な話でもないのよねぇ。確か、私の誕生日って残り一ヶ月と少しだっけ」

 バースディ・プレゼントが欲しい訳ではないので、正確な日にちを忘れてしまっている。もちろん、プレゼントを貰えるのであれば拒まない。ただし、物が粗悪品でない限り。


「んー。王位継承権って、粗悪品の範疇に入るかしら?」


 これまで私が発した言葉は全て独り言なので、返事はなかった。




 誕生日まで、一ヶ月と多少


「ねぇ、おじ様。私に騎士を見繕ってくれないかしら?」

 久しぶりの来客に心をおどらせながら、私はそう来客たるおじ様に提案する。

 前々から私には騎士が必要だと思っていた。女王直属親衛隊という肩書きだけの騎士団なら存在するが、あれは“お母様”の騎士団であって、私に忠誠を誓っている訳ではない。

 長く主人を失い、好き勝手に遊んでいた野良犬に芸は望めまい。

「い……いや、ガーネットよ。お前はまだ女王ではないし、誕生日を迎えれば自動的に――」

「却下。形骸化した主従関係しか望めない騎士なんて飼う価値ないわ。私が欲しいのは、私に忠誠を誓ってくれて、……ついでに人間的に面白い騎士よ」

「そうせがまれてもな。お前は公爵会によって保護下に置かれている身だし」

「保護? 幽閉の間違いでしょうがぁ。おじ様も公爵会の一人なのだから、小娘の前では建前を気にしないで毅然きぜんとしてなさい」

 おじ様はオロオロと私の言葉を訂正し始めたが、当然無視する。

 肉付きが良く、少々頭の毛が細くなってきている私のおじ様は、子豚のように可愛らしい。だけど、時々口うるさくて子豚のように丸焼きにしたくなる。まぁ、そこがまた愛らしいのだが。

「保護というのなら、護衛騎士をくれても問題ないはずよねぇ? 女王を最も近くから護るってのが名目だし」

「だが、全ての権限は成人してから授かるのが慣わしで――」

「おじ様ぁーっ。公爵会はそんなに私が権限を持つ事を恐れているの? 八年間も国権の全てを掌握していたのに、まだ私腹を肥やしきれていない? 私が傀儡女王として育ってくれているか、大いに不安?」

 小言に備えて両耳をふさいでおく。押せば揺れて戻るダルマのようで面白いわ、おじ様。


「心配は無用よ、おじ様。何せ、私は人間嫌いだから」


 あけらかんと私は言い放った。事実なのだから他に言いようがない。

「国って人間の集合体なんでしょ? そんな醜悪なのが百万もうごめいてる坩堝るつぼ、気持ち悪くて運営したくないわ。だから一生、後宮に引きもっておく」

 私はおじ様の位置からでは見えないのを承知で、袖をまくって肌を露出させる。

 ムカデやヤスデ、気色が悪い虫ばかりが収集された壷に手を入れる想像をしたからか、私の細腕はブツブツと粟立あわだっていた。

「ただしねぇ、せっかく女王になるのだから、一度は人間を使役しえきしてみたいのよ。この哀れな小娘のささやかな夢が、たった数人の騎士というお徳プライスで叶うというのに、おじ様は……酷いわ」

 痛い所を突かれて、おじ様は辛そうに黙り込んでしった。

 私が思っていた以上におじ様は私の境遇に同情し、そういう境遇でしか育ててやれなかった己の器に罪悪感を持っていたようだ。

 んー。

 ん?

 私は人類が等しく嫌いだから、今更そう悲しまれても逆に困る。評価の最低値が更新される事はあっても、人間に対する評価が上昇する事はありえない。

「強面の玄人プロはいらない。若輩の騎士でいいの。それでも駄目?」

 白々しい熱意を込めて、私はおじ様に懇願した。

 返答を待つ私はゴクリと美味しく唾を呑み込む。



 しばし無言の対面が続いたが、長く黙り込んでいたおじ様は酷く重たそうに口を開いた。

「………公爵会は私が説得できる。が、親衛隊にも面子がある。次代の女王のお前が騎士を所望すれば、きっと第一大隊の高位騎士あたりが立候補するだろう。しかし、あそこは王族主義者が大半だ」

 言葉を選んでいるから遠まわしに聞こえるが、要するに、おじ様は私が心配なのだそうだ。

 私が思っているほど騎士を扱う事は楽しくはない。むしろ、騎士を望んだ事により要らぬ気苦労を背負い込むかもしれない。

 だからおじ様は、私にその覚悟はあるのかとたずねている。


「ガーネット、お前が一番嫌う類の人間共に、己の姿をさらせるのか?」


 私とおじ様は、最初から淡いカーテン越しに語り合っていた。

 互いに相手の姿を確かめる事は叶わず、輪郭りんかくがボンヤリと写るのみだ。

 もちろん、一応育ての親であるおじ様は私の正体を知っており、今更隠す必要性はどこにもない。が、姿を隠すように決めたのはおじ様だし、本人が進んで破る事もないのだろう。

 おじ様の問い掛けに、私は明瞭な口調で答える。


「ええ、もちろんっ!」


 いつの間にか口元がゆがんでいた。

「私の姿を見て怖気つくような騎士はいらない。いえ、おじ様が言うように、王族主義者共には自分勝手な期待が有るでしょうから、下手をすると私、殺されるかもしれない。……まぁ、ただ殺されるのも癪だから、その辺りの保身と報復は考えてあるわ」

 今までの退屈な幽閉生活が終わり、忙しない日常が開始される予感がしたからだろうか。だらしなく口が開いてしまうのを止められない。

 どうにも心が浮ついてしまう。細かな打ち合わせは明日以降にしてしまうしかないだろう。



 私への全面協力を約束したおじ様は、私の部屋から去っていく。


「そうそう、意図的に言い忘れていたわ、おじ様。最悪の場合、王国が揺れるけど、怒らないでねぇ?」


 ふふふっ、と小さく声を漏らして笑う私は、人間がどこまで自分で自分の首を絞めてくれるのか楽しみで仕方がなかった。


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