第七話 バーサス
「んーっ…!よく寝たぁー!…何時かな…ていうか時間の概念あるのかな?ロゼットさんは…。」
太陽もてっぺん近くに昇ってきたころ、ようやくハルカが目を覚ました。泊めさせてもらっている身分でこの起床の遅さは彼女の図太さが滲み出ている。寝ぼけ眼を擦りながら現状を思い出し、周りを見渡してみるがロゼットの姿はない。
「…ロゼットさん?」
外は怖いが恐る恐る扉を開けて様子を眺めてみる。するとカブトムシと談笑する姿が窺えた。一瞬一人と一匹と目があった気がするがそんなことは関係無い、ものすごい勢いで扉を閉め直す。
「虫の王様だとしてもあの大きさは無理。あの大きさは無理だよ!」
「ハルカさん?おはよう、開けてもいい?」
「断固拒否します!!」
「えぇっ!?」
扉越しにロゼットと本日最初の会話をする。要求から始まるが外にはあのカブトムシが構えていると思うと、ここがロゼットの家でも関係無い。丁寧に鍵まで締める。
「オレガ、扉壊シテヤロウカ?」
「それはやめて!大丈夫だよ、俺が説得するから…。」
虫が喋った。少し器械音のような声色ではあるが、確かにカブトムシが喋っているようだ。自分の世界ではあり得なかった出来事にハルカの頭の中はフリーズする。ロゼットが優しく扉をノックした音で我にかえった。
「どうしたの?気分が優れない?」
「その…虫が…虫がダメで…。」
「失礼ナヤツダナ。オレハドコニダッテイル、普通ノカブトムシダゾ。」
「彼は君をつついたり、食べたりはしないから…だから開けてもらってもいい?」
つつかない、食べられないの問題ではない。ただ単純に怖いのだ。動く度にきちきちと鳴る関節や、話すたびにわさわさとざわめく顎が。無言になってしまったハルカにロゼットも参ってしまうがなおも諭し続ける。
「人を見かけだけで判断するのはよくないよ。一度開けてみて、挨拶をしたらまた閉めて良いから、ね?」
「…わかった…。」
ロゼットの言うことは尤もだ。自分も差別をされることがあった、今同じ事をしてしまっている事実に向き合いゆっくりと扉を開けてみる。薄茶色の髪に寝癖がついてしまっているロゼットと立派な角を携えたカブトムシがそこには立っていた。
「アッハハハ!何ダ、昨日見タトキヨリ、チンチクリンジャネェカ!」
「ちょっと、ハルカさんに失礼だよ!」
「しっつれいな!パジャマが合わないだけです!」
「ン?普通ノメスヨリ小セェダロ、器モ身長モ。」
両者睨みあったあとゲラゲラとカブトムシの笑い声が辺りにこだまする。虫がダメと言われたことを根に持っていて言葉の節々に棘がある。ハルカは先程まで怖いと思っていた虫に今は怒りしか抱かない。
「うー…っ!普通は苦手なの!身長だって元はあなたたちより…!」
「ふふっ…おはよ。もう彼のことは怖くない?」
「怖くないです…腹立つ!」
「オウオウ、ココマデ運ンデキテヤッタ恩人ニ、クチノ聞キ方ハ気ヲツケナ。」
「くぅっ…!」
悔しそうに踵を返して家の中に入っていく。合わないようで合っていそうな二人にロゼットは笑い声をあげた。カブトムシと顔を見合わせて和やかな雰囲気だ。
「それじゃ、今回もありがとう。ちょっと状況がわからないから次回は未定だけどまたお願いね。」
「ン、仲良クナ。ガキハ計画的コサエロヨ。」
「ちょっ…!」
そのようなつもりがなく顔を真っ赤にして喚くロゼットを尻目に、カブトムシは高らかに空へと舞っていった。