第六話 違い
「ロゼットさんはいくつなんですか?」
「20代前半だと思うよ。」
「え?思うって?」
「ん?そのままの意味だけど?」
ベッドに二人で腰を掛け会話に勤しむ。しかし、やはり疎通を図ることが難しい。歳の話一つするにも途切れてしまうくらいだ。
「私は19になったばかりなんですけど…。」
「歳を覚えてるの?すごいねぇ。」
「覚えてないんですか?」
「そりゃあ…覚えている人の方が少ないよ。」
どうしても噛み合わない。生きてきた世界が違うのだから当たり前なのだが、何も知らないロゼットはどうして良いのかわからなくなってしまう。ハルカは仕方ないとは思えても自分の境遇を話す気にはなれなかった。いくら彼の人柄が良いとしても信じてもらえるとは考えにくいし、変な目で見られたくないのだ。
「えっと…じゃあ、ミズーリって何?」
「ミズーリは俺の故郷だよ。凄く綺麗な湖のある土地なんだ。」
「湖かぁ…ここはポポロイって言うんですよね?」
「うん。ポポロイ歴は301年。」
少しはまともな会話が成立する。お互いに歩み寄ろうとする努力の賜物だ。
ロゼットは少し安心して商業用の鞄から麻袋を取り出す。その中から出てきたのはヒマワリの種だ。燻って塩をまぶしてある。手のひらくらいの大きさがあるそれをゴリゴリと音をたてながら食す、旅の最中の主食だったため飽きはきているが他にないのだから我慢する他ない。
「それは何?」
「ヒマワリだよ。高タンパク高脂質だから体を保つのに良いんだ。…食べる?」
高タンパクはまだしも体型を気にする若い女性に高脂質は恐ろしい。もちろんハルカは首を横に振る。ロゼットが食事をしている最中はさすがに黙り部屋を見渡す。すると本が一冊タンスの上に置かれていることに気づき、手に取って埃を吹き払ってみる。表紙の文字が表れた。
『ミズーリ歴』
中も数ページ捲って内容を確認してみる。何やら手書きでたくさんの文字が書かれているが全く理解できるものではなかった。
「読めない…!」
「え!?字読めないの!?」
ロゼットの知る限り小人も動物も使う文字は共通している。世界でただ一つの文字を読めないのは驚き以外の何物でもない。産まれながらの遊女ならばそういうこともあり得るのだろうかと思考するが聞く気にはなれなかった。
「言葉は通じるのに…。」
「そうだね…。文字が読めないのは辛いよね…でも俺は教えられるようなたまじゃないしなぁ。」
「教本とかは無いんですか?」
「見たことないなぁ。少なくとも家にはないよ。」
「うぅ…どうしよ…悩みごとだらけだよ…。」
元の世界に戻りたいとは思ってはいないものの、この世界に生きづらさを感じているのは確かだ。ハルカの顔色は優れない。少しは広くなったベッドの端にぽふんと転がる。
「とりあえず今日は寝ようか。ハルカさんベッド使ってよ。俺は外で寝るからさ。」
「外なんてダメですよ!虫に襲われちゃう!」
「ここら辺の虫は顔見知りだから大丈夫だよ。それに俺、職業柄野宿は慣れてるんだ。」
ロゼットは立ち上がり着々と外で寝る準備を整える。さすがにここまで良くしてもらうと申し訳なさが勝るのは普通の感覚だ。ハルカは必死の説得を試みるしかない。
「ダメですって!風邪引いちゃう!」
「この程度なら平気だよ。ほら、こっちのランタン外すよ。」
正直に言えば外で寝る方がロゼットの気は楽なのだ。“未経験”の男子に女性と一つ屋根の下というのは落ち着かなくて仕方がない。大元のランタンを消して自分が持つ。まだ不服そうなハルカを尻目に木の幹の小さな家を出た。