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こびとのせかい  作者: 豊田小麦
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第五十八話 ロゼットの仕事

- 第五十八話 商業 -

「ロゼットハ商人ナンダッテナ!アンマリハルカヲ寂シガラセルナヨ!」

「あはは…食べていくには働かないと…」

「女ハ気付タトキニハ隣カラ消エテルコトモアルカラナ!」

「聞いたことなかったけどイトナは彼女とか居るの?」


 イトナは荷車をつけ更には二人を乗せても問題なく道を歩いていた。大蜘蛛に小人の荷物はとても軽く感じる。イトナとロゼットの二人は初対面ということでハルカを中心に会話を広げていた。移動はスムーズで他愛もない話をしているうちに早くも街に着く。


「イトナくんは力持ちだね。ふわふわで乗り心地も良かったよ、ありがとう。」

「ダロ!ロゼットモ何カアッタラ呼ンデクレテイイゾ!ハルカ優先ダケドナ!」

「ふふ、ありがと、イトナ!お土産いっぱい買ってくるね!」

「オウ!楽シンデコイヨ!」


 ロゼットは重い荷物を自分で牽き始める。決められた場所に卸すだけだが荷物はかなりの量だ。手伝おうとしたハルカだがやんわりと制止されただ隣を歩くしかなかった。荷車を牽く腕には力が入っているようで額には汗が滲んでいた。そんな横顔を見て引き締まった体を思い出し一人納得する。暫くしてようやく1件目の店に着いた。レトロな店構えの反物屋だ。


「こんにちは、オーキで布を仕入れてきたんだけどどうかな?」

「あいや、ロゼットさん、お疲れ様だね。ぜひ見せてもらおうか。」

 

 店主が店奥から顔を出してきた。すぐにロゼットと反物や服を広げ値段の交渉をする。ハルカは手持ち無沙汰に店内を眺めていた。色とりどりの布は綺麗だが綺麗というだけでそれ以上の感想が出てこない。こっそりと撫でてみればその肌触りの良さには表情が緩まる。その瞬間声を掛けられギクリと肩を跳ねさせる。


「ハルカ、売り物だから程々にね。」

「あはは…つい…あの、この布は何に使うんですか?」


 商談中に信じられない質問をされた二人は面食らって目を合わせる。布をどう使うかなど何と答えていいかわからない。店主が頬を掻きながら形容しがたい表情で答えた。


「えーと…ウチのは服を仕立てたり、カーテンを作ったり…何にって言われるとあれだけど買った人の好きに使ってもらえたらと思ってるよ。」

「あ…はい。そうですよね…何かごめんなさい。ロゼットもごめんね、お話続けて。」


 気まずそうに二人から離れたハルカだが反物には興味が湧かず店内を歩き続けるしかなかった。二人が話し合いをしているのをBGMにカラフルな生地を眺めていると意識が浮ついてくる。自分の体が自分のものではない感覚だ。そのまま虚ろな目でどのぐらいの時間が経過しただろうか。ロゼットに声を掛けられてハッと濁った瞳に光が灯る。


「お待たせ。ぼんやりしてたけど…暇だった?」

「ううん、なんかぼーっとしちゃった。もういいの?」

「うん、卸し終わったから次行こうか。」


 先ほどより軽くなった荷車を牽いて次の店に向かった。今度の目的地は一軒のカフェだった。扉を開けるとコーヒー豆の挽かれたいい匂いが漂ってくる。そこには紅茶の葉と豆を卸し次の場所を目指す。最初は楽しかったハルカも訪問軒数を重ねるうちにだんだんと嫌になってきてしまった。途中休憩を挟み食事を摂ったが歩いた肉体的疲れより、たくさんの人に出会い値段交渉を耳にして精神の疲弊が酷い。ロゼットと街を歩けるのは楽しいのに表情が暗くなる。


「少し別行動しようか。太陽があの位置、わかる?あそこにくる前に役場前に集合しよう。」

「ごめんね…ロゼットのお仕事の大変さを知ったよ…。役場前かぁ。」

「建物の外だからそんなに町長を警戒しなくても大丈夫だよ。」


 二人で顔を見合わせて苦笑いをする。あの日の痛烈な体験と記憶はなかなか薄れるものではない。それでもそこでの待ち合わせを約束した後に解散した。ロゼットは急ぎ残り少ない商売先に向かい、ハルカは当てもなく街を彷徨う。欲しいものもなければ見たいものもないのでただふらふらと歩くだけだ。適当に街を歩いていると見覚えのある通りに出た。確かこの通りの隅にはあの店がある。


「こんにちはー…?」


 扉をあけて中に入ってみる。ここは前に来たことのあるスミレの家だ。店っぽい構えではないがやはり中には丁寧な装丁の本が20冊程度並んでいる。小人の生きた証を記すそれには流石に軽々しく触れることができなかった。店の奥の居住部分に向かって声を掛けてみる。


「はいはーい、ご夫婦さんですかー?って…ハルカちゃんじゃん、どしたの。」

「特に何ってわけではないんですけど…歩いてたら思い出したので…ちょっと寄ってみたんです。お邪魔ですか?」

「邪魔じゃない邪魔じゃない、俺ハルカちゃん好きなのよ〜寄ってって♡」


 いつも通りの軽口で奥の部屋へと招かれる。突然の訪問であろうと快く迎えてくれる姿は真逆のリオンを思い出してしまい顔が歪んだ。奥に招かれやはり味気のないリビングでお茶を楽しむ。


「まさかハルカちゃんから訪ねてくれるなんてね〜。お兄さんに惚れちゃった?」

「それはないです。」

「相変わらずつれないなぁ。最近字の勉強の方はどう?」


 スミレは年齢不詳だがそれなりに人生の経験があることがうかがえる。気遣いの仕方がうまいのだ。日常の会話から自然とハルカが望んでいる字の勉強へとなだれ込む。一生懸命に続けていると早くも太陽の位置が約束のその時に近づいてきた。ハルカは有意義に時間を使えたことで満足そうに支度をする。スミレへは自分が作ったジャムを次回用意することを約束に家を後にした。

  約束の役場前には荷車の荷物大半を減らすことが出来たロゼットがいた。合流して急ぎ食料を買って積み込む。タイキが来るのを控えているために買う量は普段より多い。再び重くなった荷車を引いてイトナと落ち合う頃には陽が傾いていた。


「オカエリ!スゴイ荷物ダナ!コビトハ夜二動クノ危ナイカラナ、飛バスゾ。」


 イトナに跨ったハルカはすぐに眠気を覚えたがロゼットがそれを諌める。移動中の睡眠は危険なため可哀想ではあるが寝かすわけにはいかない。重い頭をぐらつかせる彼女を支え帰路を辿る。


「ロゼットは凄いね…私じゃ商人は絶対できない…。」

「体力仕事みたいなとこあるからね。今日は疲れたからよく眠れそうだよ。」

「付いて回っただけなのに…もう……、」

「起きて、移動中の睡眠はダメだ。」


 移動中の睡眠が良くないと学んだのはイトナだ、前に自分は起こさずに放置してしまったのを思い出す。疲労している二人のことを考え多少動きが荒くなっても速度を優先する。その甲斐あって陽が沈み切る前には三股木の根本に着いた。ロゼットは足元が覚束無いハルカを支えベッドに寝かせるとイトナへと報酬を支払い別れる。次に荷物を降ろしガタガタの荷車を倉庫に押し込んで家に入り鍵を締める。二人の長かった一日がやっと終わった。

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