第四話 小人
(よかった、ご飯食べてくれてる。…ベッドだけでも綺麗にしないと…。)
ロゼットはまずベッドの上に転がる荷物を全て床へと落とす。最初から足の踏み場もないのだから見た目は特に変わりはないが歩きにくさは増した。泥まみれになったシーツを剥いで汚れた部分が内側になるように丸め、それもまた床に投げる。毛布も同様にしたあとはタンスを漁ってみて洗濯済みのものを探す。荒れに荒れているためそれすらも骨の折れる作業だ。
「あった!」
ようやくたった一枚だけシーツを見つける。ベッドへとシーツを広げ敷いてみるがそこは不器用、皺だらけだ。しかし、物心ついたときから共にしている不器用は今更どうすることもできずそのまま布団を重ね寝床を整えた。
(遊女の人ってどう接すれば良いんだろう…指摘したら傷つくよな…でもいつかは触れないとかもだし…。こんなことなら遊んでみておくんだった…!)
ロゼットは商人という仕事柄旅先で遊郭の客引きにあうことも少なくはなかったが一度も誘いに乗ったことはなかった。奥手なのだ。
思えば遊女を部屋に引き入れるという大胆な行動に、顔から火が出そうな思いに駆られる。こうなってしまえば風呂場が気になって仕方ない。少し落ち着こうと汚れてしまった服を一枚脱ぎ、それで顔を拭う。
(落ち着くんだロゼット…相手は遊女でも、本人が言わなければただの女の子なんだから…っ!)
「上がりましたぁ。」
「ひゃいっ!」
先程とは立場が逆転し、今度はロゼットが慌てたおかしな返事を返す。脱衣場へと視線を向けると自分の寝巻きであるワンピースを引きずるハルカの姿を窺えた。いくら身長に差があるとは言えあまりの不格好さにこちらが申し訳ない気持ちになる。
「ハルカさんて何mm?95無いよね?」
「mm?153cmですよ。」
「そんな大きな人がいたら大変なことになるよ。」
何気ない気持ちで尋ねたが話が噛み合わない。この辺り一番の巨漢でも143mmだ。153cmなど信じられるはずもなくロゼットの明るい笑い声が部屋に響く。しかしハルカの表情はいたって真剣だ。性格柄気を遣って真摯に受け止めるしかなかった。
「俺もかなり大きい方で119mmなんだけど…。」
「えっ!?嘘!私よりこんなに高いのに!?」
頭二つ分位は身長差がありそうで驚愕する。これでmmというのはハルカも信じられるはずがなかった。ロゼットが困惑しながら自分の商業用の鞄を漁り、革で作られたメジャーを取り出す。
「測ってみてもいい?」
「うん…。」
お互いに不安を抱きながら計測をする。革の先端を足で踏み丸められた革を伸ばして刻まれた数値を読み上げる。
「88mm。女性の平均身長が95mmだから少し小さい方だね。」
「本当に、本当に、…88mmなの?」
「測った限りではそうだけど…。」
ハルカの中でカチリと歯車が噛み合う音がした。虫や植物が大きすぎたのではない、自分が小さすぎたのだ。現実を受け止められず、体から力が抜けてへなへなとその場にへたりこむ。
「大丈夫!?」
「大丈夫、です…。あの、少しだけ、放っておいてもらってもいいですか…。」
「あー、うん…ごめん…じゃあ俺も風呂入ってくるね。」
ロゼットは身長の話をした途端挙動不審になったハルカを怪しむがそれ以前に空気がいたたまれず、これ幸いと脱衣場に逃げた。部屋に沈黙が訪れる。
「…私、小さくなっちゃったんだ。」
ハルカの呟きが静かな部屋に吸い込まれていった。