第五十一話 練習
「今日こそ!今日こそ竈やる!」
ハルカは昼過ぎの洗濯後家の中の竈の前に立っていた。三週間くらい家を空けると言っていたロゼットがいつ帰ってきてもいいように料理の腕を磨きたい気持ちは変わっていない、一人言葉を出すことで奮起する 。
(ロゼットにおいしいご飯食べてもらうんだもん!面倒とか、ちょっと扱いが怖いとか言ってられない!)
薪をくべ紙をねじって油に浸し、竈の中へといれる。マッチに火を点すとそれを放り投げてみた。瞬間油に引火して紙が燃える、想像した以上に勢いがよく驚いて尻餅をついてしまった。油を染みさせた木がごうごうと燃え上がるのに、腰を引けさせながら支度を整える。
「おこめ、お米…。」
ユウに教わった通りに釜に蓋を閉め、米を炊くように用意を整える。米が炊けるまでの間に何かをしたらいいことはわかっているが、火がどうなるか心配で竈の前から動くことができない。
「……。」
このような森で火事を起こしてしまえば大惨事になりかねない、見張るべくじっと火を見つめる。ゆらゆら、ゆらゆらとオレンジが揺れ、時折朱色の火花が散る。綺麗な気もするのだが吸い込まれそうで、また自分の居場所を失ってしまいそうで怖くなる。
もとの世界で火事に遭い、両親との思い出が焼けてしまった。友達のタイキは大切な人を失ってしまった。小人になってしまった今、さらに火が恐ろしいものに思えた。
「大丈夫、大丈夫…。」
毎日風呂だって焚いているのだ、炎は怖いものではないと自分に言い聞かせる。胸に手を当てながら深呼吸をして、ロゼットの笑顔を想像する。自分が食事を用意して彼が笑ってくれると思うと気持ちが楽になった。
「あ!時間!」
大分心が楽になると炊飯時間を計ることができないことに気がついた。まだ蓋を開けるには早い気がしてそわそわと竈の前に立つ。暫く見ていたがタオルを手にして思いきり、炊け具合を確認してみた。
「お粥…。」
湯気が上がっているがまだ炊けていなかったらしい、これではお粥だ。しかしこれはこれで悪くないと思い直して卵を取り出しその中へといれた。一気に入れすぎた気もするのだが混ぜていればなんとかなった。あとは醤油と魚粉を放り込むとおじやが完成する。
「…、できたぁ!」
思ったようにうまく炊き上がりはしなかったが、初めてここに来て温かな料理を作った。怖いのですぐに火を消してしまい再燃することがないように確認をしてからお粥を皿へと盛り付けて食卓に運ぶ。スプーンを取り出してきて一人で手を合わせた。
「いただきます!」
水分量と炊く時間を間違ったのか、米には芯が残るのにお粥状態だ。しかし味付けはちょうどよく作ったという満足感で美味しく感じる。さらさらと流し込んではおかわりを盛りつけ、久々にゆっくりと一人の食事を楽しむ。まだまだ腕は未熟だが料理人生始まったばっかりだ。
「ごちそうさまでした!これからは一日一竈!」
片付けだけは手慣れたものだ。洗い物をこなしつつ彼の笑顔を見るため新たな目標を立て意気込んだ。