第五十話 日々
「…ハルカ…朝。」
「んー…おふぁよ…。」
二人でそのまま朝を迎え、先に目を覚ましたタイキがハルカを起こす。目覚まし時計というものがないこの世界では、起きるのは自分の力だけが頼りだ。毎朝の習慣があるタイキは起き上がってまだ眠気眼のハルカを起き上がらせてやる。
「うーん…。まだ眠いよぅ…。」
「でも、朝…だから…。」
タイキはすっと立ち上がり、今度はベッドに座ったまま動こうとしないハルカを抱き上げてリビングへと運ぶ。動くのを待つより自分で動かしてしまったほうが早いのだ。ソファの上に寝かせておいて朝食の支度を始める。
昨日の寸胴鍋に残っていたオイル煮の具材を取り出して一口大に刻み、生野菜とチーズを一緒にパンで挟むとお手軽にサンドイッチが完成した。一つでは足りないためにいくつか用意してテーブルに運ぶともう一度小さな体を揺する。
「ハルカ…起きて……ごはん。」
「はぁーい…。タイちゃんありがと…。」
ハルカはまだ起ききらない頭でものを考えなんとか体を起こし、手を合わせたあとタイキと朝食を共にする。口を動かしてものを食べていると少しずつではあるが意識が覚醒してきた。朝ごはんは夕食ほど量を必要とせずサンドイッチをひとつ食べただけでしまいとする。
「おいしかったぁ、ごちそうさまでした!」
「…ん。」
タイキが作ってくれたのだからと、目が覚めたハルカが率先して洗い物をする。あとは各々支度を整え家を出るだけだ。タイキはもちろんのこと今日はハルカもダータのところで仕事があるため、あまり息をつく暇はなく一緒に家を出た。
ハルカはタイキの案内を受け道を覚えようとするがこれがなかなかに難しい、森のなかは目印になるようなものが少なく感覚で刻み込んでいくしかないのだ。わかりやすいリオンの家のありがたみが今になってわかる。
「それじゃ、またねタイちゃん!」
「ん…。」
自分の家の近くになり道がわかるようになるとタイキと別れて帰る。家の前にはすでにイトナが待っており、駆け寄ってふさふさの体に抱き付く。
「おはよ、イトナ!」
「オハヨ、ハルカ!今日モ頑張ッテ行コウ!」
独占契約を結んでいるために仕事は快適に向かえる。ウサギの時のように気を遣う必要はないし、イトナの乗り心地は抜群だ。タイキと仲良くしていることを話し、森の中のお勧めスポットを聞き楽しく会話をしながら街へと進む。
「ジャア陽ガ落チハジメルクライニ来ルカラナ!」
街の中に入るとイトナと別れ、真っ直ぐ『grandma JAM』に向かう。祭日ではない仕事日は初めてなので少し緊張しながらcloseの看板がかけられた扉を開く。すぐにダータの姿を見つけ、嬉しそうに声をかけた。
「おはようございまーす!」
「あらぁ、おはよう、ハルカちゃん。今日も頑張りましょうねぇ。」
「はい!」
「まずはフルーツを洗うところから始めましょうねぇ。」
ダータは簡単に言うがフルーツがこんなにも重いものだとは思いもしなかった。今まではつまんで食べることのできたイチゴも運ぶのでいっぱいいっぱいだ。大きな洗い場へと持っていって見よう見まねで種の窪みまできちんと洗う。
「重労働ですね…。」
「そうなのよぉ。それで若い人手がほしくてねぇ。あらぁ…きれいに洗ってくれてありがとうねぇ。そしたら、一口味見してもらってもいいかしらぁ?」
「あっ、はい。……あれっ?色のわりにちょっとすっぱいです。」
「そう、そうなのよぉ。だから今回のは砂糖の量を増やして甘くするんじゃなく、量を減らして甘酸っぱいのを作るのよぉ。」
イチゴはよく拭いて水気をとる。本当はメモを取りながら話を聞きたいのだが、まだ小人の文字はうまく扱えない。自分の慣れたものを使うのも不自然で必死に覚えようと頷く。ダータは気難しい顔で話を聞くハルカを見て笑ってしまった。くすくすと楽しそうに肩を揺らす。
「ハルカちゃん。お砂糖の量もいれるタイミングも、味付けも、気温や湿度、フルーツの種類やでき、味によって違うのよぉ。これは感覚で覚えるしかないからもっと笑って気楽に聞いてちょうだい。」
「うぅ…決まりがないって難しいです…。」
「そうねぇ。でもだからこそ、どんなフルーツでもみんないにおいしいって言ってもらえるジャムができるのよぉ。時間をかけて感覚を身に付けていきましょうねぇ。」
「はい!」
ダータの指示を受けながら大鍋にイチゴをいれてそこに大量の砂糖をいれる。普段より少ないと言ってもこんなにも使われているものなのかと驚いた。果肉を潰しながら高火力で煮詰める。
「あ…溢れちゃっ…!」
「大丈夫よぉ。そのまま混ぜてねぇ。」
「あつ、熱い!熱い!」
「熱は我慢よぉ。ほら、頑張ってぇ。」
まともに竈を扱えないハルカは初めてのジャム作りにてんやわんやだ。鍋の中の膨張が収まり泡が減ってくる頃には熱と焦りで汗だくになっていた。しかしその甲斐あってだんだんと鍋の中身はジャムらしくなってくる。
「ここからは難しいから代わりましょうねぇ。」
さすがに素人に煮詰め具合や濃度は難しいだろうとダータが代わる。ハルカは汗を拭いながら食い入るように鍋の状態を見つめた。先程までは粘度が少なかったがすぐに粘りが増してきて自分では飴状にしてしまったかもしれない。
「あとは熱いうちに瓶に入れるのよぉ。」
「は、はいっ!」
ダータと二人で出来上がったジャムを二人で瓶へと詰めていく。大鍋の中が空になるとハルカは張りつめていた緊張の糸が切れてへたりこんでしまった。汗を拭い、ホッと一息ため息をつく。
「うふふ、お疲れ様ぁ。これで今週分のイチゴジャムが完成ねぇ。休憩して、次はブルーベリーのを作りましょうねぇ。」
「はーい…。」
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「ジャム作りって…体力いるんですねー…。」
「うふふ、今日は一日ご苦労様。そうなのよぉ、でもねぇ、みんながおいしいって言ってくれるとこの苦労も吹き飛ぶわよぉ。」
「おばあちゃんはすごいです…。私くたくたでまだそんなことまで想像できないです…。」
「販売の日が楽しみねぇ。ほらぁこれ持って、今日はまず、自分で作りたてを味わってみてねぇ。」
「やったぁ!ありがとうおばあちゃん!」
今日できたばかりのイチゴジャムを受け取りにっこりと笑う。自分で作ったからなのか瓶の中で輝く赤色がより一層きれいに感じられた。仕事も終わりダータとゆっくりしたいところではあるがハルカには時間がない。夜に移動をするというのは危険だと最近聞かされ続けてようやく身に染みてきていた。
「ハルカちゃん、気を付けて帰ってねぇ。明後日も待ってるわぁ。」
「うんっ!また来ます、ジャムありがとうおばあちゃん!」
「いいえぇ、ふふ、さよならぁ。」
ダータと別れ、移動処に行くとすでにイトナが待っていた。ふわふわの体に突進するようにして抱きつく。数ある足の中の一本が柔らかく包み込んでくれたあとに上に昇るよう促してくれる。
「オカエリ!ハルカ!」
「イトナー!疲れたよぅー。」
「ウン、暗クナル前ダカラ急グケド楽ニシテロ!」
「ありがとイトナ。今日はおばあちゃんからジャムもらってきたからお夕飯に一緒に食べよ。」
「オウ!」
森までの長い道のりをイトナに任せ家につく。もらった作りたてのジャムはよほど美味しく調子にのって一瓶全部を二人で空け、その日三股木の灯りは遅くまで消えることがなかった。