第三話 女、ハルカ
────ぐうううぅ。
突如部屋に響き渡った異音。ハルから腹の虫が鳴いた音だった。ロゼットは面食らった顔をし、ハルカは恥ずかしさと気まずさに人差し指で頬を掻く。少しの間沈黙が空間を支配する。
「ごめん、お腹空いてるんだよね。ちょっと待ってて。」
「あの、ごめんねお構い無く!」
お人好しなロゼットが放っておくはずもなく、革鞄から包みにくるまれたサンドイッチを取り出す。オレンジピールの甘酸っぱい香りと、クリームチーズの濃厚な香りが混ざりあって部屋を満たした。売り物の雪解け水の瓶を取り出して一緒にハルカのそばに置いてやる。
「これ、昼間にお客さんからもらったんだ。よかったら食べて。俺お風呂沸かしてくるよ。」
「そんなっ…あの、大丈夫ですから…。」
「遠慮しないでよ、ね。」
言うだけ言ってロゼットは風呂場へと消える。水道はあれど電気もガスもない、自分で薪をくべて風呂を焚かねばならないのだ。残されたハルカは空腹に耐えかねて包みに手を伸ばしてみる。包みを開けるとふわふわの麦パンにクリームチーズがたっぷりと塗られ、レタスがふんだんに挟まれている。煮詰められたオレンジピールが食欲を煽る。
「いっ…いただきます!」
本能のままにがぶりと大口を開けて食らいつく。久しい食事に幸福を感じ涙が滲んだ。行儀もなくそのままがつがつと掻き込んでいき、あっと言う間に食べ終えて瓶に口をつける。冷たい水が体に染み込んでいく、死んでいたわけではないが生き返るような心地だ。
「美味しかったぁ。」
先程の遠慮はどこへやら、整えられた食事はすぐに消えた。欲求が満たされれば改めて状況を考える余裕ができる。自分の格好は痛いほどに自覚しているが、それ以上に気になる部分もある。
(汚い部屋だなぁ…。)
物が乱雑に転がり、溢れかえっている部屋はとても人が暮らしているようには思えない。泥棒が入りたてだと言われる方がまだ納得できる。それほどにこの部屋は汚れていた。
(ここはどこなんだろう。虫は大きいし気持ち悪いし、木の実は大きいし落ちてきて押し潰されそうになるし…。)
一人でいると様々なことが頭を過り、頭痛すら覚えそうになる。自分の知る世界では最後、神社で神を呪いそれでも救いを求めていたはずだった。しかし、次に目を覚ましたときは全てが大きい森の中でひたすらさ迷うこととなり、今に至る。
(ロゼットさんが助けてくれたんだよね?ご飯もくれたし悪い人ではなさそうだけど…あ、でも「助けたんだから、これくらい良いよね?」とか言われて好き放題されたらどうしよう…っ!逃げ、逃げるべきなのかな!?)
「ハルカさん、起きてる?」
「ひゃいっ!」
ロゼットが脱衣場から顔を覗かせる。いつも冷水シャワーで我慢する生活からの風呂焚きはハードルが高かったようで、顔が煤で真っ黒に汚れ服も大分黒ずんでしまっている。
「俺の服で良ければ貸すからお風呂入ってきなよ。その格好じゃ寒いだろうし…不快だよね?」
「……ありがとう、借ります。」
(逃げるにしても服とお風呂借りてからでも遅くないよね。)
ハルカはロゼットから服を借り、脱衣場へと姿を消した。