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こびとのせかい  作者: 豊田小麦
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第四十七話 ハルカとタイキ

「こうやって…練り…だんご……つけて。」

「えっと…こう?」

「うん、…外れないよう…しっかり。」

「よっ、しょ…!」


 二人で近くの水溜まりに来ていた。水溜まりといっても石できちんと囲いを作り、雨が降れば枯れないように作られているものだ。中には雑魚が泳いでいるようでそこに練りだんごをつけた針糸を垂らす。あとは竿を持ってゆっくりと時が経つのが待つだけだ。


「お魚、どう料理するの?」

「…蒸し焼き。」

「考えただけでお腹すくなぁ。」


 二人で並んで一本の竿を持ち、ゆったりとした会話を楽しみながら魚がかかるのを待つ。夕方までは他愛のない会話を楽しんでいたが突如大きく竿が揺れる。すぐにタイキが力を込めて竿を握りハルカは慌てて網を持つ。ぐいぐいと力を込め竿を引いていくと魚が見えてきた。それをハルカが懸命に網で掬う。


「あ、わ…重っ、ひゃあああっ!」

「ハルカっ…!」


 タイキが手を伸ばすも間に合わず、重さに負けた彼女はバランスを崩し掬った魚ごと水溜まりに落ちた。バチャンッ、という大きな音が響き渡り泳いでいた小魚は逃げていく。それでもハルカは網だけは離さないようにしていたが着衣のまま泳げるほど器用ではない。ざばざばと水を掻き分け何とか溺れないようにもがく。

 すぐにタイキが竿を投げ出しハルカを助けに飛び込んだ。溺れないように首辺りに腕を回し浅くなっている部分まで引き寄せて泳ぐ。彼の方は着衣水泳も余裕だ。


「うえぇ…。」


 タイキは頑なに網を離さなかったハルカに感心しながらそれごと持ち上げて地へと足をつく。すっかりずぶ濡れになり、細かなごみがついてしまった彼女を綺麗にしてやりながら話しかける。


「大丈夫…?」

「大丈夫…。持ち上げたら意外と重くって…。」

「俺も…持てば…よかった。……でも、離さないで、くれたから…ほら。」


 網の中にしっかりと魚が入っていた。二人とも濡れてはしまったが夕飯の調達はできたのだ。ハルカの表情が何とも言えないものに変わる。


「ごめんね…タイちゃんまでびしょ濡れになっちゃった…。」

「いい…帰って…お風呂、沸かそ。」

「…ごめんね。」


 タイキが自分の失敗を咎める素振りは一切見せないものの、それでも気が重かった。折角上手く釣れていたのに自分が最後をしくじったために台無しにしてしまったのだ、いくら魚が手に入ったと言えど手放しに喜ぶ気にはなれない。


「……ハルカ。」

「うん?」

「苦労した分……魚、楽しみ…だね。」


 タイキがいつも無表情に近いその顔に微かな笑みを携え、ぽつりと小さく呟く。嫌味などではなく心の底からそう思っており、全身余すところなく濡れているのにどこか楽しそうだ。むやみやたらと励まされるよりハルカの心は大分楽になった。次は頑張ろうという気持ちに切り替わる。


「うん!美味しく作ろうね!」

「…ん。」


 失敗を笑いながら帰路へと着くとその道のりはあっという間だった。家に着くとすぐにタイキが風呂を焚きにかかる。さすがに家が石造りと言えど濡れた格好のまま上がるのが気を引けたハルカは一人外で陽に当たり少しでも服を乾かそうとしていた。

 夕方のオレンジ色に染まった日差しが柔らかく照りつけてくる、ただそれだけのことだったのに言い様のない寂しさが胸を満たした。世界に一人きりになったような、自分だけが切り取られて時が止まったような、言葉にはできない不安に駆られる。


「ハルカ…。」

「タイちゃぁん…。」

「…大丈、夫?」


 シャワーの支度を整えたタイキはハルカを呼びに来て驚いた。特に何事も起きていなさそうなのに今にも泣き出しそうな顔でこちらを振り向いたからだ。慌てて駆け寄り小さな背中を擦る。小刻みな震えが伝わってきてこの短時間に脅かされることがあったのか、と神経を張り巡らすが自分達以外の気配は感じない。


「…もう、大丈夫。ごめんね、タイちゃん。」

「シャワー…使える、から…家、入って。」


 タイキは深くを詮索はしない質だ。ハルカが何も言わないのなら聞こうとはせず、遠慮する背を促して室内へと招き入れる。そのまま脱衣場へと直行させ鞄を差し入れるとその場から退いて部屋へと戻る。全身が濡れているというのに衣服を脱ごうとはしなかった。

 ハルカが戻ってくるまで黙々と家の中でも出来る仕事として包丁を研ぐ。砥石に刃を当てて磨るという作業は精神統一にもなり、先程のハルカを見て動揺した気持ちを落ち着ける。職人技と言えるような切れ味に仕立てあげてからまたもう一本と取りかかる、料理人のユウから預かったものなので本数が多い。


「タイちゃん、上がったよー。ごめんね、先入らしてもらっちゃって。」

「…いい。俺も…、入ってくる。」


 湯の温かさのおかげか先程より顔色がよくなったハルカに声をかけられて安心する。女性の暗い表情をみるのはあまり心地がいいとは言えない。仕事道具は避けておき、自分も風呂の支度を整えた。


「好きに…休んで、て。」

「うん、ありがとう。」


 好きに休めと言われてもハルカは時間の使い方がいまいち下手だ、タイキが部屋から居なくなってしまうとやることもなく時間をもて余す。元の世界では時間があれば寝て休息をとり、暇があれば勉強をしていた。何か趣味があったかと聞かれれば返事に困るし、家の中での楽しみかたを知らない。タイキは仕事をしていたようだが自分はなにもすることがなくソファの上で丸まる。


「何か趣味がほしいなぁ。」


 今まででは思いもしなかった感情が芽生えてきた。ただ趣味というのは作ろうと思って手に入れるものではなく、自分がその物事を好きだから趣味なのだ。今までこの世界で楽しかったことを思い返すが、会話や食事が思い浮かび物事ではこれというものはない。


「んー…。」

「…どう、したの?」


 悩んでいる間に時間が経過していたらしい。シャワーを浴び終えたタイキが戻ってきた。動きやすそうなぴたりとしたタイプのシャツにハーフパンツを穿いている。髪の毛を乾かすのが面倒なのかぽたぽたと滴が垂れていた。


「ちょっと考え事してただけ。髪の毛ちゃんと乾かさないと風邪引いちゃうよー。」

「…大丈夫。」

「だめだよ、ほら、乾かすから座って。」


 タイキをソファに座らせると後ろに回ってタオルを手に取り、髪の毛をわしゃわしゃと掻き回す。ソファに座ってもらっても自分より高い身長に少し腕が痛くなるがそこは我慢だ。


「夏でも油断大敵だよー。」

「…ん。」


 しばらくタオルドライを続けあらかた乾いてくると、タオルを捌け手で直接湿り気を確認してみる。ドライヤーというものが存在しないため仕上げは出来ずこれで終えた。ふわふわと跳ねるタイキの髪の毛は可愛らしく、意味もなく触れていたくなる。


「くすぐ、たい…。」

「ふふ、もういいよ。…あれ…?」

「あ…。」


 ふと、普段は髪の毛で隠れている項下から広がる何かの痕を見つけた。すぐにタイキが手で首を覆ってしまったためよくわからなかったが、聞いていいものかもわからない。二人の間に沈黙が走る。しばらくしてようやく重い口が開かれた。


「あの、タイちゃん…嫌だったらいいんだけどね、首、どうかしたの?」

「ん……。…明るい……話じゃ…ない。けど…聞く?」

「聞かれて嫌じゃなければ…。」

「…うん…やじゃ、ない…。」


 嫌ではないというタイキの気持ちに嘘はないが、心地のいい話ではないらしい。重い空気が漂うなかタイキの過去が語られることとなった。

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