第四十三話 造本家、スミレ
「ハールカちゃん。」
「ひゃあ!…スミレさん…。ついてこないで下さい!」
「つれないこと言うなって。奢るからごはん行こーよ。ねっ?」
「嫌ですってば!」
「えー、何でそんな嫌がんの。」
スミレはすぐにハルカに追い付いていた。黒髪というのは見かけない色であり発見しやすい。後ろから思いきり抱きついて思いきり拒否をされる。それでも引く姿勢は見せるどころか、詰め寄って小さな体を抱き締める。
「止めてください!離して!変態!」
「なーんかそういうウブな反応されちゃうとお兄さん燃えるんだけど。もーこう、わしゃわしゃって可愛がりたい!」
「きゃー!イトナ助けてぇっ!」
いやらしさを感じる触り方ではないにしろハルカにはこの過剰なスキンシップが苦痛だった。名前と出身地しか知りもしない年上の男性に構われても嫌な気しか起きない。抵抗を試みても体格差で負けてしまい、周りは微笑ましく眺めるだけで手出しをしてこず、八方塞がりになってしまった。
「あ、そうだ。ハルカちゃん。ライスバーガーどうだった?」
「美味しかったです…。」
「それならよかった。造本の息抜きに思い付いたんだけど食ってるうちに美味いのかわかんなくなっちゃったんだよね。」
「ぞうほん?ぞうほんってなんですか?」
「造本ってのは本を作ること。俺は継書しか作らないけど、造本家なの。」
ハルカの中の好奇心が疼いた。あれほどに大切なものを作っている人に出会っていたとは思っていなかった。先程までぐいぐいと押し続けていた腕の力が緩まって抱擁を受け入れながら顔を伏せる。
「気になる?なら俺の家に一名様ご案内~。」
「いいです!家は行きたくないです!」
「なんでぇ~?珍しいもん見せてやれる自信はあるぞ?」
「やだ!やっぱり怪しいもん…。」
「…。怪しくないって!」
「今間があったもん!行かない!」
また押し問答が始まる。やめるやめないから今度は行く行かないへと切り替わった。不毛な争いが往来で繰り広げられていてもやはり小人は首を突っ込んでこない。見て見ぬふりというわけではなくとことん見守るスタンスだ。恐らくカップルの可愛い言い争いぐらいにしか捉えていない。
「…まぁ、そんなに嫌なら無理強いは止めてあげようかな。ポポロイで唯一の継書造本家を逃すのならそれはそれでありだよね。」
「うっ…。」
「じゃ、俺帰るからー。来週ジャム期待してるよ。」
先程までの押しっぷりは何だったのか、ハルカが惜しいかと考えているうちに本当にスミレはいなくなってしまった。一人残されて少しもやもやとした気持ちを抱きながら移動処に行く。イトナの姿はまだなく、しゃがんで行き交う人々を眺める。どの人もこの人も普通にしていれば小人には見えないが、動物たちと対比してやはり小さい。
「小人かぁ…。黒髪の人って全然居ないんだなぁ、皆カラフル。」
先程のスミレといい紫色や、リオンの秘匿色など、元いた世界では自然にはあり得ない色ばかりに溢れていた。観察しているだけでとてもきれいで心が踊る。男女の身長差が大きいのもひとつの特徴のようだ。少し眺めているだけで気がつけることはたくさんある。
「ハルカ!オ待タセ!」
「イトナ!帰ろー!ちょっと疲れちゃった。」
「オウ!オ疲レ様。」
イトナに跨がって森を目指す。イトナほどの大蜘蛛は珍しいらしく注目を浴びるが、ハルカは気にならなかった。物珍しい気持ちもわかるが生物は性格であり、見た目に大した意味などはない。考え方が変わり始めている。
「仕事ハ、ドウダッタ?」
「楽しかったよ!あとでジャムあげるね!でね、これから奇数日に──…」
二人で今後の予定を話し合う。ハルカはすっかりイトナと仲良くなっており仕事の日の独占契約を結んだ。最初は気持ちの悪かったふわふわの毛も今ではすっかり気持ちのよい絨毯だ。腹這いに横になってリラックスしながら家へと向かう。
「イトナは家族とかいないの?」
「ウーン…小人ト、概念ガ違ウカラナァ…。」
「そっかぁ。おうちはあるの?」
「一応ハナ!ハルカノ家ミタイニ、キチントシタ造リジャナイケド!」
「そっか!今度遊びに行っても良い?」
「オウ!」
並みのカップルより仲睦まじい空気を醸し出す。お互いがお互いを心地よく思っているのが言葉に出さずとも伝わる。その空気のせいもあるが、何より本当に疲れていたようでハルカは移動中にイトナの背の上で眠ってしまった。イトナはそれに気がつきより一層動きを気にかけて進む。足音ぐらいはもう意識にないようなので変わらずにいた。
「ハルカ、ハルカ。」
「うん…?ロゼット…?」
「オレ、イトナ!着イタゾ!」
「えっ?あ!ごめんね、寝ちゃって…!」
「ウウン、疲レテタンダロ、仕方無イ、遠慮スルナ!」
三股木のロゼットの家へと到着し、イトナがハルカを地面に下ろす。そこで今日の物品のやり取りがなされた。ジャムを受け取りイトナは嬉しそうにキチキチと顎を鳴らして自分の背へと瓶を乗せる。バランスを取るのはお手の物だ。
「オレ、帰ル!明々後日、マタ来ルナ!」
「寄っていかないの?」
「ハルカ、疲レテルダロ!マタ、明々後日会エルカラナ!」
「うん、わかった!また明々後日ね!」
ちょっとしたハプニングという出会いもありつつ、ハルカの仕事一日目は幕を閉じた。