第四十二話 初給料
「どこで食べればいいんだろ…。」
外に来てみたはいいがハルカは悩んでいた。一人で街を回ったことなどないし、どの店がどんな感じなのかわからない。何とか見た目で高そう高くなさそうくらいしか理解できなかった。
「ねねね、ちょいとそこいくお嬢さん。」
「…。」
「無視しないでよー、黒髪の彼女!」
「………えっ、私?」
「そうそう、キミだよキミ。」
広間の端で声を掛けられるが、知り合いのほとんど居ないこの世界でまさか自分に宛てた声だとは思わない。そのまま過ぎ去ろうとしたところで特徴を言われ当てはまり、周りに他に該当者がいなさそうなのを確認して初めて反応を示した。
声を掛けてきた男性は屋台を営んでいた。目の前には包みに入ったたくさんの何かが売られていた。中身が見えないので何かはわからないが包装紙からして食べ物のようだ。
「お昼まだならこれ買わない?キミ可愛いから3つで100テナでいいよ☆」
歳は二十代半ばぐらいに見えるが、話し方と立ち居振舞いから随分と軽い印象を受ける男性だ。語尾のタイミングで投げキッスをする様子を見て正直関わりたくない人種だと感じる。しかし、中身が何かはわからないが3つ買えれば自分とダータとイトナへのお土産と行き渡るため足を止める。
「これ中身ね、ライスバーガー。バーガーってパンだけじゃなくてもいいよなぁって思って作ってみたのよ。」
「じゃあ…下さい。」
「毎度あり!今なら俺のちゅーもつけちゃうよ。どう?」
「要らないです。」
「えっ。つれないなあ。」
早くこの軽いノリの人と離れたい、その一心を抱えながら事務的に返事をする。100テナを支払いライスバーガーを3つ受け取る。軽く会釈をしてすぐにその場を離れた。
店内で食べると臭いが気になるだろうかと気を遣って食べれそうな場所を探す。本当は先程の広場が一番いいのだが戻る気にはなれなかった。
「あ、おばあちゃんと食べよ!」
外に出るにしろでないにしろせっかく数があるのだからダータと食事をとろうと思い付く。急いで『grandma JAM』へと帰った。扉を開けると少し驚いたようにダータがこちらを見てくる。
「あらぁ、早かったわねぇ。」
「おばあちゃんの分も買ってきました!一緒に食べましょう!」
「あらあらぁ、いいのにぃ。気を遣わせてしまってごめんなさいねぇ。」
二人で店の裏へと入り椅子を並べる。一つはイトナへのお土産に自分の鞄へとしまってからダータと包みを開けてみる。中には平べったく成形して焼かれたライスに干し肉をバーグ状にしたものと野菜のおろしが挟まれていた。売ってた人の印象の割に中身はまともだとハルカは内心悪態付く。
「それじゃあ、いただきましょうかねぇ。」
「いただきますっ!」
二人で同時に食べてみる。おろし自体にポン酢で味付けがされているらしくさっぱりとした味わいだ。それが香ばしく焼かれたライスとマッチして食が進む。
「美味しいわねぇ。お米のバーガーなんて初めて食べたわぁ。」
「はい、美味しいですね!」
二人でにこにこと笑いながら舌鼓を打つ。時折店の方から客の声がするとハルカが立ち上がって接客に向かった。すっかりここの販売店員である。100から下の端数が存在しないため、おつりを渡すのもとても楽でレジはあっという間に慣れた。
「またちょっと忙しくなるだろうから、もうひと頑張りしましょうねぇ。」
「はい!」
食事を終え、太陽が燦々と照りつける時間帯になればまた客足が増えた。なるべく笑顔で狭い店内を何とか整理し、ひっきりなしに働いていると夕方前には商品がなくなった。なくなってしまえば売りようがない、店の看板をクローズへと変える。
「お疲れ様ぁ、いつもは夕方過ぎまでかかっちゃうんだけど…さすが早いわねぇ。」
「えへへっ!ありがとうございます!」
「今日はどのぐらいの金額になったかしらぁ?」
「えっと…全部で…11300テナです!」
「そしたら…材料費が3200テナだから…8100テナの儲けねぇ。ハルカちゃんには半分の4100テナが今祭日のお給料でいいかしらぁ?」
「今祭日って…。」
「毎祭日ごとをお給料の日にしようと思うのよぉ。毎回同じものを仕入れられるわけではないから金額は一定でないのだけど…。」
小人の世界の日付感覚は曖昧には理解しているが完全でないためハルカは手探り状態でダータの話を聞く。つまりは週給制ということらしい。今回は祭日以外の奇数日に働いていないことに気がついた。
「あのっ!今回祭日しか働いてないのでもっと安くても…。」
「いいのよぉ。」
「私の気が引けます!あの、えっと…そうだ!今回お金はもっと安くてもいいのでジャムをいただきたいです!」
「でもぉ…。」
「お願いします!」
ダータは大して外に出ることができないため、日用生活品と薬以外であまりお金を使うことがない。しかしハルカの粘りに負けて3000テナを用意し、裏から自宅用に二個とっておいた日向夏のジャムを一つだけ取ってくる。
「本当にこれでいいのぉ?」
「はい!次の奇数日からはバリバリ働くので!…今日はこれでも貰いすぎなくらいです…。」
「そんなことないわぁ。とっても助かったわよぉ。看板娘になる日も遠くないわねぇ。」
今祭日の給料を受け渡しつつ、大袈裟に誉めてくるダータに気恥ずかしくなってしまって俯く。その顔は赤く染まっていた。こんな風に誉められるということが少なかったのだ。
「こーんにーちはぁー。」
「あ、ごめんなさい。今日はもう店じまいで…あ。」
「あれっ?キミお昼のかわいこちゃん!ダータさんのお店の子だったの?いやー、これは縁だね。俺と夕飯行こう。」
「行きません。」
「あらあらぁ、スミレちゃんは積極的ねぇ。」
「あ、ダータさん、ご無沙汰してます。うちのジャムなくなったんで買いに来たんですけどー…ここからもなくなったあとですね…。」
ハルカは受け取るものを受け取ったのでこの人物がいるのなら早くお暇したかった。こういうタイプの男性は苦手だ。いくらダータの顔見知りだとしても自分は深く関わりたくはない。
「黒髪のキミ、名前は?俺はカフィニーのスミレ。スミレちゃんって呼んでね。」
「ポポロイのハルカです。よろしくお願いします、スミレさん。」
「…ん?ポポロイって…ここだよな?」
「……。」
「言いたくないならいーから、ごめんね。」
一応自己紹介をしたはいいがハルカの態度はつっけんどんだ。ダータは若い子同士の話なので首を突っ込んだりはせず大人しく成り行きを見守る。出来れば仲良くしてほしいという気持ちはあるがそれをおくびにも出したりはしない。
「あの、ダータおばあちゃん、今日はもう帰ります!また明日来ますね!」
「じゃあ、俺も帰ります。ダータさん、今度は取り置きしてね、梨ジャム。」
「そうねぇ。しばらくは用事があるからぁ…。悪いんだけど3日に来てもらえるかしらぁ?待ってるわねぇ、ハルカちゃん。スミレちゃんも来るってわかったから取っておくわぁ。」
ハルカは頷きスミレが話しているうちに急いで店を出た。スミレがそのすぐあとに出てきたことを彼女はまだ知らない。