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こびとのせかい  作者: 豊田小麦
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第四十話 初めての…。

 コンコン


 一人で暇疲れしているハルカにとって最近ノックの音が心地よくなってきていた。誰かしらと何かしらを話し時間を共有するということは楽しいことだ。初めて竈で料理をしてみようというときに来客があった。


「はぁーい、今開けます。」


 てっきり竈に気をとられて油断してしまっていた。扉の前にいたのは町長であるクラウスだった。前回少し打ち解けたとはいえ苦手意識が消えずぎくりと身を強張らせる。


「この前ぶりだな。」

「そうですね…。」

「ロゼの帰宅はまだか?」

「まだです。」

「帰宅したらすぐ俺のところに来るように伝えてくれ。あと…そうだな、この際お前でいい。マデトーノのダータという婆さんを知っているか?」


 玄関先で用件を話させるのもなんだが家にあげるというのも気が引ける。クラウスが話し始めたのをいいことに そのまま続けさせた。マデトーノのダータ、聞き覚えがある名前だ。少し考えて美味しいジャム屋のおばあさんだと思い出しこくこくと頷いてみせる。


「はい、ジャム屋さんのおばあちゃんですよね。」

「そうだ。ダータ婆さんがロゼットに用があると言っていたんだが留守だろう。俺は忙しいからハルカ、代わりに用件を聞いてくれないか?」

「はぁ…いいですよ。私は時間をもて余してるので。」


 暇人扱いを受けているのだと感じ、少しムッとするが本当に暇人であるため嫌味に返す。あの優しそうなおばあさんにもう一度会えるのは魅力的であった。やはりクラウスを家にあげようとはせず軽く支度を整える。


「送迎はこちらで担当しよう。」

「ありがとうございます。」


 支度が終わると家を出て鍵を締め、ササラと呼ばれているカワウソの鞍に乗り込む。カワウソの乗り心地は猫までとはいかなくてもかなりよく、クラウスとの時間に退屈しているハルカには眠気をもたらした。こくりこくりと船を漕ぎながらも何とか意識を保つ。


「退屈そうだな。顔に書いてあるぞ。」

「えっ…!そんなことないです…。」

「前に言っていた祭りの話でもしようかと思っていたが…。気が変わった。」

「聞きたい!教えてください。」

「今日は気乗りしないからまたの機会だな。」


 ハルカの反応が派手なのを面白がりクラウスは意地悪をする。話す話さないで揉めているうちに街へとついてしまった。結局聞かずじまいに終わってしまったためハルカの頬は大きく膨らんでいた。街へと降り立つや否や町長に一礼して『grandma JAM』を目指して歩く。商店街の一角にあるそこはあまり綺麗な外観ではないことを覚えており、比較的容易に見つけることができた。


「こんにちはー。」


 挨拶をしながら店内に入る。やはり薄暗いが美味しいジャムと優しそうなおばあさんが待っていると思えば怖くない。少しすると店内奥の扉が空いた。


「おやおやぁ、ロゼットちゃんの彼女の…。」

「彼女じゃなくて同居人ですよー。ハルカです。この前はジャムありがとうございました!すっごいおいしかったです!」

「うふふ、ありがとうねぇ。…今日はロゼットちゃんは一緒じゃないのぉ?」

「ロゼットは今商売に出ているんです。何か用があるみたいだったので私が代わりに来ました。」


 長時間立っているのが辛いダータはロッキングチェアに腰を掛ける。その状態でハルカを少し眺めてパァッと表情を輝かせた。両手の指の先端同士を絡めて話し出す。


「ねぇ、ハルカちゃん。お仕事はしているの?」

「うっ…。ま、まだ…。」

「なら家で働いてみない?もう私も歳でジャム作りから販売までいっぱいいっぱいなのよぉ。ロゼットちゃんに働ける子を探して紹介を頼みたかったんだけど…ハルカちゃんが働いてくれるならその手間も省けるわぁ。」

「!?…ッ!」


 思いもよらなかった提案に驚くハルカ。たいした取り柄のない自分がスカウトを受けるなど有り得ないことだと慌てる。働くに支障がありそうな部分も持ち合わせており、申し出は嬉しいのだが混乱して言葉を詰まらせてしまった。


「あ、あのっ!私、文字も読めないし、竈はまだ知識だけで全然で…!ダータおばあちゃんのお役に立てないです…!」

「文字はいいわよぉ。ラベルは私が書くから。竈も練習すればいいじゃない。でもそうねぇ…計算はできるかしら?」

「計算はできます!でも、他は本当に自信がなくて…おばあちゃんに迷惑かけちゃう…。」

「少しずつ頑張ればいいじゃないのぉ。最初はフルーツ洗いからゆっくり覚えて、祭日は販売してくれれば御の字だわぁ。もちろんお給金も払うわよぉ。…高給は無理だけどねぇ…。」


 この世界でここまで人に必要とされたのは初めてだった。働いてほしいと強く願われるのに嫌な気はしない。それでもこの優しいおばあさんに迷惑をかけてしまうことだけは避けたくて腹が決まらない。


「働きたいですけど…。でもやっぱりもっと優秀な人のほうが…。」

「いいのよぉ、優秀じゃなくてぇ。ジャム作りは気持ちが大切だし明るい笑顔で接客してくれればそれで言うことないわぁ。まずはやってみて、それで無理なら辞めてくれたらいいから、ねぇ?」

「わっ…わかりました!おばあちゃんがそこまで言ってくれるなら、私…頑張ります!」

「うふふ、ありがとうねぇ。毎月奇数日と祭日をお仕事曜日にしましょうねぇ。」


 ダータが辛い体を押して立ち上がる。とうとう決心したハルカの手を握ってにっこりと微笑んだ。ハルカは温かくしわくちゃな手を感じて何か幸せな気持ちになり、照れ臭そうに微笑み返した。


「それじゃあ明日は早速祭日の販売ねぇ。商品を並べるから朝ごはんを食べて、一段落したら来てもらってもいいかしらぁ?」

「はいっ!服装とかは…。」

「何だっていいわよぉ。ハルカちゃんかわいいから、おめかししてくれば男の人の人気者になれるかもしれないわねぇ。うふふふ。」

「か、からかわないでくださいぃ…。普通で来ます!」






 無事ミッションを終えて帰宅したハルカ。初めての仕事を思うだけでそわそわしてしまい、竈の実践は延びた。


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