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こびとのせかい  作者: 豊田小麦
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第三十四話 実験台


「死んだら、呪ってやる…。」

「死にはしないんじゃないかい?ちなみにこれはトコラッツ地方のガラナという植物の種子からエキスを取り出し、濃縮したものだよ。」

「まったくの未知なの?」


 ハルカの目の前には液体状の薬品が出されていた。それを恨めしげに眺め、リオンを睨み付ける。怨み言を吐きながら説明を聞き、不安に眉を寄せていた。一方リオンの方は薬が試せるとなり機嫌良く慇懃無礼な笑みを浮かべて見せた。


「さすがに友人の知り合いを殺すわけにはいかないからねぇ。同意書も書いてもらってないし。…それは催淫剤だよ。男では試したことがあるんだけど女性では無くてね。濃縮もしてみたことなかったし。君、一応性別は女なんだろう?」

「一応じゃなくて女です!催眠剤でも睡眠薬でも何でも来いってんだ!」


 リオンの物言いにイライラさせられるが殺されはしないという言葉に安心する。目の前の薬を勘違いしながら一思い煽った。苦味があるが何かのフレーバーも入っているらしく少しだけ甘さも感じる。その美味しいとは言えない味に舌を出して顔を歪めた。


「さて、あとはこのまま僕と過ごして、何か効果でも副作用でも感じたら報告してくれたらいいよ。」


 分や秒などという概念はないが薬は効き始めるまでどのくらい時間がかかるのか計測しなければならない。タイキ特製の砂時計をひっくり返して計測を始める。紙と板を手に取り何やら書き込みも始めた。


「リオン先生と過ごせっていうのが一番の難題なんだけど。」

「じゃあ、もう僕は教師のお役御免でいいってことかい?」

「…だめ。あ、じゃあ今から勉強教えて!効果出てきたらすぐ言うから!」


 速効性のあるものではないらしい。 早速近くにある鞄から勉強道具を取り出す。図太い性格なので転んでもタダで起き上がるわけにはいかない。リオンも仕方なくソファを移動して隣に座り文字を教え始めた。



─────────────



「じゃあ、これで…私は薬を飲んだ。に、なる!?」

「うん、そうだよ。君の鳥頭じゃ無理かとも思ったけど少しずつ出来てくるもんだねぇ。」

「うんっ!ロゼットが戻ってくる前に置き手紙くらい書けるようになるんだ!」


 夕食の時間はとうに過ぎているが薬の効果実験中なので食べるわけにはいかない。二人でひたすら勉強に打ち込む。リオンの方もハルカが少しできるようになってくると教えがいが出てきた。基礎ができてくれば教える方も楽でがつがつとまずは文法を叩き込む。


「えっと…こうで、こっちが……夜ってスペルどうだっけ?」

「こうだよ。」

「ありが…と、う…?」

「どうかしたかい?」


 ふと体に異変を覚えた。夏のせいもあるが体温の上昇を感じ何かの違和感が生じる。熱が出たときとはまた違う火照りに先程飲んだ薬を飲んだことを思い出す。


「なんかあっつくなってきた。」

「…、他は?」


 リオンはやっと訪れた自分の望んでいた時間にすぐにボードを手に取り書き込みを始める。砂時計の絵を書き込み残りの砂を確認する。言われた症状も書き込んでいくのだがそれを行う表情はリオンにしては明るいものだ。


「うずうずする。」

「どう疼くんだい?」

「うーん…よくわかんないけど…体の奥からこう、きゅうってするような…。」

「じゃあ女性にも効果があるってことだね。頭痛や吐き気はないかい?痺れとかも。」

「うん、大丈夫。」


 どうやらガラナの催淫作用は男性専用ではないらしい。これは大きな商売道具になりそうでリオンからは笑みが溢れた。濃縮してみても副作用が同時に出ないというのも素晴らしい。

 そのまま勉強はしばらく中断し観察へと移行する。少しするとハルカの呼吸が上がってきた。暑さも増すのか服の胸元を持って扇ぐ様子もきちんと記録につける。もぞもぞとみじろぐ様子に疼きが止まらないのだろうと察することができる。


「うー…落ち着かないよぉー!」

「それは、こういうことだろう?」

「ひゃっ!」


 リオンはハルカの耳にふっと息を吹きかける。想像以上の反応に笑い声をあげた。そしてまた逐一情報を書き込んでいく。ハルカはそれを憎々しげに眺めつんとそっぽを向き、まだざわつく感じのする耳を揉む。


「やめてよ!ていうか催眠剤なのに眠くならないじゃん!失敗なの?」

「ん?成功だと思うけど。」

「失敗だよ。体はぽかぽかしてるけど眠くないもん。」

「…。僕が君に飲ませたのは催淫剤だよ?催、淫、剤。」

「ん…?催、淫…?催、眠、じゃなくて?」

「最初から催淫剤と伝えたよ。」


 ここにきてようやくハルカの勘違いが解けた。衝撃を受けてしばらくは開いた口が塞がらない。少しして飲んだものの正体を意識すると、恥ずかしさから真っ赤になる。体の火照りや疼きの行く先を思いリオンの顔を見れなくなってしまった。


「このままシたらのデータもとれるし、僕が慰めてあげようか?」


 リオンはずいっと顔を近づけハルカの顎を人差し指一本で持ち上げる。無理矢理に視線を合わせて小さな声で誘いかけた。


「やっ…だ!リオンとするなら、このままのがマシ!」


 もちろんハルカがその誘いを受けるはずもなく目の前の彼を盛大に押し退けソファの下へと落としてしまった。ここ一番の力を発揮してぜぇぜぇと荒い呼吸を整えつつ、自分の身を守るためにソファ端で丸くなる。


「あのさぁ、冗談にマジにならないでよ。僕が君に対して勃つわけないだろう?」

「そっ…!それはそれでむかつく!」


 薬の実験をしているとは思えないくらいに賑やかだ。女としての自尊心を砕かれたハルカはリオンに襲いかかりいつもの掴み合いのケンカに発展する。心行くまで戦い、お互いの体力の限界で停戦し、その日は別々な部屋で夜を明かした。

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