第三十話 解散
「ハルカさ…、ハルカ、朝だよ、起きて?」
「もうちょっと…。」
「ユウの家だからちゃんと起きようね。ほら。」
昨晩好き放題飲んだせいと真夜中に少し起きていたせいでハルカの体は朝だというのに重い。ロゼットの腕をかりてやっとの思いで起き上がった。目を開けてみるが何かがおかしい、視界が極端に狭い。
「わっ、瞼腫れちゃってる!」
「昨日泣いたから…。」
「濡れタオル作ってくるから!待ってて!」
開かない目を擦りながらロゼットの言う通りにそのまま待つ。髪の毛はボサボサで瞼は腫れ上がりとてもひどい顔をしているのだろうと安易に想像がつくがどうしようもない。
「…。やぁ、今朝は早いね、ブス。」
「やめて朝からリオンとかきつい…。」
どうやら雑魚寝から全員起きた様子に、リオンは部屋を覗いて驚いた。到底女子とは思えない顔をした自分の教え子がぼんやりと座っている。いつものちんちくりんなどとは比べ物にならない侮蔑の言葉を投げ掛ける。それでもハルカも負けじと失礼な言葉で応戦した。
「タオル借りてきたよ。上向いて?」
「んー…気持ちいい…。」
赤くぽってりとしてしまった瞼にロゼットがタオルを乗せてやる。リオンはといえば普通に接しているロゼットの方を信じられない目で見ていた。そして脳裏に昨晩の記憶が過る。彼女は寝る前にこれ程瞼が腫れ上がるほどに泣きはしなかったと。
「ロゼ、タイちゃん見なかったかい?」
「タイちゃんならユウと外で朝食の準備してるよ。」
「わかったよ。」
タイキの性格を考えて万が一もないだろうと昨日部屋をあとにしたことを覚えている。それから泣いたとしたら、想像したくもないが男として心当たりがないわけではない。足早に外に行くと友人二人が朝食の支度をほぼ終えていた。
「おはよ、リオン。もうすぐ朝食にするから二人連れてきてもらえるか?」
「あぁ、うん…構わないけど…。タイちゃん、昨晩はよく眠れたかい?」
「…うん…いっぱい、寝た。」
表情があまり表に出ないタイキだがわかりにくいだけできちんと変化はある。眠そうな様子はなくほっこりとした雰囲気に嘘を言っているようには見えず、また心にやましいことを抱えている様子も窺えない。
「ならよかったよ。今二人を連れてくるから。」
「悪い、頼むな。」
怖い夢でも見て自滅したのだろうか、色々な憶測が浮かび上がるが今は真実を知る術はない。とりあえずはユウの頼み事通りに二人に声をかけにいく。
「ロゼ、朝食だって。君も、君の顔が醜かろうと誰も気にしないから来たらどうだい?」
「はいはい、どうせブスですよ!ロゼット、行こ!」
ハルカの視界は悪いためロゼットが手を引いて外まで誘導する。テーブルの上には焼きたてのクロワッサンとサラダ、スープが用意されていた。漂う甘い香りに表情を綻ばせる。
「おはよ、ロゼ、ハルカ。…、ハルカ目ぇどうかしたのか?」
「おはよー、ユウくん。えへへ、お恥ずかしながらこんな状態で…。」
「どうした?大丈夫か?」
ユウはハルカの腫れ上がった瞼を見て驚く。そして思うのはリオンと同じことだ。しかしまずタオルにミントの葉を挟んでやり少しでも早く治るように促す。先程なぜリオンがタイキの様子を気にしたのかここでようやく合点がいった。
「昨晩ちょっと…。それより、ご飯食べようよ!すっごい良い匂いするー。」
ぱたぱたと走って昨日と同じ席につく。目の前にはプレーン、クリーム、チョコの三種類のクロワッサンが並んでいた。ユウとリオンは顔を見合わせるが五人揃った状態で何かを五人揃った状態で下手なことを口にすることはできない。皆が一様に席についた。
「いただきまーす!」
全員手を合わせリオン以外は自分の好きなクロワッサンを食べ始める。クロワッサンは焼き立てで外はかりっと香ばしく仄かにナッツの香りをさせ、中からはくどすぎないクリームが溢れる。昨晩の酒が残るリオンは正直見ているだけで吐き気を催しそうだった。
「リオン先生、食べないの?」
「普段朝から食事はとらないし…まだ酒が抜けていないからね。」
「えっ!昨晩のお酒残ってるの?歳だね!」
「黙って食べてなよ、ブス。」
「ちょっ…女性になんてこと言うんだよリオンさん!」
朝からとても賑やかな食卓を囲む。ハルカは信じられ、信じる関係を築いた今、昨日よりかなり心が軽くなっていた。時間が経ってきて少しずつだが瞼が持ち上がってくるのを感じると食べにくいのでタオルを取り払う。
「さっきよりましになってるよ。よかったね、ハルカ。」
「うん、タオルありがとう、ロゼット。」
ぴくりとユウとリオンが反応する。今の会話のどこかに違和感を覚えたのだ。二人とも言葉にはしないがその違和感の原因を探り、少しすると殆ど同時にその正体を掴むことが出来た。そうなれば先程の予想はロゼットへと繋がる。
「ロゼ、君ダニも殺さないような顔して…。」
「へたれの皮被ってたんだな…。」
「えっ!何、二人とも何の話?」
急に自分のことについて何かを言われたロゼットは、心当たりがないために二人の顔をキョロキョロと眺めて困惑する。まさか自分が夜中の間に一人の女性を犯したと思われているなど考えつきもしない。結局そのまま会話は打ち切られもやもやとした思いを抱くがどうすることも出来なかった。
そのまま食事の時間は過ぎていき全員が手を合わせ終わる頃、辺りは早朝の露草の匂いから昼間の温かな土の匂いへと変化していた。各々今日の仕事があるために荷物をまとめ帰る支度を整える。
「それじゃあ、また商売終えたら来るね。」
「あぁ、待ってる。気を付けていってこいよ。」
「ユウくん、昨日は本当にありがとう!すっごく楽しかったよ!」
「おぅ、またいつでも遊びこいよ。」
各自別れを惜しみ、帰路へとついた。