第二十九話 本音
「うぅ…朝…?じゃない…。」
さすがに全員が寝静まった真夜中に一人早くダウンしてしまったロゼットが目を覚ます。窓の外を見てみるとまだ煌々と月明かりが室内に注いでいるため夜なのだと判断する。周りを見てみるとタイキが転がっていた。ハルカの姿がないことに不安を覚える。
「んぅ…暑…。」
どこからかか細い声が聞こえてくる。聞き慣れたその声に反応し、目を凝らして室内を眺めるとタイキの下に小さな手を見つけた。どうやらこの季節に大の男に囲われるようにして眠るのに寝苦しさを覚えているようだ。慌ててタイキの腕の中から救いだしてやる。
「ロゼット…暑いよー…。」
「うん、ちょっと外行って涼もうか。」
髪の毛が額に張り付くくらい汗ばんでいる様子に小さな体を支えてやって起こさせ外へと導く。何か会話があるわけでもなくただ夜風に吹かれて時間を過ごす。暫くそのままでいると二人とも目が冴えてきてしまった。
「あのね、ロゼット…。」
「ん?どうしたの?」
「私、今日凄く楽しかったよ。ありがとう。」
「どういたしまして。でもお礼は俺じゃなくてユウに言ってあげてほしいな。」
「うん。それはちゃんと言うけどね…。そうじゃなくて…こうやって人に会わせてくれて、毎日色々教えてくれて…ロゼットには感謝してもしきれないよ。」
ハルカがロゼットに向き直る。感謝の気持ちに溢れ、それを恥ずかしがることもなく言葉にしていく。聞いているロゼットの方が気恥ずかしくなりそうだった。彼は性格上人助けをすることも多いがすべてが良い結果に終わってきたわけではない。人の悪意に触れることもあった。しかし目の前の女の子はあまりにも素直に接してくれる。それが少しくすぐったく感じる。
「でも…だから本当は…ロゼットが出掛けるのが怖いの…。わた、私の、パパママみたいに、出掛けたっきり、帰って…こなかったらっ、て…。」
先程とは雰囲気ががらりと変わった。ロゼットと二人きりになったことでハルカの気は緩む。我慢していた涙がぼろぼろと頬を伝って落ちていく。袖で拭いても拭いても次々に新しい雫が生まれるも関係なく、狼狽えてしまう彼をよそに思いの丈をぶつける。
「ロゼットが、旅先で死んじゃったらっ…そう思うと、耐えられっ…ないよ…!」
今まで生活してきた世界とは全く違うここで、ロゼットはハルカの唯一の心の拠り所になっていた。自分を残して出掛けた両親が事故に遭い、二度と帰ってくることがなかった幼少期の記憶が鮮明に甦る。先程までは暑がっていたはずなのにカタカタと小さく震えしゃくりあげる。
「ハルカさん。」
「ロゼット、置いていかないで…!」
「…ハルカ。」
こつん、ロゼットがだいぶ身を屈めて額同士を合わせる。涙で濡れる頬を両手で包み込み優しい声色で話し掛ける。
「大丈夫だよ。俺は君を置いて死なないよ。というか、心配で死ねないよ。」
「保証ないもん…。」
「保証なんて何に対してもないものだろ。でも、俺のことを信じて送り出してほしいな。俺もハルカがちゃんと待っててくれるって信じて行ってくるから。」
「信じる…?」
「うん、俺の言うことは信じられない?」
ハルカがブンブンと首を横に振る。誰を信じられなくなったとしてもロゼットだけは別だと言える自信があった。それくらいに信頼を寄せていた。彼は自分を傷つけるようなことは今までに一度だってしたことがない。それは揺るぎない事実だ。今回も同じだろうと自分の心に言い聞かす。
「…信じる。ロゼットが信じてくれるんだもん、私も信じる。」
「ふふ、ありがとう。必ず無事に帰ってくるよ。」
「うん、ごめんね…ロゼット…行ってらっしゃい。」
くっと唇を引き結びロゼットから離れると精一杯の笑顔を浮かべて見せる。不安が完全になくなったわけではない、これ以上無理をするとまた泣いて困らせてしまいそうで一人屋内へと走って戻った。残されたロゼットは暫く考え事をしながら夜風を浴び続けた。