第一話 雨の日の森の中
「今回もお疲れ様、あともうちょっとよろしくね。」
「早クカエッテ、蜜スイタイ」
一人の青年がカブトムシを使役し、荷車を角に括りつけた状態で森を進んでいた。昨晩は雨が降っており、地面がぬかるんでいるため足取りは遅い。
「行ヨリ軽イノガ救イダナ。」
「結構捌けたよねぇ。よかったよ。」
カブトムシは前足を持ち上げ青年の足を軽く叩く。
「今回ノ報酬モ、キタイシテルゾ。」
「う…お手柔らかに頼むよ。」
ふと、青年とカブトムシの足が止まる。昨日の雨でできた水溜まりに何かが引っ掛かっているのが見えたからだ。
「何だろう、あれ。」
「人ジャネェノカ、アレ。」
カブトムシの言葉で青年は水溜まりへと駆けていく。自分が泥まみれになり水に濡れるのも厭わず腰の深さまで浸かった。沈む何かに覆い被さった落ち葉を退け、半分埋もれた体を抱き抱えてやる。確かに人だった。
「お、女の子だ!」
「コッチ、ツレテコイ」
年の頃若い女が身一つ水溜まりに沈むのはそれなりの理由があるはずだ。言葉に出さなくともカブトムシも青年もそれを理解している。青年は泥まみれの女の体を抱き上げ陸地へと運んだ。荷車から就寝用の毛布を取り出してくるんでやると少し女の体がみじろいだ。
「生きてる!」
「死ナレチャ後味ワルイカラナ。少シ物オイテヤッテ行コウゼ。」
「ここに放置する気!?」
カブトムシと青年の言い争いが始まる。もうすぐ家と言えど巻き込まれるのはごめんだとカブトムシ、放ってはおけないと青年。
「オマエハ、オ人好シスギル!通リコシテバカダ!」
「何とでも言えよ!それでも俺はこの子を連れて帰るから!」
言い争いは続いたがとうとうカブトムシが根負けした。青年は荷車に女を寝かせる。一人と一匹の間に気まずい沈黙が走る。そのまま日が沈み始めるまで歩いたところで青年の家が見えた。木の幹を利用した質素な家だ。
「オラ、ツイタゾ。」
「ありがとう…。」
「…オマエノ、人ガ好イトコハ嫌イジャネェガ、友人トシテ心配ニナルンダヨ。」
「うん、ごめん…ありがとう…。報酬は約束通り明日届けるよ。」
「オウ。」
青年の家の前までカブトムシが荷車を運び二人の契約は完了する。気まずさはなくなり、次会うときまでの別れを惜しんでカブトムシは姿を消した。青年は荷車から荷物を降ろ連れてきた女を家へと運び入れた。