第十九話 杜氏、ユウ
「どう?リオンさんとはうまくやれそう?」
「嫌な人だけど、悪い人じゃなさそう、と思う…。」
「うん、そうだね。あれも彼の個性だし、付き合いかたさえ解ればきっと仲良くなれるよ。」
「仲良くはなれるかなぁ…。ちんちくりんとか呼んできて腹立つからなぁ。」
ロゼットがけらけらと笑うがハルカの頬は膨れるばかりだ。年頃の女の子がちんちくりんと呼称されて心地いいわけがない。ドン、とロゼットに横から軽く体当たりをして諌める。
「もう、笑い事じゃないよ!ていうか何でちんちくりんって言われるの?」
「えっ…?えーと…思い当たらないなぁ。」
「絶対嘘!なんで!」
ロゼットの視線は宙を泳ぐ。多少なりとも思い当たる節はあるようだ。しかし彼の性格上それを言葉にするのは憚られ逃げようとする。森の中の追いかけっこはロゼットが圧倒的に有利だったようだ。すぐに勝敗は決する。
「うー!ロゼットのばかぁ!」
「ごめんごめん、次はいいところに連れていくから許してよ。」
「えっ?どこ!?」
少し後ろの方でハルカの負け惜しみが聞こえロゼットはそこまで戻ってやる。勿論機嫌を取ることも忘れない。森に疲れているのは行くときから一目瞭然だ、目的地があった方がいい。目を輝かせるハルカに一呼吸おいてから話してやる。
「シュタッチェのユウのとこだよ。お嫁さんにしたい男No.1の。」
「ほんとに!?それはすっごい楽しみ!」
「ここから結構近いんだ。」
「近いのも嬉しい!」
そこから20分ぐらいだろうか。リオンの家を出てからは25分弱くらいだろう、比較的楽な道を歩んで一軒の家が見えてきた。見た目にも結構広い家の隣に建物がいくつか並んでいる。少し離れた場所に川もありすごく良さそうな場所だ。二人で扉の前に立ち、控えめにノックしてみる。
「はーい、どちらさまだ?」
扉の向こうから返事だけが返ってきた。しかしその声は遠く、扉が開く気配はない。ロゼットが受け答えをする。
「ユウ、ミズーリのロゼットだよ。」
「ロゼか!悪い、ちょっと待ってくれ!今手が離せないんだ。」
まともな応答が返ってきたことにハルカは安心する。どうやらリオンのような性格ではないようだ。二つ名が家庭的な中の男に期待が募る。
十分ぐらい経っただろうか、ようやく扉が開き家の持ち主が現れた。燃えるような赤毛に明るい黄色が混ざった髪は炎を彷彿とさせる。短めの眉と鋭い目が印象的な男だ。少し萎縮してしまうくらい、パッと見が怖い。年の頃は二十歳前後だろうか。
「悪かったな、揚げ物してたんだよ。」
「ご相伴に預かっても?」
「どーぞ、二人とも上がれよ。」
怖いのは見た目だけで表情は爽やかだ。ロゼットとハルカは午前との対応の差に感動しながら室内にいれてもらう。通された部屋は飾り付けられ、濃い茶色を基調としよく掃除されていた。魅せることを前提とした場所に二人で感動を覚える。
「ロゼ、前言っていた子だろうけど紹介してもらえるか?」
「あ、うん。ごめん。ハルカさん?」
「あ、ごめんなさい!ポポロイのハルカです!よろしくお願いします!」
「俺はシュタッチェのユウ、よろしくな。」
ユウは一昨日の昼間ロゼットがここに訪れたときに事の顛末を聞いていた。細かいことには触れないで自己紹介を済ます。差し出された手を握って笑顔を浮かべ、食事の支度を始める。
「まともに挨拶してもらえた…!ロゼット、ユウくんはいい人だね!」
「うん、お嫁さんに欲しいくらいにいい人だよね。」
「うおーい、ロゼットそれヤメロー。」
話し声が聞こえていたらしいユウの声が奥から聞こえる。男としては男に嫁に欲しいと言われるのはあまり嬉しいことではないらしい。二人で笑いながら席に着いていると揚げたての天ぷらがテーブルに並んでいく。魚に山菜、穀物と種類は豊富だ。かぼちゃの煮付けとそうめんも食卓へとのった。
「うわぁ…!美味しそう!食べてもいいの?」
「いいぜ。足りなかったらまだ茹でるから言ってな。ロゼも遠慮すんなよ。」
「ユウの料理に遠慮なんてできないよ!いただきます!」
二人揃って手を合わせ家主を差し置いて食事を開始する。汁はユウが出汁をとって作ったものだ、味がいい。客とは思えぬ食べっぷりを披露する。天ぷらはさくさくで箸が止まらない。
「本当に遠慮ねぇなぁ。いただきます。」
「すっごい美味しい!これは私のところにもお嫁に来てほしいよ!」
「いや、お前嫁に行く側だろ。」
楽しそうに笑いながら三人で食事をする。基本的に人見知りをしない三人の空気は明るいものだ。さすがに昼間から酒は開けないが、美味しい食事を複数人で囲めば自然と雰囲気もよくなる。
「ロゼ、ハルカ…お前らまともに飯食ってるんだよな?」
「まとも…なにをまともの基準にするかによる、かな。」
「作ってはないけどそれなりに食べてるよー。」
「ロゼはともかく…ハルカも飯作れないのか?」
二人のあまりの食べっぷりはユウの心配を煽るほどのものだ。手を止めて視線をやり呆れた顔で話しかける。ここでもロゼットのことは知れわたっていた。指摘されたハルカといえばビクッと肩を跳ねさせて手が止まる。
「もとから苦手な上…竈とかよくわかんないし、食べ物もよくわかんない…。」
「ほら、でも、作らなくても何とかなるからさ!ユウもいるし!」
ロゼットはハルカに最大限気を使う癖がついていた。今回も甘やかして料理ができないことを良しとする。それに眉をひそめるのはユウだ。
「ダメだ。体は資本だろ?毎日うちに来るわけでもないんだし生活に必要なことできるようにしないと。」
「そしたら…ユウくん基本的なこと教えてくれない?火の起こしかたとか野草とか…。」
「あぁ、いいぜ。そしたらちゃんとロゼットに飯食わせてやれよ。」
「うん!」
新たな教師を一人手にいれる。こちらは接しやすく気の遣える小人だ。ハルカはロゼットと顔を見合わせて笑い、食事を再開した。
二人が帰路に着くころには、日が傾いていた。