第十八話 文字
「まず、言葉というのは32の文字の組み合わせで記せるんだよ。大文字、小文字、特別なことを伝えたいときに使うエスペサリを使うって考えると96の文字を覚えることになるけどね。でも君の頭がそれをできないポンコツだった場合小文字32個だけでも十分に意味は伝わるよ。みっともないけどねぇ。」
「覚えられます!リオン先生の教えかたがよければね!」
「ぶつよ?」
「黙ります。」
早速二人は文字の勉強を始めていた。割りと好戦的なハルカにリオンの相性は良いような悪いようなだ。嫌味のオンパレードでも片方の防戦一方にはなりはしないし、かといえ立場上いきすぎた出来事は起こらない。リオンが投げ出さない限りはバランスがとれるはずだ。ロゼットは少しと不安と安心を抱きながら二人を見つめる。
「まずは大文字と小文字からだよ。エスペサリは急ぎで必要ないからね。僕が64個書くから覚えることから始めな。」
つらつらとリオンが羽ペンで文字を書き連ねていく。一つにつき二種類の字を書くのだがスピードは早く、一枚の紙にあっという間にすべてが埋められた。
「さすがリオンさん…見本そのままみたいな文字だね…。」
リオンの字は綺麗だ。全く癖がなく正確無比で書く早さも相当なものだ。ロゼットは感心しきる。
ハルカはロゼットが埋めた紙を自分に近づけ必死に鉛筆でそれを写す。繰り返し繰り返し書き続けて覚えようとする。書き慣れない字はお世辞にもうまいとは言い難い。
「汚い字だねぇ。」
「これから上手になるの!リオン先生は黙ってて!」
「ロゼ、この生意気なちんちくりんとはどういう関係なんだい?」
ハルカがひたすら字を記憶している間にロゼットとリオンで会話をする。ロゼットが記憶がない旨や今は同居していることを話し、リオンがそれに頷く。
「それさぁ、君騙されてないかい?彼女、遊か」
「リオンさん、だめ!そうかもしれないし違うかもしれないけど人には人の過去があるよ!」
「ふぅん…わかってて敢えて引き受けてるわけね。」
ロゼットの人の好さには呆れるばかりだ。自分が何か言おうと意見を曲げないことを付き合いの長さから理解していて口にはしない。カリカリと文字が記されていく音を耳にしながら煙を浮かべ、時を過ごす。
「たぶん、大きい方は覚えた!」
「そう、なら見本は裏返して自分の力で32個書いてごらん。」
その声を聞いて二人で振り向く。リオンが出題し不正がないよう見張る中ハルカが大文字を書いていく。間違ったら何を言われるかわからないため空気は重い。ロゼットなど指同士を絡ませ祈るくらいだ。
「どう!?」
ハルカが書き終えた答案をリオンに差し出す。丸付けが始まった。一つ一つ端から文字が丸で囲まれていく。無事にすべてに丸がついた。
「うん…。出来てるよ。生粋のバカではないみたいだね。」
「見直した?」
「これだけで?まさか。小文字と…あとはエスペサリも書いてあげるから宿題だよ。次来るときまでに覚えてくること。」
『宿題』とてっぺんに書いて一応見本に96個の文字をリオンが書き連ねる。ハルカは宿題の文字が繋がっているのを見て本当は繋げて書くのだと理解し、完成したそれを受けとる。もとの世界では学生だったことがあり、勉強に抵抗はない。むしろ心なしかどこか嬉しそうだ。
「次はいつ?」
「任せるよ。」
「じゃあ明日!いい?ロゼット?」
「いいよ、文字は大切だしね。」
まさか今日明日で来るとは思いもしなかったリオンだが自分の言葉に責任を持ち、苦々しい顔で頷いて見せた。
「リオンさん、明日は取引の話もいい?」
「いいよ。それなりに用意してこれるならね。」
リオンは早々に二人を帰す気であり早くもテーブルの片付けを始める。彼の性格を熟知しているロゼットは長居は無用とこちらも立ち上がりハルカに支度を促す。すっかり片付くと急かされるままに家を出た。
「じゃあ、また明日。」
「うん、ありがとうリオンさん、また明日ね。」
「さよならリオン先生。」
二人はもと来た道を戻る。この先も安泰したようで安心し、その足取りは来るときよりも軽かった。