第十五話 ポポロイのハルカ
食事を終えた二人はゆったりと街の中を歩く。時々好奇心のままにハルカがどこかに行ってしまわないよう、ロゼットが見張りながら。
「次はどこに行くの?」
「町長のところだよ。ハルカさんの住民登録をしないと。」
「そういうのあるんだ…。」
ハルカの表情が一気に曇る。何者かも解らない自分が住民登録をすることが出来るのか不安なのだ。内心はロゼットも同様なのだが不安を顔に出さないよう気を付けていた。
「ダメって言われたらどうなるの?」
「住める土地を探しに行くか…宿屋に泊まり続けて町長に認められるのを待つ、かな。」
「うー…内緒で住んだらダメなの?」
「隠人として扱われると家が建てられなかったり、流行り病のとき薬が配られなかったりするからおすすめはできないな…。災害時にも大変なんだよ。」
「隠人…そっかぁ…。」
重い空気のまま街の奥まで歩く。しばらくすると赤いレンガ造りの大きな建物が見える。でかでかと『ポポロイ役場』と書かれているのだが、ハルカには読めない。ロゼットが先陣を切って中に入る。
受付のフェレットに話し掛け町長へ謁見する許可をとる。ボードで何やらスケジュールを確認しているようだ。少し待ったのち会える手筈となった。 それまではロビー兼待合所で待たせてもらう。
「何か持ち物とかは要らないの?」
「本当なら本が一冊必要なんだけど…俺の家にあった『ミズーリ歴』を覚えてる?あれは家を出るときに両親が持たせてくれる物で身分を証明できるんだ。」
「全然読めなかったやつ…そんな大切なものだったの…。どうしよう、何もないよ…。」
「…俺がなるべくフォローするから頑張ろう。」
フェレットが二足歩行で歩き、オボンに飲み物をのせて持ってきてくれる。お礼を言いテーブルに並んだコップを手に取る。緊張で喉が渇く、二人ともあっという間にお茶を飲み干した。
少しすると名前を呼ばれ町長室に通される。扉を開けた先に待っていたのは、町長と呼ばれるには若そうな見た目の男が立っていた。四十前後だろうか。
「おぉ、ロゼか。久しいな。」
「お久し振りです、町長。」
「連れが住民登録か。ほら、お嬢さん、そこに腰かけて。継書出してこれを記入してくれ。」
とりあえず指定された場所にハルカが一人で座る。机一つ挟んで町長と対峙する形だ。鉛筆を持たされ紙を見てみるが何一つ読めはしない。出せる継書もない。冷や汗がにじむ。
「あの、町長。彼女字が書けないんです。継書も持ってなくて…。」
「はぁ?おい、お嬢さん、アンタ喋れはすんのか。」
「しゃ、喋れはします…。」
「どこから来た?継書はどうした?」
「私、年齢と名前以外の記憶がなくて…。」
町長の目がスッと細められる。ハルカは頭を掴まれ固定される。強制的に視線を合わせさせられ、不意に逸らしてしまった。動作の一つ一つが観察される。そしてその状態で少ししてから頭は解放された。
「悪いがロゼ。登録はできんな。」
「そんなっ…なんで!」
「嘘をついている不審者を住まわせるわけにはいかない。」
「話したくない過去を持ってる人だって居ますよ!」
「あぁ、そういうこともあるだろう。だからってはいそうですかと認めるわけにはいかないんだよ。俺は町を預かる立場だ。俺の采配に住民がかかっている。」
若い町長だからとなめてかかってはいけない。すごい貫禄と威圧感だ。ロゼットもハルカも萎縮してしまいそうになる。何かを話そうにも唇が震えてしまう。
「あの、住まわしてください…。何だってします、召し使いでも、下水掃除とか、何だって。」
「足りている。危険因子をわざわざ置いておくメリットがないんだよ。」
「…お願いします。何かあったら責任は全部俺がとります。」
ロゼットが地面に正座をする。両手をつき、額を地面へとつけた。誠心誠意土下座をして頼み込む。町長が何か言うより早いかハルカが椅子を降りて地面に張り付く体を引っ張る。
「やめてロゼット!大丈夫、私ならなんとかなるよ!今までだって何とかしてきたんだもん!」
「ダメだ、助けてくれてありがとうって泣くような女の子を俺は見捨てたりできないよ。」
「やだ、ロゼット、大丈夫だから、そんなことしなくていいから…!」
どんなに引っ張ろう頭が上がることはない。気持ちをまっすぐ町長に向ける。ハルカも意を決してロゼットの隣に並び同じように頭を下げた。涙をにじませ声を震わせるが泣くことはない。
「私、何もできないし、不審者だし、でもロゼットに迷惑がかかるようなことだけは絶対にしません!だから私をおいてください!」
再び町長の目が細められる。人を値踏みするときのあの鋭い視線だ。永遠に感じられるような時間が流れる。一つ、短なため息がこぼれた。
「………わかった、俺の負けだ。頭上げろ。」
「それじゃ…!」
「仮登録だ。一年何もなく町のために貢献してみせろ。それができたら来年本登録をしてやる。万が一何かあった場合二人とも出ていってもらうぞ。ロゼット、お前の継書に書き込みもさせてもらう。」
「構いません。」
「お嬢さん、座り直しな。ロゼ、代わりに記入してやれ。」
「町長さん…!ありがとうございます!」
ロゼットが必要事項を紙に書き込んでいく。とはいえ普通は継書で大体を確認するため生まれ月や名前など簡単なものしか書き込むことがない。
「ハルカさん、誕生日はいつ?」
「い、一年の終わりの月の13日の金曜日…。」
「金曜日…?えっと今年20だから…ポポロイ歴281年、終月の13日生まれだね。」
「全部書けたな?住所はロゼの家で良いんだな。これでお前は一年間ポポロイのハルカだ。…悪さすんなよ。」
町長がハルカの肩をぽんと叩く。誕生日を手に入れ登録を済まし、自分が小人の世界に結びつけられた実感が沸き上がる。今にも泣きそうな表情だがぎりぎり気丈に振る舞っていた。一生懸命に頷いて返す。
「失礼しました。」
二人で町長室を一歩出る。扉が閉まった瞬間ハルカが堰を切ったように泣き出した。大きな泣き声が役場中に響き渡った。