第十一話 ありがとう
「つっかれたね~…。」
「うん、疲れたぁ~…。」
「今日は本当にお疲れ様でした。そしてありがとうね。これで今度こそ受け取ってもらえるかな?」
すっかり暗くなった部屋で明かりを灯し二人は寝転んでいた。洗濯疲れをしてしまい動く気になれなかったのだ。しかしやっとの思いでロゼットが起き上がる。ごそごそと自分の鞄を漁ると10000テナが入った桃色の綿袋を取り出し、ハルカに差し出した。
「ありがとうございます…。」
この世界で初めて稼いだお金だ。感慨深い。ハルカは起き上がって両手で大切そうにそれを受け取る。何をするにもなくてはならない、生活に欠かすことの出来ない金というものを手に入れ心が安らぐ。
「これがあれば宿屋にも泊まれるんだよね…。」
「えっ?」
「えっ?泊まれないの?」
驚いた顔をするロゼットにハルカは不安を抱く。何せ10000テナの価値を全く知らないのだ。悪い予想ばかりが頭に浮かんで表情が濁る。
「泊まれるけど…。」
「よかった!よいしょ!っと…支度しなきゃ。」
「ダメだよ!ハルカさん!記憶もない、仕事もない、文字すら読めない…そんな状態で家を出るなんて!無謀にも程がある!」
基本穏やかなロゼットが声を荒げて袋を持ったままのハルカの手をぎゅっと握る。真剣そのものの表情を浮かべて真っ直ぐに視線を合わせ、言葉を紡ぐ。
「暫くはここを使ってよ。俺は家を空けることも多いから気を遣わなくてもいいし…君に足りない常識だって少しは教えられると思うんだ。」
人が好いロゼットにはこのまま一人の元遊女を外に放るなんてことは考えられなかった。最初から匿うつもりだったため出ていこうとする様子に焦りを隠せない。
一方ハルカは開いた口が塞がらなかった。ロゼットが今までこのような物言いをしたことはなかったし、何より彼に何一つメリットのない自分のためだけの提案をされるとは夢にも思わなかった。
「あの、ロゼットさん…。」
「ん?」
「なぜそんなに、良くしてくれるの?記憶がないなんて怪しくて、お金もない、学もない私に…。」
「…俺たち小人は、助け合わないと生きていけないだろ?…それに、目の前に自分が助けられる人がいるのなら助けたい…そう思うのって変なことかな。」
ぽたり。
ハルカの目から大粒の涙がこぼれた。次々に溢れてはワンピースを濡らしていく。
「ごめっ…泣かないで…きついこと言ってごめん…その、泣かせたいわけじゃなかったんだ…!」
女の子を泣かせてしまったことにロゼットは動揺し、握っていた手を離す。必死に取り繕おうと慌てて謝る。俯いて泣いていたハルカが顔を上げた。
「ううん、ありがとっ…ありがとう、ロゼットさん…!助けてくれて、ありがとうっ…。」
ぐしゃぐしゃに泣きながら、鼻水を啜りながら、しゃくりあげながら、ハルカはここに来て初めて笑顔を浮かべた。