第十話 洗濯
「う、わぁ…。すごいよハルカさん!床が見える!キッチンも整ってるしぴかぴか!」
「お給料をいただくんですから当たり前ですよ!」
「ありがとう!こんな状態になったの、いつぐらい振りだろう…。」
帰宅したロゼットが家の中を見て驚く。ここ一年近くこの状態の家を拝めていなかったのだ。靴を脱いで室内に上がり、どこもかしこも綺麗なのを確かめ思わず感嘆の吐息を溢す。
「あとは洗濯したいんですけど…どうやればいいんですか?」
「えっと、外にタライを用意してね…そうだ、俺も一緒にや」
「遠慮します。」
「え?でも」
「遠慮!します!」
ハルカはロゼットがまともに洗濯をできるとは思えなかった。教えるだけ教えてくれれば大人しくしててもらうのが一番だと考える。本人がしゅんと項垂れてしまってもその意見は曲げようとしない。
ここまで拒否をされてしまえばロゼットも諦めざるをえない。仕方無く肩を竦めつつ家の隣に立てられた小屋から物干し竿を取り出してきて、一撃で地面に突き刺し固定する。二本の棹に橋を架けるようロープを張れば完成だ。
「い、意外と逞しい…!」
「意外って…俺、商人やってるんだ。重い荷物も運ぶからこれくらいは楽勝だよ。」
「ほぉー。」
タライに水を張りその中に服を何枚か放り込む。仕上げに固形の洗剤を浮かべて準備が整い終わった。
「あとは普通に洗うだけだよ。脱水機は俺が用意しとくから。」
「うん、じゃあそっちはお願いします。」
ハルカは元居た場所の全自動洗濯機に感謝をしなければならなかった。タライの中で自分で擦り汚れを落とすのは中々に重労働だ。外の気温が高いせいもありじわりと額に汗がにじむ。ロゼットの旅汚れした服を丁寧に洗うと水がだんだんと濁っていく。一度地面に流しもう一度水を注ぎに行く。
「う…おも、重いぃ…。」
「ほら、俺が持つから!」
ロゼットが交代して楽々とタライを持ち上げ、水を注いで戻ってくる。この手のことに彼はまるで役に立たないと思っていたハルカだが考えを少し改める。
「ありがとうございます!」
「いいよ。というか俺が手伝ってもらってる立場だしね。」
ざばざばと水の中で汚れを落としていく。水が濁らなくなってからも終わりというわけではない。次は洗剤が落ちるまで濯ぐのだ。ひたすら水を使いぬめらなくなるまで手で揉む。
「洗濯って…大変だ…。」
「うん…溜め込んでごめん…。」
これでまだ数枚洗い、濯いだだけなのだ。まだ洗濯物は山になっている。正直気の遠くなるような心地だった。とりあえず濯ぎ終わったものを準備を終えた脱水機の入れる。
ロゼットが蓋を閉めペダルを踏み込む。すると中のザル状のタライが中心のバネを使い遠心力で回転し、外の受け皿であるタライの中に水滴を飛ばす。みるみるうちに水分は飛んでいく。
「なにこれ!これすごい!」
「これはタイちゃんが作ったんだよ。便利だよねぇ。」
「タイちゃん?」
「ゴルドムのタイキ、ここらへん一番の巨漢で大工をしてるんだ。」
今度紹介しなきゃね、などというロゼットの言葉はハルカの耳には届いていない。話し声が届かないほど脱水機に夢中になってしまっていた。
だいぶ水分が飛んだ服はしばらくして落ち着きを取り戻したハルカの手によりシワを伸ばされ、ロープを通して棹に干される。
洗濯がすべて終わる頃にはすっかり日が暮れていた。