第八話 成功の勘違い
「生意気なカブトムシめー!」
「俺の相棒だから仲良くね。」
ハルカがブランチとして貰った干し肉を噛み千切りながら憤慨する。ロゼットも隣に並び同じように食事をとる。昨日より幾分か二人の雰囲気は自然なものになっていた。
「相棒って…カブトムシは越冬しないんじゃないんですか?」
「うん、出来ないよ。でも子供達に話して引き継いでくれるから毎年会えるんだ。俺からも子供達に話し掛けにいくしね。」
要は成虫と仲良くして、子供である幼虫とも関わりがあるだけだろう。虫に対して良い感情を抱いていないハルカからしたらそんな風にしかとらえることができなかった。ロゼットにその感情は伝わり少し寂しそうに目を細める。
「そういえば…今って何月なんですか?私がいたところは冬だったんですけど…。ここは夏っぽいですよね?」
「今日は賑月の6日だよ。あ、明日は祭日だね。」
「賑月って…何月?」
「賑月は賑月だよ?」
何度目になるかわからない通じ合わない会話。生粋の遊女ともなると何も知らない可能性も出てきて慌てロゼットが取り繕う。
「あのっ…ハルカさん!も、もしかして、えーと…」
「は、はいっ…!」
「あのー、その…記憶!そうだ、記憶がなかったりするの?」
どうにかハルカの口から遊女だった辛い過去を語らせないように気を遣った質問をする。ハルカからすれば元は別な世界で人間をしていたなどと変なことを話さずに済むため、願ったり叶ったりな質問だった。
「そう、そうなの!名前以外何も覚えてないの!」
記憶喪失という設定に乗ってくれたことでロゼットはホッと一息つく。これで会話が噛み合わなくても全て説明がつくし、むやみに彼女を傷つけることはない。
「そうだな…名前以外覚えてないってことはお金も知らない?」
「お金ってものは知ってるんだけど…見たことはないし、通貨単位もわからないんだ。」
まずお金を知らなければ生活は難しい。ロゼットは革袋を用意してそこから五枚の男の掌大以上のコインを取り出しベッドへと順番に並べた。
「小さいものから100、500、1000、5000、10000の価値があるよ。通貨単位はポポロイ周辺は『テナ』っていうんだ。」
「すごく大きいんですね。」
「動物たちも使うからね。だからこの大きさなんだ。」
ハルカは一番大きな10000テナを持ち上げてみる。自分の顔ほどもありそうなそれはずしりと重く、価値をしみじみと感じられるようだ。
「それはハルカさんにあげるね。お財布もないだろうから…女の子が使うような袋あったかなぁ…。」
「!?受け取れません!仕事もせずにお金をいただくなんて…!」
「し、仕事って…そ、そしたらバイト代ってことでどうかな!?今日一日俺の家のハウスクリーニング代!」
「この家の…。」
日給10000テナだが10000円と元いた世界を基準に考えるしかなく部屋の汚れ具合を見て悩み、泊めてもらっていることを加味して貰いすぎかと頭を抱え計算をする。
「あ…こんな汚い家嫌だったら他のこと考えるから…。」
「え、ううん!やるよ、やります!ぴっかぴかにするから見てて!」
ロゼットが悲しそうに瞳を伏せるのを見て反射的に返事をする。金銭面で逆に不満があったがこの際は仕方がない。午後からのハルカの予定が決まった、大掃除だ。