第3話・・・研究所
気付くとあたしはリキに担がれたまま道路上をすごい速度で移動していた。どうやら紐なしバンジーのあまりの衝撃に意識を失っていたようだ。とりあえず現状を把握しようとあたりの景色を伺うが、担がれているので後ろの景色しか見えなかった。しかし、この光景はできれば見えないほうが幸せな気がする。
リキはあたしの重さなど感じていないのかオリンピックにも出れるのではないかと思うような速度で通りを駆け抜けていた。その後ろからはおそらく我が家の玄関を爆破した連中であろう黒尽くめの集団が追いかけてくる。
黒尽くめの連中は普通の人間のようだ。いや、一般人の玄関を爆破した時点でかなりクレイジーなのは間違いないが、身体的には”人間”であることは間違いないと思う。一歩ごとにわずかながらその差は広がっているようで、じりじりと黒づくめとの距離が開いていく。どうやら街中で飛び道具を使うほどこちらに攻撃する気があるわけでもないらしい。
何個目の角を曲がったであろうか。追っ手の姿も見えなくなって随分たった頃、リキは徐々にスピードを落とし最後には完全に静止した。
「こちらが研究所になります。」
そういいながらリキはあたしを降ろした。そこには見上げるほど高い塀と厳重な警備が敷かれた門あった。
研究所へくるのはこれで二度目だ。一度目は母親に手を引かれてたくさんの似たような親子連れと共にこの門をくぐった。
つらつらとそんなことを考えている間にもリキはすたすたと門の中へと歩を進めていた。感慨に浸る暇もなくあたしもその後を追いかける。関係者以外はいれないはずの研究所なはずだが、警備員に特に止められることもなくあたしも入ることができた。
・・・どうやら許可がおりているという先ほどの話は本当らしい。
門の奥にはガラス張りの立派な玄関がある。しかしリキについて歩いていくと正面の入り口ではなく、横のほうにある通用口らしき場所へ向かっていった。中に入ると、まるで病院のような廊下が続いていた。人気はまったくなく、ただ白い壁と白いリノリウムの床が続く。そんな中リキは相変わらず振り返ることもなくすたすたと奥へと進んでいくのであたしはあわてて後を追った。
軽く走ったがリノリウムの床は足音を吸収してあたりは相変わらず静かなままだった。こんなに静かな場所にいると先ほどまで黒い正体不明の連中に追われてた事や、玄関が爆破されたことなど幻だったような気すらしてくる。
・・・幻だったらここにはいないけれどね。
置いていかれないように軽く駆け足になりながらも、ガラス張りになっていたり覗ける場所があると覗いたりしながら先へすすんでいった。廊下はものすごく静かだけれど、建物に人がいないわけではないらしい。部屋のなかでは白衣を着た人がいろいろと研究をしているのだろうか、作業をしている姿が見えた。おそらく研究の邪魔にならないよう防音の設備が充実しているのだろう。
そうこうしているうちに廊下は行き止まりになり、ひときわ大きなドアがあった。これまでに覗いてきた入り口にもあったセキュリティらしき機械にリキがなにかを打ち込んでいる。
シューーーー
空気が抜けるような音と共にドアが開き、リキが手招きをしている。どうやらここが目的の研究室のようだ。
研究室のなかは雑然としていた。床中にまとめられていないケーブルが張り巡らされていて、奥にある大きな機械につながっている。
「あなたが、沙里さんね。」
声のするほうに目をやるとこれまで見かけた人とおなじような白衣を着た女性が立っていた。メタルフレームのメガネに肩より短く切りそろえられた髪型。まさに研究者って感じが出てる。これまでのいきさつから味方か判断できずに、あたしは何も返事をしなかった。
「警戒しなくても大丈夫、私はリオナ・カタヤマ。ナオキの助手をやってるの。」
あたしの反応は予想通りだったのか、意に介さず自己紹介を続けてきた。
「その子を作ったのも私よ。といっても私が担当したのは中身だけど。私の専門は電子心理学なの。つまり機械の心の研究ね。」
そう言って彼女は椅子のひとつにすわり、もうひとつの椅子をしぐさであたしに勧めてきた。
気付くとリキはどこへ言ったのか見当たらなくなっている。そういえば爆発の寸前にラボですることがあると言っていたからなにか作業をしているのかもしれない。
「あの子から説明はもう聞いたかしら?」
「・・・一応。ナオキが昇格してあたしが危ないってことだけ・・・」
「随分と乱暴な説明ね。それじゃあ詳しく私から説明するわね。あの子は今マザーと接続してOSのバージョンアップと戦闘処理用アプリケーションのインストールをしていてすこし時間がかかるから。」
そして彼女から今回のいきさつを詳しく聞くことになった。
「あの子は・・・RIKI01は世界初の自己成長型擬似人格プログラムの組み込まれた人型アンドロイドなの。だから彼女の存在自体が国家機密扱いで研究所内でもトップシークレットなの。書類上ではあたしの遠い親戚ということになっているわ。ナオキが担当したのはボディと記憶学習システム、それから制御部分。私は人格と精神制御、ボディ制御との連携部分。ナオキのプログラムはすごいわ。同じことを実現するにしても私にはあんなプログラムは書けない。ああいうのを天才っていうんでしょうね。もちろん私にも時間さえあれば作れるけど。」
リオナはそこまで話して立ち上がり奥へ向かった。すぐに戻ってきた彼女の手には2組のコーヒーカップがあった。
「どうぞ、うちのコーヒーは美味しいのよ。凝り性のナオキが専用のマシンを作ったから。」
そういって自分の前においたコーヒーを一口飲みまた話の続きをはじめた。
「そうして出来上がったのがRIKI01なの。これまでにも似たようなシステムは発表されてきたけれど、ここまで高い学習能力をもつアンドロイドはいないのよ。上層部もそれを評価して今回の昇格にいたったわけ。」
あたしも勧められるままコーヒーを一口飲んだ。うん。たしかに美味しい。
「RIKI01の革新的な部分はその拡張性にあって、これまでだと自力で学習するか最初に組み込んだ機能以外は身につけることが出来なかったけれど、あの子はアプリケーションをインストールすることによって自在に機能を追加することが出来るの。例えるならこれまでがワープロでRIKI01はパソコン、といったところかしらね。実際にRIKI01は専用の0Sが組み込まれていてその上ですべての機能は動いているからまさに人型パソコンといっても間違いじゃないんだけど。」
そういってこちらへリオナは向き直った。
・・・あれ、視界がぐらぐらする・・・・
「効いてきたかしら。それ睡眠薬入りなのよ。ねえ、不公平だと思わない?RIKI01はあたしも作ったのよ。でもあたしは一切評価されていないの。あなたもそう思うでしょ。」
最後のほうはなんだか遠くから響いてくるようなそんな感じだった。
あたしの意識があったのはそこまでだった。




