5月1日火曜日
ゴールデンウィーク中だが、今日は平日なので学校が有る。
面倒臭いが、特に休む理由が無いのなら行かなければならない。
と言う訳で制服を着た俺は、いつも通りの時間に家を出た。
制服の上に厚手の上着を着ているまりあんも同時に隣の家から出て来た。
暑くない様に上着の肩口が少しだけ肌蹴ている。
「おはよう」
「おはよ」
同じ高校に入学する事が決まった時にまりあんが家を出る時間を指定したので、この鉢合わせは偶然ではない。
だから、当然の様に毎日一緒に登校する。
待たせると面倒臭い怒り方をするので遅刻をしない様にしている。
お詫びとしてジュースを奢ったり弁当のオカズを一品あげたりするのはもう嫌だ。
勿論、まりあんが遅れても何も無い。
女の子は色々と面倒な身支度が有るから、予想外の遅れは仕方がないらしい。
不公平だが、文句を言ったところで何がどうなる訳じゃないので気にしない。
そして俺達は並んで歩き出す。
「真珠はどうしてる? 小母さまに甘えてる?」
「ああ。もう母さんのペット状態だよ。あんまりひっついてるもんだから、父さんがやきもちを焼くくらいだ」
「ふふふ、そっか。小母さまが小学生の時に別れたそうだから、二十年ぶり? くらいだもんね。嬉しいのね」
「みことの方はどうだ?」
「相変わらずの大食いよ。ただ、大量に物を食べるのは治癒の力を使った後だけみたい。朝食は二人前程度だった」
「そ、そうか」
治癒と聞いて昨日のキスを思い出した。
俺は微妙な気分になる。
「おやおやショウさん? 鼻の下が伸びてますよ?」
棒読みで言うまりあん。
青い瞳が冷たく正面を見据えている。
「ああなった原因はまりあんだろうが。本来なら、怒るのは俺の方だ」
「そう」
「そうって……。話を振っといて、何だその無関心な返事は」
まぁ、まりあんの横暴はいつも通りだ。
なので話を変える。
「昨日は一晩中リビングの電気が点いていた様だが、やっぱり眠れないのか。みこと」
「みたいね。私のノートパソコンでずっとネットをしてたんだって」
「長年封印されていた神様のくせにパソコンを使いこなしてたのか。夜のヒマ潰しには最適だろうけど、何をしてたんだろう」
「私も気になって訊いてみたら、封印されていた間に見た夢に出て来た人達の事を徹底的に探してたんだって」
「で? 見つかったのか?」
「夢の中で恋をした男は見付からなかったけど、三番目に見た夢、つまり一番最近の夢に出て来た女友達は見付けたっぽい」
「見付かったと言う事は、実在している人物って事か……」
「一昨年のブログに、どこかの離島に有る女子校で臨時の寮医をしたって書かれていたそうよ」
「正夢、って事なのかねぇ」
「さぁね。神様だし、私達が理解出来ない事も有るんでしょ。本人も本当に見付かるとは思ってなかったから、それ以上調べるつもりは無いってさ」
「その寮医と連絡が取れれば、男の方も見付かるんじゃないのか?」
「バカ」
「何で」
「見付けてどうするの。封印中の夢の最後でみことは死んでるんでしょ? 実は死んでいませんでした、とでも言うの? 言ってどうするつもり?」
「あー、そうか。見付けても、その先が無いのか。みことの夢が現実なら、向こうにしてみたら死んだ人間の話だもんな」
「とは言え、それで終わりなのも消化不良だから、私もその寮医について調べてみた。みことにバレない様に、携帯でね」
「で?」
「その人が医者を目指した理由は、中学の時に病気で亡くした友人を助けられなかったから、だそうよ」
「そういや二千年問題の時に死んだって言ってたな。十三年前なら有り得るか。その亡くなった友人が、みことの夢の……あれ?」
訳が分からなくなって来た。
首を傾げている俺を横目で一瞥したまりあんは、自分も訳が分からないと頷く。
「何にせよ、封印されていたみことがその寮医の友達だった事は確かね。パソコンも見ただけですんなり使いこなしていたし、現代の知識が有る」
「実は封印されていなかった?」
「洞窟の中のミイラに水をあげたのは誰?」
「俺だよ。どう言う事なんだろうな」
「わらわも良く分からないので、わらわなりに考えてみました」
「!」
振り向くと、まりあんの私服を着ているみことが居た。
気配も無く後を付けて来ていた様だ。
「わらわの治癒の力は、わらわ自身にも効きます。だから干からびても死ななかった」
真剣な顔で語るみこと。
「だけど、何百年も眠っているとさすがに疲れて来る。だから時折魂の欠片を野に放ち、栄養補給とストレス解消をしていたのではないでしょうか」
「栄養補給か。確かに、それは必要でしょうね」
まりあんは納得して頷いたが、すぐに疑問に気が付いた。
「魂の欠片って何?」
「魂の全てを解放したらわらわは死んでしまいます。だから、百年分の寿命だけを切り離し、輪廻の輪に紛れ込ませた。そうして魂の一部をただの人として生まれ変わらせ、普通に生きる事でストレス解消をした」
「奇妙な話だけど、治癒の奇跡を実際に体験してるから、私は否定できないわね」
「人として生まれ変わった魂の欠片は、穢れを知らない若い内に衰弱死する。そうして活きの良い若い魂となった欠片を本体に融合させ、わらわの命を繋いだ。と、わらわは推理しました」
「推理? 自分の事なのに分からないのか?」
俺が訊くと、みことは赤い瞳で俺を見た。
「封印中、わらわはずっと眠っていました。現代の文字が読めるのも、機械の存在を理解出来るのも、夢で見ていたからだと言うのが理由です」
みことは回りを見渡した。
田舎なので大きな建物は無いが、それなりに近代的な都市ではある。
「夢を夢として処理するなら、土器を作っている人の横で昼寝をして、次に目覚めたら人々は自動車を運転していた。訳が分からないのも当然でしょう?」
「そうだな……」
「夢の中の友人が本当に実在しているのなら、会いたいとは思います。言いたい事、訊きたい事がいっぱい有りますから。でも、死んだのは魂の欠片で、本体は私です、とは言えません」
「言われた方も、何だそりゃ? だろうな」
「あの子はみんなのお母さんと言われるくらい優しい子でしたから、混乱しつつも受け入れてくれるとは思います。思いますが……」
黙り込むみこと。
一晩中悩んでたんだろうな。
俺はその頭を撫でる。
「答えは気持ちの整理が出来てからで良いよ。復活してまだ三日目だ。焦る事は無い」
「そう、ですね……」
頬を染めるみことを青い瞳で睨むまりあん。
「で。どうして付いて来たの。家で待ってろって言ったでしょ? 私達はこれから学校なんだから。分かるでしょ? 学校」
「だってヒマなんですもん。ね? 真珠」
「ワン」
「何?」
俺は、民家の影から現れた真珠を見て驚いた。
相変わらずの巫女装束。
「真珠も来たのか。家で待ってろって言っただろ?」
「待つのはもうしない。でも、まみちゃんは忙しいワン。だからみことと遊ぶワン」
「わらわと真珠の二人で遊ぶので、ショウとまりあんは思う存分勉強してください」
妖怪と神がエヘヘと笑い合う。
やれやれと言った感じで溜息を吐くまりあん。
「分かったわよ。人外同士で仲良く遊んでなさい。人様に迷惑掛けるんじゃないわよ。――ショウ。携帯の番号をメモしてみことに渡してくれる?」
「おう」
俺は学生鞄からノートを取り出し、携帯番号を書いたページを切ってみことに渡した。
まりあんの方は、片手でも扱い易い大き目の財布から数枚の千円札を取り出している。
「何か有ったら、近くに居る人にお願いして電話して貰って。ショウが出るから。んで、昼食代。真珠の分も買ってあげてね」
そして学校に着き、校門でみこと達と別れる。
派手な見た目の二人は、俺達に手を振りながら街の方に行った。
「全く。将来に不安の無い人はノンキで良いわね」
「そうだな。みことはあの力で金儲けが出来るし、真珠は獣だから生ごみも漁れるし。何が有っても食いっぱぐれる事は無いだろうな」
「まさか、漁ったの?」
「昨晩、漁った。食べ残しが勿体無いワン、とか言ってな。母さんが止めたが」
「知ってる? 狐ってネズミを食べるんだよ」
「だから?」
「今まで何を食べて来たのか、気にならない?」
「気にしたところでどうにかなるのか?」
「そうだけど。病気には気を付けてね」
そして教室に入る俺達。
「おはよー」
「おはよう」
まりあんの挨拶に返事をしたのは、クラス委員長の由利亜子。
長い髪を編み上げ、いつも眠そうな顔をしているのが特徴の優等生だ。
まりあんの唯一の女友達と言っても良い存在で、男の俺にも会釈をしてくれる。
「何だか不機嫌そうだね」
声も眠そうな委員長に頷くまりあん。
「まぁね。実はこんな事が有ったんだぁ、って話せる内容じゃないのが、また困ったところなんだよ」
ふぅん、と鼻を鳴らした委員長が小声になる。
「中古くんとケンカ?」
「違う違う。あいつ程度の事くらいで不機嫌になったりしないって」
「程度って言うな」
「やだ。人の話を聞かないでよ、嫌らしい」
「人の目の前で会話しておいて……」
俺達のやりとりを見ていた委員長がクスクスと笑う。
そこで予鈴が鳴ったので、俺とまりあんは鞄を自分の席に置いた。
続いて本鈴が鳴り、クラスメイト全員が席に着く。
普通ならここでホームルームが始まるのだが、先生が来ない。
しかしいつもの事なので、静かに雑談しながら待つクラスメイト達。
「おーっす。お前らおはよう」
ヨレヨレの白衣を着た沖原先生が教室に入って来た。
女なのに寝癖だらけの頭で、教師なのに舌が回っていない。
俺がだらしないまま大人になったらあんな感じになる、とまりあんが言う位だらしがない。
「やっぱり少ないなぁ」
沖原先生は生徒達を見渡す。
ゴールデンウィーク中の平日なので、半分くらいの生徒が休みを取って旅行に行っている。
それなのに自分は仕事かと言いたげに頭を掻く沖原先生。
「面倒臭いのは分かるけど、二日酔いはまずいっすよ、先生」
俺が言うと笑いが起こった。
「うるせぇ。どうせなら全員休めよ」
いつもの暴言を吐いてから出席を取り、さっさとホームルームを終わらせる沖原先生。
その後の授業も、それ程重要な内容ではなかった。
教師達全員のやる気が無い訳ではなく、欠席が多い中で授業を進めると文句が出るからだそうだ。
そして昼休みのお弁当タイム。
まりあんは委員長と一緒に食べるので、俺はいつも一人で食べる。
弁当を包んでいた布巾を解き、蓋を開ける。
昨晩の残りのハンバーグに、卵焼き、焼き鮭、千切りキャベツ。
そして、熱々の豚汁。
「何?」
なぜ俺の机の上に湯気立つお椀が有るんだ?
温かい汁物が弁当に入っているなんて有り得ないぞ?
「!」
視界の端で白い狐耳が通り過ぎて行った。
椅子に座ったままかがんで机と机の間を覗き込むと、白と赤の衣装を身に纏った小さい子供が中腰で動いていた。
さすが妖怪と言ったところか、誰にも気付かれていない。
「まりあん」
「何よ」
無言で床を指差す俺。
「?」
まりあんは、その指の先に視線を送る。
すると、両手でお盆を持った真珠と目が合った。
「……どうしてここに居るの?」
まりあんが優しく訊くと、彼女の机に一個のお椀が乗せられた。
「季節的に最後の豚汁だから持って行けって、まみちゃんが」
言いながらお椀のラップを取る真珠。
美味しそうな湯気が上る。
「そう。小母さまが……」
薄く微笑むまりあん。
その笑顔が怖い。
「誰にも見付かるなって言われてるから、もう帰るワン」
空になったお盆を小脇に抱えた真珠は、中腰のまま教室から出て行った。
廊下の向こうから「うおっ」とか「きゃっ」とか言う声が聞こえて来ている。
障害物が無い場所では普通に見付かっている。
来る時は授業中だったから騒ぎが起こらなかったんだな。
「今の子、何? 動物っぽい耳と尻尾が有ったけど」
委員長が困惑顔で訊く。
「何だろうね。って、とぼけたいけど、また来そうだしなぁ。しょうがないから言っておくわ」
まりあんは、弁当を食べながら真珠の事を委員長に話す。
俺はそしらぬ顔で豚汁を飲む。
美味い。
そして午後の授業も内容無く終わり、下校の時間となった。
俺とまりあんは部活をしていないので、そのまま帰る。
「帰るついでに、小母さまの店に寄りましょうか」
生徒玄関に向かいながら薄く笑うまりあん。
「暗殺でもする様な顔付きだな。全力での阻止が必要か?」
「ショウも分かっているでしょうけど、小母さまに言って置かなきゃいけない事が有るから」
「夜に俺から言っておくよ。それで良いだろう?」
「あのね。真珠やみことが自由なのは良いよ。常識が通じる生き物じゃないからね。こっちにも迷惑掛けられる覚悟が有る」
下駄箱から外履きを取り出したまりあんは、それを地面に叩き付けた。
「でも、小母さまが真珠に出前を頼んだのは許せない。一言言わなきゃ気が済まない」
「あら、宝月さん。今お帰りですか?」
毛先が肩に付くくらいのツインテール女子がまりあんに近寄って来た。
隣のクラスの十京路鳩子。
「ええ。十京路さんは、今日は部活をお休み?」
一転、他所行きの笑顔になるまりあん。
「今日はお休みの方が多く、部活になりませんので。私も明日から『イタリア』旅行に行きますし」
国名を強調して言う十京路。
十京路はまりあんを一方的にライバル視していて、高級品を見せびらかしたり、自慢話をしたりする。
そうして自分は優位に居るぞとアピールしたいらしい。
今回は海外旅行を自慢しに来ている様だ。
「宝月さんは、ゴールデンウィーク後半、何か予定がお有りですか?」
「有る事は有るけど……」
俺を見てから言葉を続けるまりあん。
「――ちょっと予想外の変な物が居るから、どうしようかなぁ、って思ってるんだ」
「どうしようかな、とは?」
俺から十京路に視線を戻し、上着の肩口を弄るまりあん。
「次の予定はショウと二人きりのつもりだったから、予約も二人分しか取ってないの。でも、連れて行きたい子が二人も増えたから、調整が難しくて」
ん?
予定なんか聞いてないぞ?
また俺の許可を取らずに引き摺り回す気だったのか?
「どこに行くつもりだったんですの?」
「温泉」
即答するまりあん。
すると十京路が引き攣り笑顔になった。
「男子と、ふ、二人っきりで、温泉ですって……?」
「妙な事を考えてるんだったら、全然大丈夫よ。ショウにそんな甲斐性が有ったら、とっくの昔に前歯が全部折れてるから」
本気で殺されそうな声色だ。
何かの気の迷いでまりあんを襲っていたら、本気でやられていたんだろうな。
「そうじゃなかったら親も許可しないしね」
「そ、そうですわよね」
「でもまぁ、旅館に連絡して、人数が増えても良いって許可が降りたら行くつもり」
「な、仲が宜しくて羨ましいですわ。では、失礼します」
ヨロヨロと外履きに履き替えた十京路は、フラフラと生徒玄関から出て行く。
「十京路は何であんなに弱ってるんだ? 短時間で衰弱し過ぎだろ」
「正直、自慢とかはウザいけど、面白いから憎めないよね」
「やっぱりワザとやってるのか」
「そうでもない。普通に会話してるだけなのに、勝手にああなるのよ。まぁ、あ、いえ、うん」
「何だよ。気持ち悪い言葉の切り方をするなよ。気になるじゃないか」
「女同士の駆け引きって奴よ。男は分からなくて宜しい」
「あ、そ。……ん?」
物陰から真珠が出て来て、十京路の背後を四つ足でウロチョロし始めた。
「何やってるんだ?」
「さぁ……? とにかく止めさせましょう。あ」
まりあんが外履きを履いたところで、十京路が思いっきりこけた。
女子高生らしくスカートが短いので、だっさい豹柄パンツが丸見えになる。
見えてもあんまり嬉しくない物だったが、生徒が少なく、目撃者がほとんど居なかったのが救いか。
「十京路さん! 大丈夫?」
慌てて掛け寄るまりあん。
まだ靴を履き替えていない俺は、数歩遅れて外に出る。
「まぁまぁ、大変」
真珠の姿はすでに無く、代わりにみことが現れた。
「この方はショウ達のご友人ですか? あー、痛そうですね」
額を押さえて蹲っている十京路の前でしゃがむみこと。
まりあんがスカートを直したので、派手な下着はすでに隠れている。
「まぁ、友達と言えなくもないな。それより、真珠はどこ行った? こんな事しやがって」
追い付いた俺は、十京路に手を貸して立たせてやった。
痛みを堪えて涙目になっているツインテール少女の額と鼻が真っ赤だ。
膝と手には傷は無い。
幼児みたいな怪我の仕方だな。
「そうですか。では、痛いの痛いの、飛んで行け~」
自分の人差し指をペロリと舐めながら立ち上がったみことは、唾液に濡れた指を十京路の額に擦り付けた。
「痛っ! 何するの貴女は! ……あら?」
傷を直接撫でられた十京路は当然怒ったが、痛みが引いている事に気付いて訝しげな顔をした。
それを見て笑顔になるまりあん。
「十京路さん、大丈夫?」
「え? ええ。大丈夫ですわ。何も無いところで転ぶなんて恥ずかしい。失礼しますわ」
羞恥で頬を染めた十京路は、そそくさと校門から出て行った。
それを見送ったまりあんは、鞄を脇に置いてからみことの頭を軽く小突いた。
「コラ。軽々しく能力使い過ぎ。現代の常識が有るんだから、自分が超能力者だって事を知ってるはずでしょ? 騒ぎになったらどうするつもり?」
叩かれたみことは、子供の様に頬を膨らませて拗ねた。
「わらわは恩返しと思って……」
「恩返しはもう終わり。私の幻肢痛は消えたし、ショウの頭も大丈夫。それで十分よ」
「でも……」
「みことの能力が必要になったら、その時に改めてお願いするから。良い?」
頬に溜めた空気を唇を震わせながら吐き出したみことは、長い髪を揺らして頷いた。
「分かりました。では、今後はショウかまりあんにお願いされた時のみ、治癒をします」
「良い子ね。さて。もう一匹の方も叱らないとね」
鞄を持ったまりあんに視線を向けられたので、俺は頷く。
「真珠。出て来い」
俺の声に応え、狐耳巫女が高さ二メートル程度の校門の上に飛び乗った。
「おい。いたずらにしてもやり過ぎだぞ。罰として夕飯抜きにして貰うか?」
俺は、校門に向かって歩きながら怒って見せた。
すると、真珠は小首を傾げた。
「いたずら? 何が?」
「さっき、十京路って女の後ろでウロウロしてただろ。そのせいで十京路が転んだじゃないか」
今度は真珠の頬がぷくーっと膨らんだ。
「違うワン。真珠が転ばせたんじゃないワン」
「真珠がやったじゃないか」
「黄色い風が吹いてたから、追い払っただけだワン」
「……は?」
「だから、黄色い風。たまに渦を巻いてる奴だワン」
何を言ってるのかサッパリ分からん。
俺が戸惑っていると、みことが口を挟んで来た。
「真珠。何が有ったかをキチンと説明しないと、見えない人には分かりませんよ」
「見えない人……? って、お化けとか、そっち系?」
口の端を引き攣らせるまりあん。
いつも強気なまりあんは、実は霊的な物が弱点だったりする。
そのクセ、遊園地に行くと自分からお化け屋敷に入って怖い怖いと騒いで俺に八つ当たりする。
迷惑極まりない。
真珠やみことみたいな怪しい存在が平気なのは不思議に感じるが、正確には話が通じない相手が苦手みたいなので、
会話が出来る相手ならミイラでも妖怪でも問題無いらしい。
「さぁ? わらわも見えるだけで、知識が有る訳ではありませんから。ただ、まりあんに見えなかったのなら、そっち系でしょうね」
「俺にも見えなかったから説明してくれ。それはどう言う物なんだ?」
真珠を見上げて訊くと、また真珠色の頭を傾げた。
「悪い事が起きる前兆? でも、原因はその人自身に有る。そんな風だワン」
「やっぱり分からん」
俺も首を傾げる。
その後ろでまりあんが携帯を弄り始めた。
いちいち鞄を下に下さないといけないのは面倒臭そうだが、手伝うとキレるので放って置く。
「軽く調べてみたけど……。黄色い風ってのは、風の神様が人に向かって吹き掛ける物の事で、その風を受けると病気になったりするみたい」
「つまり、あのウロチョロは、風の神様を追っ払ったって事か?」
俺の言葉を聞いた真珠が校門から飛び降りた。
「神様かどうかは知らない。でも、他人を恨んだり呪ったりする人には良く吹くワン」
怒られている雰囲気を嫌ったのか、真珠は俺の家が有る方向に走って行った。
本当に自由な奴だ。
「他人を恨んだり呪ったり、か。十京路さんは、私に対してそんな感情を持っていたのかな」
「十京路に恨まれる覚えは有るのか?」
携帯をポケットに仕舞ったまりあんは、憂鬱そうに鞄を持つ。
「亜子が言うには、私が美人で社長令嬢なのが気に食わないらしいけど」
「ふざけてますか? まりあんさん。委員長がそんな事言うか?」
「言ってるのは亜子じゃなくて十京路さん。ショウに心当たりは無い? 十京路さんが私を怨む理由」
「何で俺が」
「って事は、そっちには何のアプローチも無しか。じゃ、私とショウがいつも一緒に居るから、ショウにも関心が出た、ってところか」
「は?」
「分からなくて宜しい。でも、そうすると、真珠は人助けをしたのかな。黄色い風を追っ払ったのなら」
「かも知れませんね。もしそうなら、叱るのは筋違いかも知れませんね」
にこやかに言うみこと。
「そうか。おーい、真珠」
俺は真珠に謝ろうと思って呼んだのだが、出て来ない。
どこかに行く振りをして後ろに潜んでいたりするから、まだ居る可能性は有ったのだが。
本当に帰った様だ。
「まぁ良いや。お詫びにビーフジャーキーでも買ってやるか」
「ふふ。そうですね。……ん?」
みことの笑顔が消えて行く。
その赤い瞳の先には二十代半ばくらいの女性が居た。
やぼったいオカッパ頭で、OLっぽいスーツを着ている。
「こんにちは。そこの髪の長い貴女。今、治癒の力を使っていましたね?」
俺とまりあんの表情が引き締まる。
何者だ、この女。
「失礼ではありませんか? って言うか、何を言っているのか分かりませんが?」
真顔でとぼけるまりあん。
「動桃命が復活した反応が有りましたので駆け付けました。私の顔に見覚えが有りますか?」
「覚えています。わらわを封印した女の片割れ、紫」
驚く俺とまりあん。
みことが封印されたのは千年以上も前だったはず。
そのみことが顔を知っていると言う事は、この女の年齢はみことと同レベルと言う事になる。
「記憶は失われていない様ですね。封印の後遺症は有りませんか?」
言葉は心配している感じだが、紫の顔は終始無表情なので薄気味悪い。
「朝顔とは違い、紫は昔と同じ人物ですね? 紫も封印されていたんですか?」
質問に答えないみことに薄い笑みを向ける紫。
すると、みことが一歩引いた。
野良猫の様に警戒し、身構えている。
「いいえ、封印はされていません。人として生きながら、動桃命の復活をずっと待っていました。今の名前は山田良子と言います」
「待っていた? わらわに何の用が有るのですか? まさか、また封印するつもりですか?」
「それも違います。私は動桃命を迎えに来たのです。あの時は朝顔に邪魔されましたが――」
紫は、俺とまりあんを順に見た。
そうしてから薄い笑みをみことに向ける。
「その子供二人は障害にならないでしょう。私は子供二人を重要視しません」
「どう言う意味?」
無意味に高圧的な言い方をするまりあん。
何だか嫌な予感がするので、俺はまりあんを背中に隠す様に立つ。
「紫だか山田だか知らないが、迎えは要らないんだ。みことは俺を頼っているからな。朝顔の子孫はそれで引いてくれたぞ」
俺を見るオカッパ女の目は物凄く冷たかった。
まりあんの比じゃない。
まるでガラス玉の様だ。
「君を頼っている? 本当ですか? 動桃命」
「はい。ショウはわらわの封印を解き、体力を回復させてくれた恩人です。まりあんもです。彼等は大切な人です」
「恩人、大切な人、ですか。では、無視は出来ませんね。私は子供二人を重要視しましょう」
まりあんを流す様に見た後、俺を凝視するオカッパ女。
「良いでしょう。貴方達に私の正体を明かしましょう。動桃命も聞いてください」
「本当に生きたままみことの復活を待っていたのなら、只者ではないでしょうね」
まりあんが言ったのに、オカッパ女は俺から目を離さなかった。
「私は人格複写式支援AI搭載型アンドロイドです」
「うん。帰って」
速攻で聞く気を無くすまりあん。
みことも理解出来ずにポカンとしている。
「その反応は想定の範囲内です。ですから二千年前は正体を明かせませんでした」
「二千年前にアンドロイドが有ったと言うのか?」
俺が訊くと、オカッパ女は頷いた。
「男の子はこう言う話題に付いて来てくれるので会話を続けられます。ここでは目立つので、歩きながら話しましょう」
校門前なので、帰って行く生徒達が俺達を訝しげに見ている。
長生きな女二人が異様に目立っているせいだ。
仕方なくオカッパ女を先頭に歩き出す。
「細かい事は規則で言えない決まりになっています。ですので、質問に答えられない部分が存在する事をお許しください」
俺は細かい質問をしそうなまりあんを見てみた。
興味が無さそうに一歩後ろを歩いている。
余計な口を挟む気は無い様だ。
「ショウさんは、警察は勿論ご存じですね? 私は宇宙規模の警察組織に所属しています」
「宇宙規模の警察? 宇宙で宇宙人犯罪者でも取り締まっているのか?」
「その認識で間違いありません」
「マンガかよ。それを俺達が信じられる証拠は有るのか?」
「動桃命が私を知っている事で、私の特異性は証明されていると思います。それ以上はありません」
俺はみことに視線を送る。
頷くみこと。
「ここで疑っても話が先に進まないから、今は暫定的に信用してみるか。――で?」
「我々の組織は、人類誕生以前から存在しています。なので、科学技術は人類より遥か先を進んでいます」
「だから二千年前にアンドロイドが居てもおかしくない、ってか?」
「そうです。そして我々は、犯罪を取り締まる一方で、新しい仲間も募っています」
自動販売機の前で立ち止まったオカッパ女は、「ジュースをご馳走しましょう」と小さなガマ口を取り出した。
折角なので、俺はコーラ、みことは栄養チャージ系を奢って貰った。
まりあんは素っ気無く断った。
遠慮している訳ではなく、学生鞄を持ったままでは缶ジュースが飲めないからだ。
さすがの俺でもまりあんの鞄を持ってやると提案したが、にべも無く頭を横に振られた。
「そして、これからが本題です。我々は動桃命を仲間に入れたいのです。医療班として」
オカッパ女はスポーツドリンクを飲みながら言う。
「不老長寿で治癒能力を持った動桃命は、宇宙規模で見ても貴重な存在です。ぜひとも欲しい」
「それで迎えに来た、と?」
「はい。長い時間を掛けて説得すれば、動桃命は我々の仲間になるからです。今断られても、最長でも百年後には仲間になります」
「断言するんだな」
「動桃命が貴方から離れたくなくても、貴方は百年後には亡くなっていますから」
「そりゃそうだ」
肩越しに振り向き、みことを見るオカッパ女。
「彼が亡くなった時、そこに動桃命の居場所は有りますか? 彼と彼女の子孫は、彼等と同じ様に動桃命と接すると思いますか?」
「わらわの、居場所?」
困惑するみこと。
「不老長寿の生物は自然に反する存在です。この星は動桃命を排除するでしょう。そうなる前に、私は動桃命を保護したいのです」
「わらわを、排除……?」
朝顔の子孫の話を聞いていた時と同じく、オウム返しを繰り返すみこと。
思考が追い詰められるとこうなる様だ。
「星が排除するって、どう言う事だ?」
みことが泣きそうな顔をしていたが、俺は好奇心が抑え切れずに訊く。
オカッパ女は正面に向き直り、歩きながら話を続ける。
「新しい種族が誕生すると、稀に規格外が現れます。人類の中では、動桃命は正に規格外です」
「まぁ、普通ではないな……」
「そう言う存在には必ず何らかの欠陥が有り、すぐに絶滅します。ただ、動桃命は生物としての活動を意図して止めない限りは死なない。だから今も生きています」
「ミイラ化しても生きてたしな」
「ですが、規格外は規格外。自然に淘汰される運命を背負っています。絶対に消え去る運命にあるのです」
「絶対? 言い切るんだな」
「絶対です。自然は厳しいからです。そんな存在を保護し、研究するのが私の役目なのです」
「研究するのか? どうやって?」
「動桃命本人を傷付ける事は絶対にしません。保護が私の目的ですから。そこは不安に思わないでください」
一際大きな声で主張した後、続ける紫。
「動桃命の遺伝子と細胞のサンプルはすでに本部に送っており、動桃命のクローン体達が医療班として活躍しています。ですから、特別急いでもいません」
「もうクローンを作ってるのか。なら本人は要らないじゃないか」
「いいえ。動桃命を連れ帰るのも私の役目です。それに、クローンの能力は本物の足元にも及びません。解明出来ない部分も多いのです」
足を止めるオカッパ女。
「動桃命。貴女の居場所が無くなり、行く家が無くなったら、私を頼りなさい。最大級の歓迎をします。これが連絡装置です」
オカッパ女は、少し大き目な消しゴムみたいな物をみことに渡した。
「使い方は、貴女なら分かるでしょう。何百年でもお待ちしております。連絡が有るまで、私は山田良子を続けましょう」
みことの暗い表情を確認したオカッパ女は、いきなり俺を見た。
目が冷たいのはアンドロイドだからなのか。
「貴方のフルネームを教えてください」
「中古笑だ」
「中古笑さん。私は貴方に忠告します。動桃命を殺す方法はふたつあります。ひとつは、首を刎ねたり、短時間の内に内臓を徹底的に破壊する事です」
「何でそんな妙な事を言うんだ。俺がみことを殺すとでも思っているのか?」
俺の言葉を無視して続けるオカッパ女。
「そしてもうひとつ。動桃命は、妊娠すると死にます」
俺は勿論、みこととまりあんも驚いて言葉を失った。
「自然は動桃命が子孫を残す事を望んではいないと言う事です。それはクローン体で実証済みです」
「わらわは、夢でも現実でも、恋が出来ないと言う事ですか……」
唇を戦慄かせながら呟くみこと。
「良いですね? 中古笑さん。動桃命との仲が行き過ぎない様に注意してください。では、私はこれで失礼します」
ペコリと頭を下げたオカッパ女は、何事も無かったかの様に人混みの中に消えて行った。
残された俺達は無言で立ち尽くす。
特にみことは呆然としていて、持っていた缶ジュースを落としているのに全くそれに気付いていなかった。
不意にまりあんが俺の踵を蹴って来た。
何だよと思ってまりあんを見ると、顎でみことを示された。
ショックを受けているみことに何か言えと言う事か?
だが、何て言えば良いのか。
適切な言葉が思い付かずに固まっていると、まりあんが溜息を吐いた。
「宇宙警察か何かは知らないけど、あんなのは気にしちゃダメよ。帰りましょ」
「おう。気にするな。みことはみことのやりたい様にすれば良い」
まりあんの後に続き、適当に励ます俺。
「やりたい様にすれば……? わらわは……」
鞄を置いたまりあんは、ショックの余り無表情になっているみことの頭を激しく撫でる。
尻まで有る長い黒髪がワサワサと音を立てて揺れた。
「今は考えなくて良い。一旦帰って落ち着こう」
「……はい。でも、ショウ」
潤んだ赤い瞳で俺を見るみこと。
「わらわは、ショウに恩を返せていますか?」
「んー? まぁ、母さんを助けてくれたみたいだし、それは心から有り難いと思ってる。まりあんの痛みを取って貰ったのも、凄く助かった」
幻肢痛から来る不機嫌で理不尽な事を言われるのは、もうコリゴリだ。
「そうですか……。もしもわらわが紫のところに行くと言ったら、ショウはどうしますか?」
まりあんも俺を見る。
凄く期待されてる雰囲気。
だから俺は当たり障りの無い返事を選ぶ。
「本気で悩んで決めたのなら、俺は賛成するしかないだろ」
その言葉を聞いたみことは、俺に背を向けた。
まりあんが睨んで来る。
「何だ? 俺、何か悪い事言ったか? 半端な気持ちなら、そりゃ止めるさ。俺だって宇宙警察なんか信じていない」
コーラの残りを一気に飲み、空き缶を軽くへこませる俺。
「でも、必要とされている場所に行けるのなら、それは良い事だろ? 引き留める方が悪い」
「正論だけどね」
まりあんはみことが落とした缶を拾い、俺に持たせる。
「だけど、それを言ったら、朝顔の子孫って人のところに行っても良いって事になるのよね」
続いて鞄を持ったまりあんは、みことの正面に移動する。
「私じゃみことを救えないけどさ。私はみことにウチに居て欲しいって思うよ。だから悩まなくても大丈夫。安心してウチに居て」
「まりあん……」
涙声。
俺はみことを泣かせてしまったらしい。
「ショウに望む答えを期待しちゃダメよ。アイツ鈍いから。もうちょっと長い目で見てあげてよね」
そうか。
みことは自分を救ってくれる言葉を俺に求めていたのか。
そう言うのを瞬間的に理解し、女がときめく言葉が息を吐く様に出て来る男なら良かったんだが、現実は甘くない。
俺は、それに気付いても無言でいる程度の男だ。
そして、家に向かって歩き出した二人の女の背中を追いながら空き缶を捨てられるゴミ箱を探す程度の男だ。
そもそも、みことがどんな言葉を望んでいるのか、見当も付いていない。
あ、そう言えば、俺達三人は真っ直ぐ自宅に向かっている。
母さんの店に寄ると言っていたのを完全に忘れているな、まりあんは。
都合が良いので、このまま黙って歩くか。