約束の日
思わず息まで潜めて、ベリルは二人の会話に聞き入った。
ヴォルグの表情を伺う。特段気にした様子もなかった。
『あのこの世の者とも思えぬ美しい娘か……盾に取れとでも?』
『そうなります』
『……ふざけておるのか?』
おお、怒ってる怒ってる。物知らずだが悪い人間ではない。確かにそうだった。よくよく考えると、アレな王様だったら、ベリルを見た時ハーレムに入れたいとかぬかす可能性もあったのだ。
『そういう訳ではありません、彼女が倅の意思を左右するに足りるという話です』
王様が鼻を鳴らす声。
『理解し難い話だな――いくら美しくてもただの女ではないか、根拠はあるのか?』
一瞬、王様の理解し難いを理解し難くなったベリルだが――直後に辛うじてわかった。別に女を蔑んでいるのではない――価値観の違いだ。かつてのベリルがそうだったように、貴族や王族にとって女とは基本的に単なる政略結婚の道具だ。そりゃ女が政治を乱したという例は地球上でも例に暇がないが、唐の武則天みたいな特殊な例を除けば、相手の男が生きている間は大人しいのが大半である。色に溺れたとしてもそれが女のツケになる訳ではないし、単純に失政の責任を女になすり付けたってのも多いだろう。
それに典型な貴族的価値観が丸っきり駄目って訳でもない――女をただの女として大切にしている、それだけなのだ。例えばパパンやシラは名家のしっかりとした男をベリルにあてがおうとしたし、その価値観なりに本人達の幸せを極力図っている。フェミニストは激怒するだろうが、少なくとも町で歩いている異性を手当たり次第にナンパするよりは円満になれる確率が高いのは確かだ。
『はい、そこで先ほどの話になりますが――倅との謁見の時、彼女はどこにいましたか?』
『隣室で休ませていたと聞く――そうか』
『はい、私も捕まるまで色々と観察させてもらいましたが――離れないようとしないのです、一時も』
『あの美色に我を失ったか、勇者ともあろう者が』
『わかりません、我が息子ながら不甲斐なく単純にそうかもしれませんし、それ以外のものがあるのかもしれません』
「両方正解」ベリルの耳元でヴォルグが囁いた。
いや待て、このタイミングでスピーカーのスイッチを切らないで欲しい。間が持たない。
顔がほてっていたので頭を抱えるように隠す。優しくこじ開けられる。貴様、恥じらう乙女の顔をじっくりねっとり眺めるのが好きなのか、いい趣味だ。
止めろ、止めてください、止めてお願い。
小さな覗き窓の向こうに御者がいるのだ。防壁に隔てられてあちらに声は届かない。それでもベリルは声を殺しながらヴォルグで覗き窓を指差す。いくら死角にいると言っても気が気じゃなかった。
「大丈夫だよ、触る訳じゃないから」
キスだけならセーフだと言いたいらしい。
まあそれぐらいなら――油断したのがいけなかった。無意識で半開きになった唇からヴォルグが入ってくる。今まで何度も絡み合った舌が再会し、まるで生き別れていた恋人のように何度も抱き合う。唇を離した時に漏れた吐息は、自分でもビックリするほど甘かった。
くすぐったいような気怠い感覚に思わず太ももをすり合わせる。まるで潤滑油が塗られているかのように摩擦を感じなかった、思わず口に出す。
うそ。
それを見逃してくれる甘い男な訳はなく、啜られた唾液を取り返そうとしたら、口の中で握手した上で倍になって戻ってきた。まるで薬を嫌がる子供に対する親のように、喉を鳴らして飲み込むまで離してくれない。
馬車の揺れと蹄の音が止まる。御者に人払いを命じたヴォルグの声がどこか遠くから聞こえる。
審判のジャッジは、アウトだ。
|ノクターン| λ......
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えっちぃのは駄目です!という方はしばらくお待ちください