表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/97

ドリル再び

 例えば浪人が決定した直後、実はバレバレだった教科書カバーをかけたエロ本をおかんに持ちだされて叱られ、泣きながら外に走ったら車にはねられて病院のベッドの上で医者に向けて事の経緯を暴露された時。


 もしくは腰が抜けた後も跨がらされて揺らされて逃亡できない状況から思い出すのと赤面してしまうようなおねだりを一杯してしまい、翌日になっても足腰が砕けたままで王宮の中をお姫様だっこで運ばれ、挙句に王様と元勇者が人目の少ない謁見室にいる間も隣室で待機させられ、好奇の目に晒されている時。


 一体どっちが生き地獄だという話である。


 今、ベリルが身につけているのは人界の手持ちの中でも一番露出度の低いセルビアドレスだった。貧乏臭いと言ってしまえばそれだけだが、弛んだスタイルをごまかすための装飾やぶかぶかなどベリルには必要ない。元地球人らしくゴテゴテとしたのは性に合わないのだ。薄青い色合いもあってソファに崩れているのはクラゲのよう。


 ぐったりである。

 別に王様に会わなくてもよく、着る服にまで横槍を入れるほど独占欲全開なら――何故自分まで王宮に連れてくるのだあの魔王は。そうしなければ仕立て屋が泣きそうな顔でドレスの寸合わせをする必要もなかっただろうに。

 あー、だりー。

 まだ腰の骨だけが無くなったように力が入らない。筋肉痛すら感じなかった。


 手加減と手順を踏む事の違いを思い知らされた気分だった。

 ベリルが魔族並なのは下腹と寿命くらいなのだ。他は人族並みである。あれを最初からやられてたら多分今頃は足腰が砕けるどころの騒ぎではない。空想で楽しむ分には好物だが、自分が色情狂(ニンフォマニア)になってそれしか考えられなくなるのは御免被りたいというのがベリルの本音である。こらそこ笑うな。野郎がリピド―を全開にして妄想したエルフみたいな体なのは重々承知だが、せめてエンディングだけはもうちょい真面目なルートを歩みたいのだ。


 チラッと顔を上げる。


 ドリルがいた。


 王都広しといえども奴しかいない、という特徴を持つ貴族は少ない。あのヴォルグでさえ外面だけなら凌駕するような男前はいくらでもいるし、余計なトラブルを嫌ったカール伯爵から今日だけ登城を禁じられた豚に至っては、体重だけでも同じクラスなのが無数にいる。


 そのカール伯爵が王都広しと言えどもというくらいにガリガリであるし、末娘のクリスティン=カール嬢の見事な金髪縦ドリルもオンリーワンの逸物である。性格が有象無象と同じのステレオタイプな高ビーお嬢様であっても、特注のクソ重い陶器製カールと毎夜おねんねして型作られた見事なドリルは、一目見たら忘れられないぐらいのインパクトを持っている。カール家の家訓は個性が大事に違いない。


 ただし名前だけは忘れたので、ヴォルグに耳打ちして聞いたのだが。


 ベリルの覚え違いでなければ、あの元勇者様の重さも知らずに、ベリルの前で宣戦布告してきた哀れなお嬢様だと記憶している。

 今、クリスティンはだらしない姿勢のベリルを気にした様子もなく紅茶に口を付けている。

 こんなに落ち着いた子だったけ?

 こう見えても王国の重鎮の係累だ。多分暇になっているベリルの話相手に引っ張りだされたのだろう――しかしベリルの知っている彼女なら、ソファの上でへばってるこちらに嫌味の一つや二つでも飛ばしてきそうなものなのだが。図書館の中で怒鳴って司書(ハゲ)につまみ出された子供といまいちイメージが重ならない。あちらが二年ならこちらも二年、人に歴史ありと言った所か。


「昨晩はお疲れ様でしたね」


 カチャリ。カップを置いて苦笑紛れに言われる。

 ぐえ。やっぱバレバレでやんの。

 お楽しみと言われるよりはマシだが、おそらくは壁際にすまし顔で控えているメイドでさえ思っているであろう事を言われるとすごく恥ずかしい。魔界ほどオープンでない人界ならなおさらだ。

 ここはさらっと流すに限る。


「ええ、まあ……お変わりになられましたね」

「え? そうですか?」


 自覚がないのか。ペタペタと自分の顔を触るクリスティン。恋は女を変える。

 かつて女に変わったベリルにはピンと来た。よし、姿勢を正そうと思えばなんとかならんでもない。


「おめでとうございます」

「――ありがとう」

「失礼ですが、お相手はどなたでしょう?」


 この無礼者、という幻聴が聞こえた。たったの二年なのに懐かしいと思えるのは、それが跡形もなくなってしまったからだろう。


「ええ……ウィリアム・ルーク様なのですが、ご存知ですか? 教導騎士団の」


 知らない。ベリルは素直に首を振る。しかし実戦派で鳴らしている我が養父の子分とは――家名だけのボンボンよりいい趣味なのは確かだ。しかも相手を好いているなら申し分はない。だからそれも言ってあげると嬉しそうに微笑む。


 うむ、こうして見ると、高ビーだのツンデレほど実現性のない妄想もないと思う。要は都合のいい時だけ甘い顔をする暴力亭主みたいなもんなのだ。やはり男だろうが女だろうが素直なのが一番可愛い。名前を出して旦那をアピールする辺りも実にこう、健気だ。嫌いになれない。


 ぐぬぬ。


 本物だ、本物がベリルの目の前にいた。可愛い事と可愛げがある事は全く違う。多愛のない話で表面上は取り繕っているが、恋する乙女を目の前にして、ベリルは今更ながらかなり動揺していた。肉食天狗の時は鼻歌交じりでペアリングしてやったのだが、今同じ状況になったら同じ行動を取る自信がベリルにはなかった。


 コンコン。控えていたメイドがドアを開く。元勇者に偽装した元勇者だった。


「やあ、お待たせ」

「ヴォルグ様」

「クリスティン嬢、お久しぶり」

「はい、お久しぶりです」


 俯いたままのベリルは何も言えない。

 何もかも欺いてきた現魔王様はともかく、かつて狙っていた男を目にしたクリスティンの方もニコニコと余裕があった。何も知らない男が見たら勘違いするような素敵な笑みだ。なんとなく黙りこんでしまったベリルがいきなり抱き上げられても悲鳴を上げなかったのは、小さい頃から受けた教育と慣れの賜物でしかない。


「では、お相手ありがとうございました、この度はおめでとうございます」

「はい、ありがとうございます」


 平然と挨拶をかわしているのが信じられなかった――真っ赤になった顔を隠すのが、ベリルの精一杯だというのに。

 自分だけ全く成長してないような気がする。


    ※


 人払いをした謁見室の中、ヴォルグ=ブラウンが礼と共に退室した後も、


 ベオヴーフ国王・オーデン=トーフ=ダコハペンは思索にふけっていた。


 目の前の机に置いてあるのは、華美な装飾の中で浮いてしまうような無骨な一枚のプレートだった。そこに放置しておけば、何かのゴミかと勘違いされて使用人が掃除して捨ててしまうような代物。しかしそれは今や、部屋の中でオーデンの眼中にある唯一の物と化している。

 先ほど持ってきた勇者がやって見せたように、プレートの上にある横這いの三角形を押した。


 目の前の空中に、ブラウン家の当主預かりの顔が映し出される。


「――パルト、聞こえているか?」

『はい、オーデン様』



 筒抜けである。

 馬車にゆっくりと揺らされながら、小さいスピーカーから会話が聞こえてくる。ラジオみたいだ。馬車の中の空間には、外からの音が一方的に入ってくるような防壁が張ってある。耳を近づけるのはなんとなくだ。ベリルはヴォルグの太ももに尻を乗っけて、御者が窓から見えない角度に抱かれている。


『こうして話していても未だに信じられぬな――魔道具、か』

『我が倅ながらとんでもない話を持ち込んできたものです』

『どう思う?』

『信じる他ありませんね――私の推測が間違いないなら、今、私のいる部屋を監視しているのは三柱王(トライゴン)です。現魔王デウス・エクス・マキナが手中にあるというヴォルグの言い分にはある程度の信憑性があるかと』


 うん、酷い。文字通りその両手に抱かれているベリルは思わず呟いた。


「極悪人……」


 蓋を開けてみれば、ヴォルグのやってる事は単純明快だった。ベリルでもわかる。勇者一族の生命線であるエルフとの連絡をいきなりぶった切り、同時にユグドラシルに奇襲する。一寸先は闇の状態で情報に飢えた勇者一族がそこで黙っているはずがないので、近くに来たのをすかさず交渉カードとして捕獲。それがまさかのお義父様だったのは誤算だったが、それはそれでカードと交渉する相手がまとめて懐に飛び込んできたようなものだ。渡りに船と言わんばかりに二人の連絡手段と必要な情報を渡し、あとは釈迦のように手の中で転げまわっているのを眺めるだけ。


 特に思慮が浅い訳でもなさそうな二人が盗聴されている事に無警戒な事には理由がある――馴染みがないのだ。態度だけは取り繕っているものの、いきなり目の前にデンと置かれたオーバーテクノロジーにショックを受けているのが目に見えるようだった。


 そして例えそれに思い至ったとしても、彼らに他の選択肢はない。


 人界でも飛べるように、闇素が充満する夜中に魔力をチャージするような構造のアンドレアルフスの中。客室の中は高級ホテルのスイートルームも真っ青の3LDKである。ベッドはふかふか。蛇口を捻れば飲み水が出てくるし、出される食事はフルコース。おそらくは現世界で一番高くて豪華な三食昼寝付きの牢獄にお義父様はいる。脱出しようと思ってもレメゲトンを遥かに超える上空1万メートルではどうにもならないし、その傍にいるのはあのランスロットだ。人族よりも監視の精度と持続力が桁違いである、文字通り蟻の空けた一穴すら見逃すまい。

 王様の方はもっとシンプルだった。いきなり音信不通になった勇者一族と、いきなり目の前にデンと置かれた魔道具。これを無視できる人間など存在しない。


 勇者と魔王?

 もはやそういうゲームじゃなくなってしまった。


「その現魔王だからね」


 野郎は絶好調だった。ベリルに甘えたりベリルを吸ったりベリルを舐めたりベリルから飲んだりベリルに入れたりベリルにおねだりさせてショックが抜けたらしい。こんなのを相手取っている王様とお義父様が気の毒に思うくらいだ。


「これだけでいいの?」


 誰も聞く奴などいないのに、ベリルは思わず声を潜める。

 もうちょっと派手な事をやると思ってたのだが。


「急ぐ必要はないからね、精々頭を冷やしながら情報を仕入れてもらうさ」


 そういう事だ。この元勇者はあろう事か、レメゲトンの閲覧権限(クリアランス)を王様とお義父さまに提供しやがったのである。マーリン(魔法使い)にある程度フィルターさせているとは言え魔界全てから掻き集めた情報は人族が一生かけても読み終えれる事はなく、純愛小説からスカトロの絵巻までなんでもござれである。中世レベルの情報に飢えている身には強烈だろう。そして王様が密かに端末を使い続けるには、ヴォルグの提供するマジックチャージャーが必須だ。自然、接触も多くなる。


 かつて魔王を張り倒し、ベリルを人界に攫ってまでやったのと同じ事をやろうとしているのだ。

 てっきりお城の一つや二つでも吹っ飛ばすかと思ったらこれである。駆使する暴力も死者も最低限。あとはとにかく情報の流れを弄って気長に待つ――とことん暗躍という言葉が大好きな魔王様だ。単なる暴力馬鹿より手に負えない。


 そして、盗聴している向こうの二人は、その事に気付かないほど愚かではなかった。


『厄介だな、これではこちらはカードの一枚もなく、されるがままではないか――何か打開する手段は?』

『無い事もないですが、至難だと思います』


 目を細め、ほっぺをぐにぐにさせられるがままのベリルはその言葉を聞いて目を見開いた。


『王よ、謁見の時、ベリル=レイバック嬢はどこにおられましたか?』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ