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ドキッ、勇者と魔王だらけの正座大会

勘を戻すのに苦労しました

 人界。ユグドラシルの上空に浮かべた飛空船『アンドレアルフス』。飛空船とは思えないゴージャスな客室の中。


 総員正座せよ。


 何故正座なのかというと、ランスロットが捕獲したという覗きが正座しているからであって、その覗きだという壮年の男がベリルの旦那の親父であって、それはつまりその覗きがベリルのお義父さまだからである。目上が正座しているなら息子とその嫁が正座しなければ失礼に当たる。主が正座しているならその騎士がのうのうと立っている訳にはいかない。


 ベリルの前におわすのは勇者一族の当主預かりである。背筋から顔面まで定規で図ったような直線。目の前にポン刀のように置いてあるのは一振りの短剣。双龍紋も見つかったのだが、それはヴォルグが没収している。覗きというよりはそれを成敗する方の風格だった。和服でも着させて必殺のBGMでも流せば結構様になるだろう。


 しかしこっちも負けてはいない。

 右、前勇者にして現魔王という超弩級の外道。前科多数。カワハギを釣りに行ったら長靴が食い付いたような表情。

 左、世界一おっかないリビングアーマーで前々魔王。関節可動域などクソ食らえのデタラメなスペックなのは重々承知だが、正座姿は本邦初公開である。

 真ん中、つまり自分、闇の巫女にして前魔王。近頃年と外見がズレてきたし、多分あと百年ぐらいは美少女だろう。ちょっと足が痺れてきた。

 不届き者が不審な動きを見せたらコンマ秒でフクロにできる必殺の陣形であった。

 勇者と魔王のバーゲンセールだった。あとは八つ裂き(お父様)でも呼べばパーフェクトだが生憎とここにはいない。


 なんだこの空気。


 ベリルは対処に困った挙句、元日本人としてのステレオタイプな反応を示した――つまり深々と頭を下げたのである。


「……ベリルです、はじめまして」

「これはご丁寧に、パルト=ブラウンです、息子がお世話になっております」


 そういや自分の姓はどうなるんだろうか、ま、いっか。しかしこの必殺仕事人、こんな男尊女卑の世界で年下の女に頭を下げ返すとは――これが覗きと言われても正直ピンと来ない。

 その息子とやらに目を移すと、珍しい事に表情を取り繕う余裕すらないらしい。覗きで捕まった親父のために警察署に行った息子の顔である。その覗きの対象が自分達となれば味わい深いどころではない。罠を張ったまではいいが、まさか自分の父親がかかるとは思わなかったらしい。


 うん、ここは私がひと肌脱ぐしかあるまい。ベリルは心のなかで頷く。


「えーと……それでパルト様、今回はどんな御用でいらしたのでしょう?」

「いやなに、死んだと思っていた息子が生きて帰ってきたので、ちょっと顔でも見ようかと」

「はぁ……」


 で、覗きと。

 勇者一族ってのはこういう奴しかおらんのか。

 次、次はどうする。困った。覗きをされたからと言ってこのふてぶてしいくらいに堂々としたお義父さまをどうしろというのだ。ギロチンか、電気椅子か、首つり台か、三角木馬か。


「ともあれ、ようこそいらっしゃいました。つまらない所ですが、どうぞゆっくりして行ってください」


 ランスロットまでが首を傾げた――貴様ら人外トリオと一緒にするな、こちとら正座で足が痺れるくらいには温室育ちなのだ。

 ベリルは空中に窓を呼び出す。ほう、というお義父様の声。えーと、もう一つの船に乗っている獣の鎧(ポチ)はいない。どうせ元勇者の肝入りでとんでもない事をしてるのだろう。監禁用に使うのは一応客室で、フィレスが手配済みである。シラはレメゲトンで留守番だから――


「ランスロット、パルト様の案内をお願い」


 ――下手な真似したら殺っちゃっていいから。


 言葉にする必要もなかった。リビングアーマーが立ち上がり、つい昨日絞め落としたばかりの相手に一礼する。阿吽の呼吸である。


「では、客室にご案内させて頂きます――しばらく不自由をさせてしまいますが、どうかご容赦ください」

「お世話になります」


 いや、あなた覗きなんですけどね。

 なんとなく時代劇の登場人物になった気分で、ベリルは目の前の壮年と二人して頭を下げ合う。

 終始無言だった息子は、父親の体質でようやく腹痛が納まったような表情をした。


    ※


 あまり地上を長い間空ける訳にもいかなかった。


 遥か上空にある飛空船から迷路そのものの庭園に降り立ってから僅か十分。聞いて驚け、隠密魔法(インビジブル)を掛けた二人の前を通りかかった人間はなんと23人である。貴族もいれば令嬢もいるし、どう見ても庭園で使わないはたきを持った使用人すらいた。結局隠密を解いたのが客室に戻ってからで、3分後にノックしてきた使用人が何時戻ったのか驚いていた。


 屋敷に帰りたいというベリルの声に、反対の意見は出なかった。


 無駄に広い屋敷の大掃除の進行度は現在20パーセント程度ではあるが、元々が二人と使用人達の住処である。しかもレイバック夫人(人間台風)がセルビアでお産を控えている今、王様でもない限り来客は玄関前に詰めかけようがお断りするゴーマンっぷり。80パーセントという名の空き部屋をも完璧にこなそうとするのは使用人達のプロ根性の賜物でしかなかった。世界征服の暁には丸くて平べったい掃除ロボットでも作ってやろうか。


 ヴォルグが馬車の中でも隣に座って膝枕を要求したきたので、屋敷に戻った後もしばらく二人にして欲しいとベリルはフローラ(メイド)に頼んだ。かつてお互いの本音をぶつけ合ったソファはどこを見てもかつてのままで、ヴォルグはベリルの太ももに頭を載せながらポツリと呟く。



 僕は兄上を殺して、父上は息子を殺したんだ。



 それは、再会後に言葉の一つも交わさなかった親子の隔絶だった。

 淡々と言葉は続く。兄を手に掛けた時、ほとんど何も感じなかった事。そしてそれは、あの父親も同じであろう事。あるいは――勇者一族こそが、お互いの尻尾を食い合うウロボロスそのものかもしれない事。

 ベリルは優しく元勇者の頭を撫でる。まるで歯車だった。ただ生きているだけで不都合があるから、それだけの理由で命の炎を身内に消される一族。それが当たり前の事だと考えていながら、それでもお互いにすり寄ろうとして、無意識化ですり寄る事自体を殺すための手段として扱っている。

 言うまでもなく狂ってる。他の誰にも理解はできまい、どんな想像も及ぶまい。平和な温室に生きてきた元青年にも、魔王の一人娘にも無縁だった世界なのだ。

 そしてヴォルグの方も、別に理解を求めている訳ではないのだろう。狂人を理解できるのは狂人だけだ。だからこうして最も心を許せる相手に甘えている。


 狂い切れない勇者には、彼を理解でき、その思いを掬い上げれる魔王の一人娘がいた。

 ではあの必殺仕事人みたいな狂人は、何に拠って立っているだろう?


 疑問は、いきなりの異様な感触に中断された。


「ひにゃっ!」


 猫なら全身が逆立っている。ベリルは真っ赤になりながらクッションを掴んだ。バンバンと狂人の頭に叩きつけると、クスリと笑いながら太ももの内側を撫でてくる。

 っていうか、カギは――これ見よがしに机の上に置いてある。

 ていうかこの部屋は一階なのだ、カーテンは――

 この野郎、道理で暗いと思った。


 半分めくれたスカートの中に顔を突っ込んできた。最後の紐パン(防壁)など元勇者の前では薄紙に等しいのに、頬ずりして感触を楽しんでる。おのれ、嬲る気か貴様。


 コンコン。


 ドアをノックする音で、ベリルは思わず両手で口を塞ぐ。

 容赦なくめくり上げられる上着。まろび出るご立派()様とブラジャー。


 コンコン。


 それっきり、ノックの音が途絶える。ドアノブを回そうとする音すらない。一流の使用人の察しの良さに感嘆より恥ずかしさを覚えてしまう――いやまあ、ドタバタ乱入でラブコメ展開をやられても困るのだが。

 うー。うなりながら両手でスカートの上から押さえつける。体がほてってきている。パンツの紐も片方がほどけていた。何をやっているのか自分でもよくわからない。

 パンツの上から啄まれる。腰を引いても突きつけた銃のようについてきて、ついにソファの端っこにまで追い詰められた。両手でガシッと腰をホールドされる。最後の降伏勧告だった。武装解除しようがしまいが虐殺という理不尽な一択。

 スカートの中からからかい混じりの声が聞こえる。


「手加減する?」

「あ……あの時だけじゃ」

「あの程度で?」


 ベリルは言葉に詰まる――あ、いかん、思い出してしまった。あの程度。だから考えたらやばいってのに。えーと、あまり激しくなかったし。体を弄るのもまあ、指先でベリルにもわかる程度。エロゲでも動画でもあるまいし、そんなものかと思ってはいたが、


 あれは単なる過程だったのだ。


 なるほど、謎は解けた。

 手加減しないというのは、あの時だけではない事。つまり、今待っているのはあれよりすごい。

 とんでもなくやばくないだろうか、これは。


「やめようか?」


 それで納まるやつが布地を吸うはずがない。しかしあくまでベリルからの意思表示を待つつもりだ――薄紙一枚の上から嬲りながら、欲しい物をすぐ目の前に置いておいて。

 求められる物を提供してこそ超一流。タチの悪い事に真理である。

 悪魔だ、いや魔王だった。スカートの下では頬まで裂けた口がベリルの下半身をむしゃむしゃと食べているに違いない。

 ベリルの脳みそがふにゃふにゃになっていく。何時の間にか両足が現魔王様を引き寄せるように絡んでいた。メフィストフェレスに誘惑されたファウストもこうだったのだろうか。どっちが悪魔でどっちが人間か。



 逃げれないようにガッチリと掴まれた腰が抜けるくらい。

 ただ、それだけをここに記す。


 もうお嫁に行けない。

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