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頂上会話

 誰だ、こいつがインポになったと言った奴は。


 こいつだ。


 悪い冗談を飛ばした勇者は、浴槽の端に背を当てて座り込んでいる。その膝の間に座らせられたベリルも、背に当たる何かを感じながら座り込んでいた。まるでマフィアに銃を押し付けられている気分。負けないとキリッとしてるヒロインに近づく怪しい薬の入った注射器でもいい。

 それが尻ではなく、背中に押し付けられている事が意味する事はただ一つ。ギンギンであった。当ててんのよではなく、当ててるのだよ、である。法律っつーかなろうサイト規約アウト5秒前である。恋人であり、お湯でほどよく暖まったお姫様の艶姿をすぐ目の前で拝めばそうなるわな、なんてすら言ってられない。脳裏で鳴り止まぬ警報が実に鬱陶しい。


 今、悪魔に救ってやると言われれば、ベリルには向こう三百年の寿命を捧げる用意があった。

 しかしその悪魔ですら今の状況に対してお手上げのポーズを取るだけだ。血迷って大浴場に乱入したのも自分だし、バスローブを落とすなんてラブコメみたいなドジをやったのも自分だ。勇者の嘘のせいだなんて口走った日には、明日の朝日を拝めない事請け合いである。とどのつまり、この事態を招いたのはベリルの自業自得である。


 ではベリルは何故こんなアホをやらかしたのか。


「ところでベリル」


 ヴォルグは、後で積もる話があると言った。

 そしてこの勇者は、それを忘れてはいなかった。


「シラ様の言う秘密って何?」


 この状況でこれを聞かれるのは、実にやばい感じであった。返答次第で刺すぞ、と言われているようなものであり、

 あ。

 ベリルは気付く。

 逆だった――それを言うと、ヴォルグは今ここで決定的な行動に及ぶ事ができなくなるのである。

 だから言った――闇の巫女の風変わりな変種。魔族なのに魔法が使えず、全身の代わりに下腹だけに魔力の宿る体質。一介の魔族の建築士が、魔王ベルセルク=フォン=タッカートとなった由縁。人族がそれに耐えられないという大魔導師の推測。

 そして肝心の反応はと言えば。


「ふーん……あの人がそう言うなら、多分そうなんだろうね」


 ときた。人ではなくリッチなのだが。

 ベリルの17年に渡る悩み種になっており、今すぐにでも世界に公表すれば大混乱を招くであろう秘密の暴露は、この勇者の前では数行だけで済んだあげく、まるでどうでもいいような事のように軽く流された。


「だから、だから……」


 だから何だと言うのだ。

 この秘密は、今この場で自分の貞操を守る以外の意味がないのである。

 あれほどウダウダ悩んでいたのが自分でもバカバカしくなってきた。


「うん」


 先を言い淀んだベリルの肩を、背後から回った腕が抱きしめた。髪に顔を埋め、匂いまで嗅いでいる。


「じゃ、次」


 背中に当たる凶器が、納まる気配はない。まだ聞く事があるらしい。


「現代……って何?」


 ベリルは一瞬、息を止める。つい今朝の事が、まるで随分昔のように思える。聞かれていた。覚えていた。

 ――現代を丸写ししても、未来など(えが)けない。

 それは、言葉通りの意味であった――そしてヴォルグと一緒に世界を変えるためには、どの道避けては通れぬ話だったのだ。


「……私の頭の中には、別の世界で生きていた記憶があるの」


 ベリルは辿々しく話し始める。この世界より、遥かに文明の進んだ異世界。人族しか存在しない世界で発展した科学という、魔法とは別の方向に進んだ技術。地面を走る電車なる鉄の箱。魔導レコーダーの元となった、大量の情報を閲覧できるポータブルデバイス。世界を繋ぐインターネット――そして科学が作り上げた世界をも滅ぼしかねない兵器と、そのプロトタイプの実験として投下された第二次世界対戦という悲劇。

 今自分の周辺で渦巻き、ベリル=メル=タッカートを事実上の魔王に押し上げた、概念という名の力。


 概念の一つには、アメリカ独立宣言という名の思想が入っていた。


 それは魔王の一人娘が、勇者の心に切り込んだ刃となった一言だ――初めてそれを聞いた時、ヴォルグ=ブラウンはベリル=メル=タッカートを前に余裕もクソもない激情を顕した。


「なるほど、合点が行ったよ……人は皆、幸せになる権利がある」


 今、そのヴォルグは天井を仰ぎ、感慨深げに呟いた。


「ベリル……覚えてる? 僕も君も、人間だって言った事」


 うん、とベリルは頷く。

 忘れるはずもない。その時の出来事の一言一句は、時間と共に殺意だけが消え、大切な苦い思い出としてベリルの脳裏に刻まれている。


「ごめん」


 耳元でヴォルグが囁く。

 ベリルは肩を抱く手を握り返した。もういいよ、と呟く。


「ありがとう……僕と同じ事を考え、それをやった人達がいた――それだけで十分だ」


 誰にも理解されない思想を抱いて孤独な人生を歩み、自分の正気を疑ってついにはすり切れた心を、別の何かが埋めて行く。

 泣いているのだろうか、とベリルは思った。

 しかしそうではなかった。この勇者は、そんなセンチメンタルな気分だけで終わるほどくだらない人間ではなかったのだ。


「でもそんな世界でも、争いはなくならなかった。全ての人間が幸せになっている訳ではない――わかってるんだ、そんな事が不可能な事は」


 ベリルは頷く。

 そこまで文明が進んだ世界でも、争いは決してなくならなかった。冷戦と呼ばれる大国の戦いなき争いは、代理戦争としていくつかの紛争を激化させ、力の張り合いが人々の生活を食らって行って、ついに片方を崩壊させた。正義を自称する国の前に、自らを正義だと信じる聖戦士達は、弱者の戦いの極みとも言える、自らすら聖火で焼くような行いで数多の人々を今も憎しみの螺旋に巻き込み続けているのだろう。

 ベリルには、そのどちらが正しいのか、間違いなのかはわからない――わかるのはただ、それらはただいたずらに不幸を増やすだけで、他の何をも生み出そうとはしなかったという事実だけだった。


 ベリルは、その先を知らない。

 知識と概念はあっても、それを活用するためのセンスも見識もなかった。


 ヴォルグはわかった、と呟く。


「この世界で精一杯未来を描くよ――それが君の望みなら」


 うん、とベリルは頷く。

 だからだ、と思った。

 それだからこそ、異世界の知識を持つベリル=メル=タッカートは、異端の勇者であるヴォルグ=ブラウンを選んだのだ。


 これでいいのだ。

 二人だけの世界には今、優しい空気が満ちている。

 首筋に顔を埋めるヴォルグの頭を撫でながら、ベリルは自分の中に一つの妥協点を作れたような気がした。


 彼ならば、魔法という科学より優れた力より上手く使えるだろう。自分だけにそれを使うのではなく、不幸になる人間を減らせるだろう。世界を――ベリルよりもっといい方向に導けるだろう。ベリルの知っている地球を絵の具に、この世界をパレットに、もっと鮮やかで見事な絵を描けるだろう。


 自分も、決して不幸にはならないだろう。

 かつて殺意を覚えた事すらある過去は勇者への理解と彼の価値が洗い流し、自分を大事にしてくれる確信をベリルに与えている――それは女としてとても大事な事だとベリルは教わっている。今すぐどうにかなるという訳ではないにしろ、ゆっくり、じっくりと仲を深めて行けばいい。


 世界と恋人と自分の最大公約数的な幸せの前には、ベリルの小さな秘密など微々たるものだった。


 だから――これでよかったのだ。


 しかしベリルは、この期に及んでヴォルグ=ブラウンを見くびっていたらしい。

 背中に当たる凶器は、未だに納まっていなかった――それが銃でも妄想の注射器ではない事の意味を、ベリルはまだわかっていなかったのだ。


 それを思い知ったのは次の言葉が囁かれた時である。



「じゃ、次」



 その瞬間、心臓も含む自分の全機能は確かに停止していたのだとベリルは思う。


「これ以上、何を隠してるんだい?」


 言う訳にはいかなかった。


 気付いた時には、肩を抱いていたヴォルグの腕がまるで大蛇のようにベリルの腰に巻きつき、まるで何かをこじ開けるかのようにベリルの顎を優しく撫でていた。


「……な、何で」


 言ってからベリルは自分の失言を悟る――これでは隠し事がありますよと白状しているようなものだ。

 首筋に顔を埋めたヴォルグの表情はわからない。

 ピクンと、ベリルの体が小さく跳ね、小さな悲鳴を上げてしまう。


「ひゃっ!」


 体を弄られている。押すのではなく這う――摩擦だけを肌の上に感触を残すような軽いタッチ。触られたのが女として大事な所でもないのに、小さい頃から馴らされていた体は忠実に反応を返した。大事な所を触れられたのと同質の軽い感覚が触れられた所から浸透して、それが淡く全身に広がっていく。


「や……やめ…………」

「安心しなよ」


 この状況で何を安心しろというのか。こんな濡れ場ではなく、戦場の一騎打ちで剣を突きつけてる時の方が相応しい口調だった。


「僕は、嫌がる子に無理矢理するほど悪趣味じゃないんだ」


 さん、はい。


 ――嘘だー!


 どの口でそれを言うのか。恐らくは世界中の全てが同意してくれる内心の絶叫とは裏腹に、現実上のベリルは体をよじる事でしか抵抗できない。ベリルの首筋に軽く唇を這わせながら、ヴォルグは追求の言葉を投げかける。


「何で、って言うと何でかな――気付いてる?こんな状況なのに、君はあまり嬉しそうじゃないんだ」


 その一言が、ベリルを追い詰めた。脳裏にフラッシュバックするのは今朝のテラスの一幕。力尽きて柱に寄りかかった、真っ白な勇者の姿。目を開いた時の、心から嬉しそうな、人間の芯としての笑み。


「不公平じゃないか――僕は、こんなに嬉しいのに」


 ヴォルグが顔を上げる。

 うわ。すっげぇ嬉しそう。

 プレゼント箱を開いたら欲しかった玩具がそこにあった子供のような純粋な笑みが、意外なほどによく似合っている。

 敵わなかった。お仕着せの知識と概念を詰め込んだ一介の闇の巫女と、自分で考えて一歩一歩進んできた異端の勇者の差。どこぞの天狗も真っ青の観察力と洞察力。凡人と天才の決定的な隔たり。


 据え膳食わぬはなんとやら。

 ベリルがアホをやらかした理由――無意識に、女である事を自分に念を押すための行為。そこに違和感を覚えないほど、勇者は馬鹿でも鈍感でもなかった。


「……な、ないない、何も隠してない」

「じゃ、なんで今晩、こんな所に来たんだい?こんな格好で――僕の知ってる君は、こんな大胆な事をするにはもうちょっと臆病だったような気がするんだけど?」


 それでもなお抵抗するベリルの髪を結い上げたうなじを、ヴォルグは印を残すように啄む。

 そこには、かつて勇者が魔王の一人娘を縛るための魔導式があった。

 命令する。


「言え」


 触られた所がジンジンするやら。ジンジンが全身に伝播して頭が麻痺してるやら。ちょっと嬉しいやら。訳がわからないやら。指が大事な所に触れそうな段階に至って、切羽詰まっていたベリルは反射的に叫び返す。


「お……男でした、別の世界の記憶は、男の物でしたー!」


 世界が止まった。


 言ってしまった。

 あれほど離れてくれと願った凶器が、ゆっくりと背中から離れて行くのがわかる。

 絶望感が、ベリルの心に芽生えた瞬間、


 背中に再び何かが当たる感触は、勇者がベリルの言葉を理解するまでの僅かなインターバルだった。

 え? え?

 まだ状況を飲み込めないベリルの耳に滑りこむ、合点の行ったような声が滑りこんでくる。


「なるほどね」


 凡人と天才の違い。

 唇が被さってきた。同時に体を這っていた腕が、女として大事な所に伸びる。反射的に閉じる太ももは、逆にヴォルグの手を逃さないかのようにガッチリと挟み込んでしまった。それをヴォルグは、丹念にほぐして行く。


「――――っぷは!」


 息が苦しくて真っ赤になった途端、開放される。確か中国の料理に、水面に顔を出した魚の口に調味料を注ぎ込む料理があったような――場違いな事を考えるもう一人の自分は、息継ぎが終わるのを待っていた再びのキスでいとも簡単に吹き飛んでしまった。口の中を舌が優しく愛撫する。指が、そこだけ別物の機械のように単純な動きを続けていた。

 人間は脳で感じるという。

 まだ混乱しているベリルの意識とは別に、体が、何よりも心のどこかが既に理解していた。二回目の息継ぎの後に、男としても女としても覚えのある衝撃が下から上へと貫く。

 囁かられる。


「わかった?」

「……な、何?」


 次は、ほとんど瞬殺だった。

 今まで自分を確認している時も、一回だけで済ませていたベリルにはわかった事がある。

 男の体にはエンジンが搭載されている。暖まりやすくて出力も一瞬である。対して女の体は、快楽の立ち上がりが遅い代わりに長続きするらしい。


「わ、わかりました……わかりましたー!」

「何を?」


 ベリルは思わず叫んでしまう、面白がるような声が悪魔の囁きに聞こえる。優しそうに響いている癖に納得のいく答えが返ってくるまで何度でもやる、という勇者の問答無用を前に、魔王は白旗を挙げた。


「お、女です……私は女です!」

「たいへんよくできました」


 だったらスタンプだけで済ませて欲しい。

 二重になったはなまるの真ん中には、当たりもう一回と書かれている。

 三回目は更に容赦がなかった。ご苦労だった、だが貴様は用済みだ、消えてもらおう――なんて声が記憶の中からどこともなく聞こえてくる。

 喘いでるベリルの耳を撫で回すような、悪魔元帥の声。


「もう隠している事はないよね?」


 ないないないない、もうない、滅相もありません。何度も硬直して脱力した体を抱きかかえられながら、ベリルは必死に首を振りかぶる――冗談ではなかった、これ以上逆らうと、レメトゲンの遥か上空の向こうにあるであろうもう一つの宇宙にまで打ち上げられそうだった。打ち上げて欲しいと頭の中のどこかが囁いているというのが、尚更アレでナニだった。

 標高一万メートルぐらいの高さからゆっくりと降りてくるベリルを、ヴォルグはそれ以上責め立てないようとはしなかった。


「ようやく君の本音が聞けたね」


 ヤクザか、こいつは。

 そして今までが、この勇者にとってフルスロットルにも満たない事をベリルは思い知る事となる。

 軟体動物のようになったベリルを優しく裏返して、正面から抱き締める。


「じゃあ僕も、隠し事はなしだ」


     *


 いいかい? 一度しか言わないよ。


 僕は君じゃないと駄目なんだ。


 そりゃ僕は男だし、男と恋をする趣味もない。男と愛し合うなんて一生無理だろう。でも女だから誰でもいいって訳じゃないのは、誰よりも君が一番よくわかっているだろう?


 僕は男だけど、君は僕が嫌かい? 今、僕から体を離したいと思うかい?

 そういう事さ、男としての記憶があるなんて、その程度の事なんだ。

 男として二十年以上も生きたと言っても、それがどうかしたのかい? 僕と君はこれから千年も生きるんだよ? そんな事――百年とは言わない、あと数十年も生きれば、笑って流せる程度のものだ。その時、君は、一体何になっているんだろうね?


 仮に君が、今男になってしまう呪いにかかってしまったら、なんとしてでも呪いを解く方法を探すよ。

 それでも駄目だったら――傍にいるよ。恋人としては無理でも、ずっとずっと傍にいる。君の傍で、未来の設計図を引き続ける。

 でも僕は男で、君は女だ――それもとびっきりの、世界で一番綺麗で可愛い女の子だ。


 窓の外を見てご覧。

 僕は、あの世界の中をここまで登ってきたんだ。

 つい昨日の事だ。忘れられる訳がない――すごく暗くて、すごく寒かったよ。

 一番辛かったのは、一人ぼっちだった事だった――命と心が吸い上げられていくんだ。無心だったよ。君が待ってると思ってなかったら、絶対に途中で手を話していたと思う。


「ユグドラシルで君が許してくれたあの日、すごく嬉しかったよ。正直、全てが僕の都合いい妄想で、今この時もが夢から醒めるんじゃないかって不安になるくらいだ」


 ヴォルグはベリルの潤んだ目を覗きこむ。優しくその顔を両手で挟み込んで――あの日まで孤独だった勇者は続ける。


「だから――男として生きてきた記憶が君を苛むのなら」


 今、自分がどんな表情をしているのか――ベリルにはわからない。笑っているはずだと思う、それなのに涙がポロポロと溢れ出している。頭が熱い、裏の裏まで痺れている。快楽から降りてきた体が、再びぬるま湯より茹だって爆発しそうだった。


「愛してやる、底抜けに愛してやる、嫌がっても腰が抜けても罵っても殴っても――千年の間も、この後も、ずっとずっと愛し抜いてやる。僕は君一人の物だし、君も僕一人のものだ。もう我慢なんかするもんか、僕の傍に縛り付けて、誰にも渡してなんかやらない」


 それは、愛の告白などという、生ぬるいものではなかった。

 剣技でも魔法でも、ましてや魔道具でもなかった。

 執念だ。世界の果てまで追い詰めて、それでも優しくするような勇者の矛盾した激情が今、魔王を表から裏まで、容赦なく打ちのめしている。


 天国と地獄を同時に覗いたら、今のような気分になるのだろう。


「文句は言わせない――一生逃げられると思うな」

「い、いや……」


 それは本能の、最後の悲鳴だったと思う。

 無意識化に半開きになっていた唇の近くに潜んでいた舌を貪られる。もう滅茶苦茶だった。滅茶苦茶にされてしまう。喜怒哀懼愛悪欲色形貌威儀姿態語言音声細滑人相。ありとあらゆる感情が頭の中で暴れ狂っている。一体怖がっているのか、それとも喜んでいるのか、逃げ出したいのか、ここにいたいのか、ベリルは自分でもわからなかった――全てが正解だった。最後に残った理性の一欠片すら、勇者の言葉が、舌が、指先が容赦なく塗り潰してしまう。蹂躙されている。相手の色に染められているとはこういう事かと納得すら湧いてくる。

 この場で犯されなかったのが不思議なくらいだった。


「こんないい女、離せと言われて離す馬鹿がいるもんか」


 いいよね?


 耳元での囁きに対する最後の抵抗で、ベリルは弱々しく首を振る。

 理性などほとんど吹っ飛んでしまっているが、世界の果てまで追いかけてくるのも、命があっての物種だと思った。しかしここまで痴態を晒しておいて、男の方に納まれというのも無理な話である。

 第一この男なら、あの世からでも這い出してベリルの傍に戻ってきそうだ。

 大丈夫だよ、と返したヴォルグに逆らう力は、お互いに残っていなかった。

 せめて部屋に戻ってから、とベリルは呟く。



 そして翌日、ベリルが目を開けた時、


 勇者が死んでいた。

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